1話「調子に乗って、死にかける」
「ユウ……すまないが、これ以上お前の同行を認める訳にはいかない」
嘘だと思いたかった。
「お前はすごい奴だった。俺たちは何度も助けられたし、お前がいなけりゃ俺たちは今ここにはいない。でもな――」
全ては夢で、朝目が覚めたら寝床から起きて、いつものように顔を洗い、いつものように冒険にいくのだ。
「――もう無理だ。」
今までも、どんなに強い敵だって、なんとかなってきたんだ。生き抜いてきたんだ。
「お前には今日をもって、俺たちのパーティから外れてもらう」
ありえない。俺は天才だったはずだ。なんだって出来たはずなんだ。
それが、それがこんな……
「分かってくれユウ。お前のこれからの人生に、神の加護があらんことを」
机にそれなりの金額を置いて、リーダーは席を立った。
追いかけようと俺も席を立つ。立とうとする。
しかし、足が上手く動いてくれない。
「ま、待ってくれ!何かの間違いだ!お、俺が、俺がこんな……」
引き留めようと、考え直すようにと叫ぶような呼びかけ虚しく、振り返ることなく彼は行ってしまった。
目が覚める。
窓から差し込む日の光の穏やかさに、昨日の出来事がまるで嘘だったかのように感じられる。
いや、きっと嘘なのだ。この国でいちばんのパーティから戦力外通告を受けたこと。
その原因となった、俺がすべての力を失ったことさえ、全ては悪い夢だ。
ギルドへ行けば、仲間たちが待っている。
今日の一番難しいクエストを受けて、あの攻撃の対策はどうするだの、こいつのどこが弱点だのと難しい会議をしているリーダーと仲間たちを眺め、城下町で旅の準備を整えて、戦いの場へと向かうのだ。
「そうだ。こうしちゃいられない」
あまり皆を待たせるわけにはいかない。
いつものように、しかし少しぎこちない動きで起き上がり、顔を洗い、着替えを済ませて宿屋を出る。道すがら、いつもの出店で朝飯を買う。
出店のおっちゃんは俺を見て、気の毒そうな、同情するような視線を向けてきたが、俺は気づかなかった。
気づかない、ふりをした。
買った飯を食いながら、すこし早歩きでギルドへ向かう。
いつもは俺がやってくると、ギルドの奴らは皆笑顔を向けてくる。
俺たちの希望だとか、生ける伝説だとか、冗談交じりに散々もてはやしてくれる。
恥ずかしいし、やめてくれと何度も言ったが悪い気はしなかった。
むしろ今日は、そんな日常になった賞賛の嵐を、はやく受けたかった。
はやく、このそわそわとした、落ち着かない気持ちを吹き飛ばしてほしかった。
ギルドの前へ到着する。
いろんな奴らの、活気あふれる声が外まで響いている。
いつものように、力強く、この建物の扉を開いた。
そこには皆の笑顔と――。
「……」
しん、と、建物が静まり返る。
皆、俺を見ていた。いや、一瞬だけ俺を見ていた。
確かに先ほどまで賑わっていた冒険者たちは、しかし新たにやってきた者を視界に捉え、それが俺であると認識した瞬間、嘘のように口をつぐみ、顔をそらした。
「え、」
立ち尽くす。
皆、もう俺を見てはいなかった。
ただ、ここにいる俺という存在に対して、気まずそうに注意を向けていた。
信じたくなかった。俺はまだ闘えるんだと、声を大にして叫びたかった。
だが、この目の前の状況が、現実を俺に押し付けてくる。
「そうかぁ。そうなのか……」
現実だった。本当だった。
昨日のことも、その前の、もっと大きなことも。
長い長い、後悔の日々が始まった――。
******
ひと月と少し前のことだ。
俺たちはいつものように、国から依頼されたクエストである「領土拡大のための樹海調査」に赴いていた。
この世界は大きく三つに分かれている。
人間たちの住む領域である「大陸」と、大陸の南側に接する「海」、そして大陸と海を囲むように存在する大きな樹海、それを隔てた向こう側の「魔族領」。
