彼女の作り方
俺は矢口智也。今年で三十一歳になってしまった。
介護職員として働く俺は、職場で彼女の一人もいないのかとおばさん連中に言われ続けている。
確かに年齢的にも彼女の一人くらい作りたいとは思う。
でも俺は、この歳で一度も女の人と付き合ったことなんてない。
彼女は欲しいけど・・・。一体どうすればいいんだよ。
職場はおばさんばかり。そもそも出会いだってないんだから。
仕事が終わり、家に帰って夕飯を食べて風呂に入った。
ダラダラとテレビを見ていると、スマホからピロリッと通知音が聞こえてきた。
大学時代の友人である横山からだった。
この日曜日、一緒にパチンコ打ちに行かないかという誘いの連絡だった。
またパチンコか。
まあ別にいいけどさ。
俺達が住んでるのは田舎だから娯楽なんて都会に比べると少ない。
遠出すると時間もかかるし疲れるから、近場なら大体パチンコかカラオケくらいしかすることがない。
横山に返事を返して、その日は疲れていたので、すぐにベッドに入って眠ってしまった。
日曜日になった。
横山とは、いつも午後一時から会うことになっている。
それは横山が休みの日は、午前中はずっと昼まで寝ているからだ。
だらしのない奴だ。
いくら休みの日でも規則正しく起きろよと思う。
まあ人の休みの過ごし方は自由か。
俺がとやかく言う必要はないのだが・・・。
もう何年もそんな感じなので、会う日さえ決めていれば、時間も待ち合わせ場所も言わなくてもお互い分かっている。
いつもの時間にいつもの場所へ行った。
「よお」
横山は午前中はダラダラ寝てるだらしない感じな癖に、午後一時という待ち合わせ時間には、一度も遅刻したことがない。
むしろ十二時五十分には、すでに着いている。
なぜか待ち合わせ時間は、きっちりと守る男だ。
だらしない奴なのかきっちりとした奴なのか、そこらへんが良く分からない。
「よお、相変わらず早いな」
「俺は約束の時間は守るタイプだからな」
「それが意外だよな。いつも思う」
「なんでだよ。何事も遅刻は良くないだろ」
「まあな」
いつものパチンコ屋の駐車場から店の入り口へと歩きながら横山が言った。
「じゃあ行くか。今日は作戦を考えてきたんだ」
「へぇ、どんな?」
「甘デジの台で、ある程度玉を増やして、そこから勝負をかける」
「出なかったらどうするんだよ」
「甘デジだぞ。そりゃ出るだろ」
何が作戦だよ。
何度同じセリフを聞いた事か。
何度それで負けてきたことか。
そして店内へと入った。
横山と隣同士で甘デジのパチンコを打ち始めた。
お互い少しずつ当たるが、またすぐに玉がなくなっての繰り返し。
甘デジのパチンコとは、そういうものだ。
小さな当たりが出やすいが、大きな当たりは、ほとんど来ない。
玉がなくなるスピードが緩やかなだけのことだ。
これではジリ貧だと思い、台移動する。
次に移動した台は、ハイリスクハイリターンの台。
当たれば大きいが、なかなか当たらない台だ。
ここで一発当ててやろうという狙いだ。
リーチがかかる。
大当たり期待度が高い演出へと発展し、思わず画面を見つめる。
ピキーンという癖になる音と共に数字が三つそろう。
当たった。
ここまで一万二千円使ったが、ここから巻き返せるか?