大陸はめっぽう広く、大きな国がいくつもある。
その中で東側の樹海と接する国の一つが、俺たちの住む「リンドリヒ王国」だ。
リンドリヒ王国だけでなく、樹海と接する国は一様にとある問題に直面する。それが、魔物領から樹海を超えてやってくる様々な「魔物」だ。
奴らは田畑を荒らし、人間を殺し、賢い個体なら略奪だって行う。
それを事前に食い止めるのが「ギルド」であり、それに所属する「冒険者」である。
ギルドは国または村や個人から魔物討伐や生態調査などの依頼を受け、冒険者がそれらを「クエスト」として受注し実際の問題解決にあたる。
魔物の侵略を未然に防ぐため、恒久的なクエストとして樹海の探索が存在する。
要は、特定のクエストを受けずとも魔物を討伐するか、あるいは有益な情報を持ち帰ることで冒険者は報酬を得ることができるというシステムだ。
魔物は非常に狂暴で、最弱に属するゴブリンでさえ、なんの修練も積んでいない人間一人では容易に殺されてしまうだろう。
冒険者たちは各々の役割を決め、数人でパーティを組んで魔物たちと対等以上に渡り合う。
荒くれ者の問題児こそ多いものの、子供たちを筆頭に英雄のような眼差しで見られることも多く、夢を見る新参者は後を断たない。
中でも俺たちのパーティはこの国で一番強いと言われており、受ける依頼も他の者たちとは少し違うものだった。
俺たちの冒険の目的はまさに、王国の領地の拡大である。
樹海の向こう側は魔族領であり、魔に属するものたちの巣窟であると言われているが、実のところ未だによくわかっていない。
樹海の向こう側、魔族領がどれほど広いのか、にとどまらず、そもそも本当に魔族領が存在するのかさえも。
というのも、樹海を奥に進んでいくにつれ、現れる魔物もその強さを格段に増していく。
そのため一流の冒険者でさえ、樹海を抜けることすら叶わない。
数百年前、伝説のパーティが樹海の最奥にて「魔族」という存在と接触し、そこで魔族領の実在を話に聞いたという記録が残っているだけで、詳細は人類の誰にも分らないのだ。
人間が樹海を抜けるには、少しずつ切り開いていくしかないと言われている。
魔族領に到達するという目標はさておき、樹海には様々な資源が眠っているため、国はこれに非常に乗り気だ。
国としては魔物を殲滅し、豊富な資源を得て、さらには領土も拡張できると一石三鳥であるので、何とかして樹海を切り開こうと躍起になっている。
しかし、弱い魔物の住む手前の樹海を切り開き領土を拡張しようにも、未知の魔物の住処がそのすぐ先に存在しては元も子もない。
昔、実際に大きな被害が出たこともあるらしい。
そこで、俺たちの出番だ。
盾持ち、弓使い、魔術師に神官、そして双剣使いの俺。
バランスの取れた役割分担はもちろんのこと、俺たちのパーティは個々が破格の力を有している。
冒険者の中で、同じ役職同士で戦いをすれば俺たちが圧勝するだろう。
それほど、地力が違うのだ。
俺たちはどんな魔物を相手にしても一歩も引かない。
その力をもって先頭に立ち、王国が領土にしたい資源豊富な土地の方向に、どの程度まで進めるかを調査するのだ。
目標とする地点までに、災害級の強力な魔物が存在した場合、それを樹海の奥へと押し戻すのが俺たちの仕事だ。
こうすることで樹海の魔物全体の生息ラインが奥にずれ、手前の樹海を安全に切り開いていくことができる。
実際、俺たちがパーティを組んだこの六年間で、王国の領土はそれまでの十分の一ほど広がっていた。
三年目には鉱山をまるごと領土化することに成功し、諸外国に対する大きな優位性を確保することにもなったほどだ。
六年目ともなると、俺たちもさらに実力を上げていたし、後発で開拓作業を行う技術者たちの手際も向上していた。
これからもっと開拓の速度は上がっていくだろう。
魔族領に到達することも、そう遠い未来ではないと噂されはじめるのも頷ける。
そして俺はそれを望んでいた。はやく、はやくこの目で確かめたい。
自分の想像すらつかないような世界がそこにあるのではと思うと、毎日が楽しくてしょうがなかった。
そして、そこに一番にたどり着くのは、それができるのは自分しかいないと、疑ってすらいなかった。
確かにパーティメンバーは皆、圧倒的な力を持っていた。しかし、一番は自分であると信じていた。いや、確信していた。
小さな頃から、俺は魔物を狩っていた。五歳のときに一人でゴブリンを倒してからは、俺の成長はとどまることがなかった。
十歳でパーティに仲間入りしてからも、パーティメンバーには時々不満を覚えた。
「なんで、こんなこともできないんだ」
心底不思議だった。皆、確かに才能あふれる奴らだった。歳だって俺よりも上だった。経験は俺よりも積んでいるはずなだけに、なぜ俺の速さについてこれないのか、合わせられないのか、まるで分らなかった。
時折愚痴を漏らす俺に、当然メンバーはいい顔をしなかった。彼らにとってみれば輪を乱しているのは俺の方だという。
何度も怒られたし、喧嘩だってした。無視することだってあった。
そんな不遜な態度をとることもあったが、それでも俺たちは最高のパーティで、まるで家族みたいで、やはり最強だった。
何よりも、樹海の先へと進めることが嬉しかった。
そして今回も、いつもと同じように、いつも通りに進んでいたんだ。
出てくる魔物は何であろうと切り飛ばし、こんなのは余裕だと仲間に嘯く。
自分こそが最強で、一番先を行くのは自分だという想いを秘めて。
隊列を乱し、先頭を歩いた。
――そしてそれが、最悪の事態を招いた。
******
「なんなんだよこの数!いつ囲まれたんだ!」
自分の体ほども大きさのある盾を構えて、グレイスは叫ぶ。
「わからない……!ついさっきまでは、反応なんてなかったの!」
周囲を索敵していた魔術師のレーナが、困惑の表情を浮かべる。
現在、俺たちは囲まれていた。見たこともない、猿のような魔物たちに。
「……」
猿たちは不気味なほど静寂を保ち、こちらを見つめている。
数はおよそ四十。大きな崖を背にして立つ俺たちを覆うようにして、半円状に広がっている。
「慌てるな。たった四十だ。落ち着いて、確実に仕留めるぞ!」
リーダーのフウトが冷静に指揮を取る。
「対多迎撃用意!殲滅は頼んだぞ、ミカ!ユウ!」
「まかせて!」
「おう!」
フウトの指示に合わせて、俺たちは動き始める。
まず動くのは、グレイスとミカだ。
「オラァァ!」
グレイスが盾を構えて突撃、それに合わせてミカが弓を弾く。
「先手必勝……ッ!」
「グガァァァ!」
ミカの正確な弓さばきで、猿が一匹倒れた。
それを皮切りに、今までの静寂が嘘のように、猿たちが猛攻を開始した。
「「「グァァァ!」」」
前に立つグレイスに、猿が一斉に飛びつこうとする。
「うぉぉぉぉォッ」
俺が走り込み、そいつらをまとめて切り伏せる。
次から次へとやってくる猿を相手に、グレイスを壁として縦横無尽に立ち回り、切りつける。
その間にもミカの矢は猿たちへとふりそそぎ、その数を減らしていく。
「よし、そのまま削りに専念しろ!」
叫びながら回復の法術をグレイスへとかけるフウト。
グレイスが前に立ち敵を引き付けている間に、ミカが弓で数を削る。
俺はグレイスの前に群がる敵を倒し、レーナは周囲の警戒と各々のサポート、そして神官であり俺たちのリーダーでもあるフウトが回復と指示を出す。
この陣形を維持しつづければ、多数相手であっても、今までは大きな損害なく切り抜けることができた。
……今までは。