横山は近くで打ってるが、どうやら当たっていないようだ。
今日は俺の日かもしれないな。
心の中でそう思いながら打ち続け、玉がどんどん増えていく。
しばらくすると横山がきた。
「お、出てるじゃん。俺は三万負けたわ」
「もうやめるのか?」
「ああ、三万やられたし、これ以上は続ける気にならないからな」
「わかった。じゃあ俺も連チャン終わったらやめる」
そして連チャンが終わり、換金するとプラス二万二千円の勝ちになった。
「いやー、ダメだったー。腹減ったし、どっかで飯でも食いに行かね?」
「行くか」
「いやー、ごちそうさまです」
「しょうがないな」
いつもの流れだ。
パチンコ行って勝った方が飯を奢る。
俺が負けて横山が勝った時には奢ってもらってるし、もちろん今回のように俺が奢る時もある。
「何食う?」
「ラーメンでも行くか?」
「お、いいねぇ。ラーメン行こうぜ」
ラーメンに決まって移動した。
「俺は味噌ラーメン大で、白ご飯」
「醤油ラーメン大と白ご飯」
注文して待ってる間は、お決まりのパチンコの反省会だ。
「いやー、あの台を選んだのが失敗だったな。釘も悪くないと思ったんだけどな」
「グラフは悪くなかったのか?」
「グラフは悪かった。逆にな、グラフが悪いからこそ打ったんだ。そろそろ当たるんじゃないかと思ったんだ」
しばらくパチンコの話をしていると注文した二人分のラーメンが運ばれてきた。
味噌ラーメンをすすっていると、ふと頭をよぎった。
そうだ、横山に彼女できないって相談してみようか。
「なあ、横山」
「ん?」
「俺、彼女欲しいんだけどさ」
「作れば?」
「いや、俺今まで一度も彼女できたことないって。ってかお前、知ってるだろ?」
「ああ、そういやそうだったな」
「お前は今、彼女いるのか?」
「いるよ」
「何歳の彼女?」
「七歳年下だな」
「に、二十三歳!?」
「ん?そうだけど?」
「どうやって知り合ったんだよ。出会いとか」
「ナンパだけど?」
横山はそう言うと、またラーメンを食べだした。
「マ、マジかよ・・・。すげぇな」
しばらく食べていると、今度は横山から話しかけてきた。
「それで?なに?今好きな子でもいるの?」
「いないよ。出会いすらないんだから」
「三十一で彼女いなくて童貞って。お前、魔法使いじゃん」
「仕方ないだろ。今まで出会いとかなかったんだから」
横山の箸を持つ手が止まった。
「ふーん・・・。で、なんでまた彼女欲しいとか急に思ったわけ?」
「いやー・・・まあ職場でおばちゃん連中に口を開けば彼女作りなよって言われててさ。俺もちょっと焦りを感じ始めたというか・・・」
「ふーん・・・」
「まあ出会いもないんだけどな」
「ふーん・・・」
「お前、さっきからふーん・・・って。困ってる友達に何か優しい言葉とかアドバイスのひとつくらいないのかよ」
横山は、少し考える素振りを見せて、何かを思いついてニヤリとした表情で
「じゃあお前が彼女できるまで、俺がアドバイスしてやろうか?出会い方から全部」
「本当か!?」
「ただし条件がある」
「条件?」
「俺に報酬として十万円を支払う事」
「はぁ?金取る気かよ」
「当たり前だろ。俺の今まで培ってきた経験と知識をお前に教えてやろうというんだ。しかも俺の人生の貴重な時間も使ってだぞ。タダでは教えられないな。十万円で彼女ができて人生変わるなら安いだろ。しかもお前は、今日パチンコで二万円勝ってる。今なら実質八万円の出費で済む。格安じゃないか」
「・・・冗談だろ?」
「いや、冗談じゃないよ。この人生最大のチャンスを生かすも殺すもお前次第だ。さあ今決めろ」
さてどうする。
こいつに相談したのが間違いだったか・・・?