「まずい!奴ら、どんどん増えていくわ!一体、どこからこんな……!」
優勢かと思われた状況もつかの間、あたりの猿は最初よりも明らかに数を増やしている。
周囲の索敵を継続しているはずのレーナが、困惑に顔色を染める。
このままでは多勢に無勢、数の暴力に押しつぶされてしまう。
「耐えろ、耐えるんだ!俺たちならいける!」
幸い、一匹あたりの強さはそれほどでもない。
問題は数の多さだが、増える数と減る数を比べ、俺たちが倒れるより先に敵の方が先に尽きると踏んだフウトは、同じ陣形の維持を選択した。
「どのみち、この数に追われたら逃げきれない!ここで削りきるぞ!」
決死の覚悟で、永遠にも感じられる戦いが幕をあけた。
――体感で三十分が経過した。
殺しても殺しても猿の数は減らなかった。
それどころか、最初ほどではないが、気が付けばじわじわと、その数を増やしているように感じられた。
溜まるばかりの疲労は敵との交戦の影響もあるが、樹海の中ならともかく、この切り開かれた崖際では鋭い太陽の日差しが直接降り注ぐことにもあった。
「……おかしくないかッ!?」
皆一様に疲れた汗まみれの顔をして交戦する中、グレイスがとびかかる猿をいなしながら問いかける。
「どうした!なにがおかしい!」
「なんというか、動きやすい……!」
「動きやすい……?」
フウトが怪訝な顔をする。
それを聞いた俺も、ふと考える。
……確かに、おかしい。
俺はさっきからグレイスのまわりに張り付いている猿をずっと殺し続けている。三十分間、ずっとだ。
おそらく優に二百体は超えているだろう。
だが、足元を意識した覚えがなかった。
こういった大多数を相手にすることは今までにも数回あったが、普通、数十も切れば死体に躓かないように注意するか、ポジションを変える等するはずだ。
だが俺は、さっきからまったくそんなことは気にしていなかった。
気にする必要はないと、俺の頭が判断していたのだ。
何故か。
「……、死体が、無い」
「何……?」
切ったはずの猿の死体が、存在しないのだ。
いや、そんなことはあり得ない。
俺が切った猿は全てその場で倒れこむし、ミカの弓を受けた猿も同じだ。
しかし、ふと意識を目の前の敵に移した瞬間、……、消えている。
「死体が、消えてる……ッ!」
「「「「!!」」」」
俺の叫びでようやく事を理解した全員が、改めて驚愕に目を開く。
「死体が消えるって、なんで!」
「分からない!でも、気づいたら消えてる!」
「……」
フウトが考え込むが、しかしすぐには答えが出ない。
後ろは断崖絶壁。
どちらにしろ、俺たちにできるのは防戦のみ。
ならば、倒し続けるしかない。
「やるしかないんだッ!手を止めるな!」
俺は叫んで、再び敵の殲滅にかかる。
――あれからどれくらい経ったんだろう。
何時間も戦っていた気もするし、もしかしたら一時間も経っていないのかもしれない。
終わらない戦いによる疲労から、俺の頭に靄がかかり始める。
倒しても倒しても敵の数は減らず、こちらの体力は消耗する一方。
ラーナは周囲警戒のリソースを攻撃に割き、フウトの術も効力を欠いている。
グレイスはすでにボロボロで、ミカに至っては弓が壊れ、短剣を用いて俺のように接近戦を繰り広げている。
既に陣形などあって無いようなもので、グレイスをすり抜けて後ろの三人をねらう個体も増えてきた。
なんとかしてフウトとラーナを守っているミカだが、あれもいつまで保つか分からない。
俺たちを照らす太陽が、真上からほくそ笑んでいるような気がした。
――もう、限界だった。
グレイスが倒れてからは早かった。
後ろの三人にも敵がなだれこみ、戦線は完全に崩壊、乱闘まがいの無秩序な戦闘が始まった。
しかしそれも既に終結しようとしている。
俺以外の四人は力尽き、立ち上がることもできずに地に伏している。
俺自身ももう限界だ。
気力で粘っているだけで、少しでも気を緩めれば即、倒れるだろう。
……俺のせいだ。
敵を切り刻む流れの中で、靄がかかった俺の頭は、自分の行動に後悔を馳せていた。
(この戦いを招いたのは俺だ。フウトの言う隊列を無視し、一人で先を行ったから……)
そんな後悔を、いまさらしても遅かった。
そしてこの後悔が、張り詰めていた気に一瞬の隙を与えた。
「ガゥゥゥッ!」
「ぐほぁッ……!」
猿の体当たりをもろに受け、後ろに大きく吹っ飛ぶ。
「う、ぁぁ」
もうだめだ。
痛みにうめき声をあげつつなんとか立ち上がろうとするが、しかし、それも叶わない。
既に体は言うことをきかず、無様にのたうち回ることしかできなかった。
顔を上げ、猿たちを見る。
奴らはこちらを伺うように、じりじり、じりじりと詰め寄ってくる。
その顔に、焦りや疲労は無い。ただ悠然と、弱者をいたぶる魔物の顔だった。
奴らは一番近くに倒れているグレイスに、ゆっくりと、その顔を嘲笑に歪めながら近づいて行った。
……あぁ、グレイスが殺される。
頭では理解した、そのあまりにも受け入れがたい現実に、しかし体はついて行かない。
もう、どうすることもできなかった。
俺たちの終焉を今か今かと待ち望んでいるかのように、頭上の太陽が爛々と輝いている。
猿はグレイスの前に立ち、その鋭い爪を突き立てようとした。
……俺のせいだ。
また、後悔の言葉があふれてきた。もう、止めることはできない。
確信があった。この事態を招いたのは自分であるという、明確な自信が。
隊列を無視し、一人で行動し、その結果がこの状況を生んだのだ。
そもそも、俺は自己中心的過ぎたのだ。
確かに俺はこのパーティの、いや、王国全土で考えても一番強かった。
だが、他人にもそれを求めることは、あまりにも不遜で、幼稚だった。
仲間を無視して俺が一人で動いた結果、危機的状況に陥ったことも数回、今までにはあったはずだ。
何故学ばなかったのか、簡単だ。
死ななかったからだ。
今までは運よく切り抜けることができたからだ。
だからこそ俺は、自分が間違っていたのではない、ついてこれない奴が悪いと、盲目的に信じることができたんだ。
それがどうだ。
いざ、死を目の前にすると、何もできないではないか。
こんな状況になって初めて、自分がいかに阿呆だったか、やっと理解したのだから、仲間たちも救われない。
フウトは慎重な男だった。
既知の敵には対策を建てているのはもちろんのこと、初めて戦う相手には、時間を稼ぎ、繰り出してくる手札を見切ってから、それに見合う作戦を以て攻勢に出た。
俺はいつも感覚で、倒せそうだと思ったときに前に出ていくもんだから、帰ってきてからよく怒られた。
今回の戦いはそうではなかったが、偶々だ。
あの数を増やしてくる敵を相手に押し切れるビジョンが浮かばなかっただけだ。
フウトはいつものように、初めて見る敵に対して粘るような戦いを――。
「……?」
ふと、何かが頭をよぎった。
……何だ?
何かを見落としている。
なにかがおかしいことに、俺は気が付く。
「なんだ……?」
何がおかしい。フウトはいつものように、粘る戦いを指示した――。
「……」
確かに。確かにおかしい。
最初に接敵してからすぐに、敵は数を増やしていた。
あの時の俺は、全てを倒しきることは不可能のように感じていたんだ。
そうでなければ、いつもの俺なら、指示を無視して殲滅にかかっていたはずだ。
だが、フウトは勝てると考えた。
数が増えすぎてどうしようもなくなってしまう前に逃げるという選択もあったはずなのに。
逃げきれないから戦えと彼は指示していたが、果たしてそうだろうか?
フウトはこういった場合における逃げるための策を持っていないのだろうか?