かといって、俺の友達で一番恋愛相談で頼りになりそうな奴は横山だし・・・。
十万円か・・・。
かなり痛い出費になるが・・・。
こいつの妙な自信、なんか凄いんだよな。いつも思う。
なんか惹きつけられる不思議な魅力があるんだ。
何か変わるなら・・・。
ええい、考えても仕方ない。
どうにでもなれ。
「わかった。じゃあ頼む」
「お、いいね。男は度胸。いざという時の決断力が大事だ。よく覚えとけ」
ラーメンを食べた後、その足で銀行に行って現金十万円を引き出し、横山に渡した。
「んじゃ、契約成立という事で。まあ次の休みから彼女作り作戦開始ってことで。それじゃ、またな」
横山と別れた。
大丈夫だろうか・・・。
俺のシフトの休みの日を教えるように横山から言われてたので連絡した。
金曜日の夜、横山の仕事終わりの日に会う事になった。
記念すべき一回目の授業なんだそうだ。
夜七時にラックスで待ち合わせた。
ラックスは、様々な専門店が入っている大型商業施設だ。
「よお」
六時五十分に着くと、横山は相変わらず先に来ていた。
時間にはきっちりした奴だ。
「よお。早いな。やる気十分だな」
「当たり前だ。十万もお前に払ったんだからな」
「任せとけって。ただし彼女できるかどうかは、お前のやる気次第だぞ」
「はぁ?ふざけんなよ。ちゃんと彼女できるまで責任持てよ」
「お前な。考えてもみろ。例えば英語をマスターしたい奴がいるとする。そいつは良い英語教材を買った。でもやる気がなくて勉強しなかったらどうだ?英語をマスターできると思うか?」
「・・・まあ無理だな」
「そういうことだよ。俺は惜しみなく教材の提供はしてやる。勉強するもしないもお前次第だ」
全く・・・。
口の上手い奴だ。
しかし納得できてしまうのだから悔しい。
こいつ、営業職の仕事とかやらせたら、かなり向いてるんじゃないだろうか。
「わかったよ。お前を信じるし、勉強するから。それでなんでラックスなんだよ」
「いやー、服見たくてさ。なんか良いのあるかなーって。とりあえず行こうぜ」
「はぁ?お前の服買うのに付き合わす気か」
様々な店が並ぶ前を通り過ぎていって、ひとつの店の前で横山が立ち止まる。
「おっ、ちょっとこの店行こうぜ」
「お前、服のサイズは?」
「Lだけど」
「よし、これ試着してみろ。後は、これとこれもだ」
「ええ・・・。俺?」
訳が分からないまま、何着か服を試着させられた。
「んー、これとこれだな。後は・・・これとこれも着てみろ」
「ええ・・・。俺こういうのは着た事ないんだけど・・・」
「馬鹿。同じような服ばっか着ても意味ないだろ。ほら、早く試着しろよ」
結局、色々な店を回って合計十着の服を買わされた。
結構な出費だ。
「いやー、結構買ったな。自分の金じゃなくて好きに服買うって楽しいー」
「お前な・・・。俺にこんなに服買わせてどうすんだよ。ってか買わす前に色々説明しろよ」
「とりあえずお前は服がダサい」
「うぐっ・・・」
「手っ取り早い話、見た目からマシにするべきだ。今すぐできることからやる。今日買った服、十種類だ。その十種類、とりあえず着回せ。少しはマシになるだろ。いいか、見た目良い奴と悪い奴、付き合うならどっちがいいと思う?まあ聞くまでもないよな」
「いや、でも俺イケメンじゃないし。お洒落してもな・・・」
「スーツ着てたら誰でもそこそこイケメンに見えてくるだろ。服ってのは大事だ。服装が変わるだけで印象が変わる」
「・・・とりあえず見た目から入れって事か」
「そういう事。後な、髪型もだ。時間ある時に今日買った服着て美容院に行って、お任せでお願いしますって言って髪切ってもらってこい。髪型も変えてもらってこい。次会うまでの宿題な」
「ええー、髪型なんて変えた事ないよ。大丈夫かな・・・。めっちゃ不安だよ」
「美容師舐めんな。ヘアースタイルのプロだぞ。プロにお世話になってこい」
「う、うーん・・・」
「よし、まだ時間あるな。次いくぞ。本屋だ」
「本屋?なんで?」
「俺の読みたい漫画があるから」
「はぁ・・・?」
本屋へと向かった。
横山は自分の買いたい漫画を手に取ったら、すぐにレジへ行って会計を済ませてきた。
「お前は、ついでになんか買わないの?」
「いや、俺は別に何も」
「はぁ・・・。全く。お前な、自分で勉強するって言ったよな」
「言った」
「頭を使え、頭を。ここはどこだ?」
「本屋」
「本は知識の宝庫だろうが。そこは迷わず男性ファッション誌のコーナーへ向かえよ」
「あー・・・ファッション誌を買って服装の勉強するって事か」
「そうだよ。後な、髪型も参考になるの多いから」
「へえー、なるほど」
「初授業だからここまで丁寧に言ってやったけど、後は自分で考えろよ。もっと自分で吸収しようとしろ」
「お、おう」
俺は生まれて初めてファッション誌を買った。
横山に言われたように美容院へ行って美容師にお任せでお願いしますと伝えて髪型を変えてもらった。
初めての美容室は入るのに少し緊張したけど、入ってみると案外平気だった。
良い感じに仕上げてくれただけでなく、ヘアーセットの仕方まで丁寧に教えてくれた。
今まで髪を切りに行く時は、小学生の頃からお世話になっている親父が行ってる散髪屋で切ってもらっていた。髪を切りに行くといつも髭を剃ってくれていたので、楽だし嫌いではなかった。だが美容院では髭を剃ってくれないから、少し違和感を覚えた。
でも仕上がった髪型を結構気に入ってるので、これからは美容院に行こうと思う。
髭ぐらい自分で剃ればいいだけの話だし。
横山と会う事になった。
今日必ず来いと言われた。
時間は、いつものように午後一時。
十二時五十分に行くと、やはり横山は先に来ていた。
「よお。・・・あははは」
「え、髪型おかしいか?」
「いやー、なんていうか一気に雰囲気変わったなと思ってよ。俺の指導の賜物だなと思って。まあ先生が良いから。いや、流石は俺」
「自画自賛かよ」
「大丈夫だ。オッケー、オッケー。合格だ。見た目はリア充に近づいたぞ。自信を持て」
「それで今日はどうするんだ?」
「そうだな・・・とりあえず・・・映画行こうぜ。観たいやつあんだよ」
「映画?」
「まあいいからいいから」
そう言われてラックスに併設されている映画館へと移動した。
「それで映画を観るのに何の意味があるんだよ」
「意味はない。俺が観たかったからだ」
横山はサラッと答えた。
マジかよ・・・。
宝物はそこに。というタイトルの映画だった。
無人島にある伝説の秘宝を発見するため、冒険するという話だ。
日本でも今、結構話題になっている映画だ。
まあアクションの迫力もあったし、確かに面白かったが・・・。
「うん、なかなか良かった」
「まあそうだな」
「よし、まだ時間あるし、ちょっとカラオケ行こうぜ」
「ええ、カラオケ?」
「いいからいいから。まだ時間あるから」
横山は、にやりっとしながら携帯の画面で時間を確認する。
そして次はカラオケ店へと移動した。
「三時間コースで」
横山が店員にそう伝えて、俺達はカラオケルームへと移動した。
「さあ何歌うかなー」
横山と交代で色々歌って三時間が経過した。
「よし、良い時間だな。そろそろ行くぞ」
「え?行くってどこに?」
「まあいいからいいから」
またにやりっとして横山は、まあいいからしか言わない。
何か企んでいるのは明らかだが、移動しながら問いただしても、まあお楽しみって事でと言って何も教えてくれない。
横山が立ち止まった。
「ここだ」
「ここは・・・」
たどり着いた場所は、イベントホールだ。
地域のイベントがあったりアーティストがライブに来たりすることもある。