そんなことはあり得ない。
彼はとても慎重な男で、どうしようもない敵とぶつかったときの策だって、一つやふたつにとどまらない。
敵を撒く策だって、必ず持っているはずだ。
だが、彼は勝てると考えた。
だとするなら、一体何が、彼にそう判断させたのか。
「ただのミスか……?」
「……?」
それだけではない。死体が消えたことも気になる。
グレイスに言われるまで、俺も気が付かなかった。
俺だけじゃない。全員が、だ。
陣形を組んでからはフウトはずっと後ろにいた。
相手の弱点、手札を読み切るために観察し、作戦を立てることこそフウトがやろうとしていることだ。
それなのに、大量の死体が消えているなんていう、そんな単純なことに、気が付かないものだろうか。
後方にはフウトだけではない。ラーナも、ミカだっていた。
俺とグレイスは目の前の敵の処理に追われていたからまだしも、後ろから援護する彼女らも、この事実に気が付かなかったのだ。
そんなこと、あり得るだろうか。
あり得るとするならば……
「知覚が、阻害されている……?」
「な、にを、言っている……?」
ぶつぶつと言う俺に隣で伏せるフウトが反応するが、無視する。
ラーナの周囲探知にあの猿たちが引っ掛からなかったことは、疑問の一つである。
常に周囲を警戒していた彼女の魔力網をくぐって俺たちに接近することは、考えられることではない。
だからこそ俺たちの動揺は大きかった。
考えられるのは、俺たち全員が既に、何らかの知覚の制限のようなものの影響下に置かれている可能性がある、ということだ。
一つ、おかしいことを見つけると、まるでつながっているかのように、一つの糸であるかのように、この仮説の裏付けとして、新たな疑問が浮かび上がる。
俺たちが劣勢を強いられたのは、日差しの暑さに体力を奪われたことも、少なからず影響しているはずだ。
俺たちは、崖際の、辺りがすこし開けたところで戦っていた。それも、何時間も。
……ならば何故、こうして倒れている今も、太陽は俺たちの真上に浮かんでいるのだろう。
いや、そもそも。
「俺たちはいつ、ここに来たんだ……?」
ずっと、俺のせいだと感じていた。
隊列を乱し、先頭を突っ走った自分が悪いのだと。
終わらない戦いの中で、罪悪感を抱えていた。
しかし、今のこの状況、俺が先頭を走ったからといって生まれるだろうか。
知覚阻害の仮定が本当だとすれば、少なくともここで敵に囲まれる前からレーナは術中にはまっているはずだ。
俺が先に崖に到達しようがそんなことは関係ないはず。
だが、俺の中には確信があった。この事態を招いたのは自分であると、明確な自信があったのだ。
俺は、鬱蒼と茂る、陽の光だって簡単には届かないような、じめじめとした深い樹海の中を歩いていたはずだ。
そして俺には、ある重要な記憶が、一切なかった。
この、今伏せているこの崖際へとやってくるまでの記憶が。
自分の感覚を、信じることにするならば。
仲間を危機へと追いやったならば、俺自信が、何としても助けなければならない。
俺たちは、樹海を歩いていたはずだ。
そして、俺が先走って、危機に陥った。
ならば、ならば俺たちが受けているのは知覚の制限、阻害などではなく――
「――幻覚だ」
パリン!と、世界がはじけ飛ぶ。
周囲が現実の風景に切り替わってゆく。
頭で理解する前に、俺は走り出した!
「うおぉぉぉぉぉッ!!」
今にもグレイスをその体内に取り込もうと、大きな花弁のようなものをまるで口のように開いている植物に対して、俺は力を振り絞り剣を薙いだ。
「グォォォォ!」
植物の魔物はたまらず後退する。
「おい!皆、起きろ!」
俺は大声で全員に声を掛ける。
「うぅ、うーん」
「あれ、なんだここ……」
皆無事に幻覚から覚め、現実を理解し始めると同時に顔が青ざめる。
幻覚の中で溜まった疲労や痛みは、現実に戻っても治っていない。おそらく、体は実際に動かしていたんだろう。
ならば、この状況は非常にまずい。
全員満身創痍で体を動かすこともやっとなのだから、戦うことも、逃げることすら満足にできないだろう。
俺の攻撃を凌ぎ体制を立て直した植物の魔物は、その体内から霧のようなものを周囲に撒き出した。
風に運ばれた霧が俺を覆い、それを吸い込んでしまったと同時に、視界がぼやける。
「く……ッ!」
思わず膝をついた俺はそこでようやく、今までの出来事を思い出し、理解する。
(これが幻覚の原因か……!)
おそらくこの霧は、脳の機能に何らかの麻痺を及ぼす毒なのだろう。
これを大量に吸い込んだ結果、皆が幻覚を見てしまった。
フウトの判断ミスや全員の注意力不足も、脳がやられた結果だろうか。
存在しない猿を相手にしていたのだ。索敵魔法にかかるはずもない。
この魔物は、危険だ。ここで倒してしまわないといけない。
「皆下がって。俺がやるッ!」
全員、這いばいの体で後ろに下がる。
今まで、散々迷惑かけたんだ。
きっちり全員、無事に帰って、それからまた、みんなで冒険をするんだ。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
朦朧とする感覚を気合で研ぎすまし、この一撃に全力を乗せる。
「おおぉぉぉぉッ!」
「グギィィィィィ!」
俺の剣と植物の攻撃がぶつかり合い――
――剣の刃が、植物を切り裂いた。
「ギィィィィッ!」
植物の魔物の断末魔が響き渡る。
そして、静寂が訪れた。
「……」
どさり。戦いの終結に安堵し、俺はその場にへたり込む。
「ふぅ……。危なかったぁ」
「え、えぇと、どういうことなの……?」
「恐らく、幻覚を見せられていたんだ。この魔物の力なのかもしれないな」
一人未だによく分かっていないミカに対して、フウトが説明する。
「それにしても、今回は、マジで危なかったぜ」
「ホントよね。私も死んだと思ったわ。ユウ、先走るのもいい加減にしてちょうだい」
グレイスとレーナが息を切らせながらぼやく。
レーナの言う通り、皆が幻覚に囚われた原因は、ひとえに俺がこの魔物のテリトリーに容易に足を踏み入れたことにあった。
この魔物はおそらく毒霧を広範囲に散布し、幻を見せて体力を奪うのだろう。
遠くからそれを見守り、そして力尽きたところを食いにやってくる。
無遠慮に突き進む俺の周囲には既に毒の霧が蔓延しており、俺を追いかけてきた皆も、異変に気付く前にそれを大量に吸い込んでしまったのだ。
今回は本当に、危なかった。
皆を危険に巻き込んだこと、今までの不遜な振る舞い、その全てを、皆に謝らなければいけない。
俺は後ろの皆の方に向き直って、
「みんな、聞いて欲しいことが、」
「ユウ、なんだそれ?」
グレイスが、口を挟んで問いかけてくる。
「――後ろ、後ろのそれだ!」
「……?」
何のことかと振り返り、そして驚愕した。
倒したはずの植物の頭部が、まるで果実のように膨張している。
半径が俺の身長ほどになった今この時も、急速に膨張を続けている。
「まずい!離れろッ!」
……動くことができなかった。
想定外の出来事に戸惑ったのはもちろん、そうでなくとも、動けなかっただろう。
体力を、筋力を、全て使い果たしたのだ。
「……!!」
フウトが何かを叫びながら、こちらに手を伸ばす。
そんなフウトに危ないと、グレイスとレーナが飛びつく。
ミカは、ただこちらを呆然と眺めていた。
逃げなければと脳が警鐘をならしている。
あれを受ければ取り返しがつかなくなる、と。
ゆっくりと動く風景の中で、しかし俺は確信していた。
……これは、避けられないッ!!
瞬間、大きな果実がはじけ、大量の液体が俺に降り注いだ――。
改善点
・説明に尺をとりすぎか。もっと会話文を散りばめた方がいいかもしれない
・戦闘シーン短い。あっさりすぎてよくわからない可能性あり
分かりにくかった、易かった、もっとこうした方がよくなるのでは等、皆さんの感想を聞かせてください。こんなぽっと出小説をわざわざここまで読んでいただいた方々の意見ですから、無下にはできません。紳士に受け止めます。
書いてて分かったんですが、死ぬほど書くの遅いので更新頻度は期待しないで下さい。完結はさせます。多分。