「えっ?今日なんかやってたっけ?」
「発表します。今から行くのは、ででん!! 婚活パーティーです」
「えええええ」
「どうだ、ビックリしただろ」
「待て待て待て。説明しろよ。急すぎるだろ。それに俺予約とかもしてないぞ」
「当日予約なしで参加できる婚活パーティーだってあるんだよ」
「そ、そうなのか。というかいきなりすぎるだろ。服装だってスーツとかじゃないのか?」
「私服で大丈夫なパーティー選んだから問題ない」
「いいから行くぞ」
「お前・・・今日俺の髪型初めて見たよな。もし髪型が失敗してたらどうしてたんだよ」
「ん?それでも来てたよ。失敗するのもそれはそれでネタとして面白いだろ。経験だって」
「お前な・・・」
「まあ別に変じゃないから大丈夫だって。ほら行くぞ」
「だから待てって。心の準備だって出来てない」
「ねぇよ。心の準備なんて。出会いがないんだろ。だったら自分で行動すればいいんだよ。ほら行くぞ」
「おい、ちょ、ちょっと待てよ。俺会話だってお前と違って自信ないって」
「知らねぇよ。自分でどうにかしろ。このアニメオタク野郎」
強引に連れられ、人生初めての婚活パーティーに参加する事となった。
そして中に入ると、俺は分かった。理解した。
今日はアニメやゲーム好きの男女が集まる婚活パーティーだったのだ。
「横山・・・。お前・・・」
「お前に軽快なトークなんて期待してねぇって。とりあえずアニメとかゲームの話ならお前でもなんとかできるだろ」
横山は考えていてくれたのだ。
今日必ず来いと俺に言ったのは、この婚活パーティーに参加させる為だったのか。
「それとこれな、ボールペンとメモ用紙。一応持っとけ。くれない場合もあるからな」
「お、おう・・・」
受付をした後、プロフィールカードなるものを書かされた。
早速、横山から渡されたボールペンを使う事になった。
意外とこいつは、いつも準備が良い。
プロフィールカードには、名前や年齢といった事はもちろん、趣味や特技など色々な項目があった。
「プロフィールカードに空白は作るなよ。どうにかして全部埋めろ」
「なんで?」
「女の子に配られるからに決まってるだろ」
「な、なるほど」
アニメ、ゲーム好きの婚活パーティーのプロフィールカードなだけに好きなアニメやゲームの作品名を書いたりする欄もしっかりと設けられていた。
好きな作品は沢山あるけど、色々悩んだ末、一番好きなデッドラインを書いた。
隣で横山もプロフィールカードを書いていたが、特に悩んでいることもなく、パッと書いていた。
プロフィールカードを書いた後、スタッフに開始時間まで少しお待ちくださいと言われ、時間が来るまで待たされることになった。
「この後はスタッフの指示に従えばいい。大体の流れとしては自己紹介があって五分か十分くらい話して席の移動を繰り返すだけだ。その中で気になった子がいたら名前とかをメモしておけ」
「それでメモがいるのか」
「まあ後はお前次第だな。頑張れよ」
「お、おう・・・」
お前次第と言われてもな・・・。
横山と話しているとスタッフに呼ばれ、ついにアニメ、ゲーム好き婚活パーティーが始まった。
大体の流れは、横山が言っていたとおりだった。
スタッフに流されるまま、席に移動して自己紹介して数分話して席を移動。これを繰り返す。
確かにこれは、メモしておかないと後で訳が分からなくなるだろう。
全部で二十人の参加女性と話した。
その中で俺は、四歳年下の木下加奈さんという女性が気になった。
理由は話したときにアニメ、ゲームの好きな作品が似ていたからだ。
もっと話してみたい。
自由時間になった。
横山が近づいてきて
「気になった子いたか?」
「木下加奈さんかな」
「ならどんどん積極的に話しかけてこい。これを逃したら二度と会えないぞ」
「まあそうだな」
「じゃあ俺帰るわな」
「ええ、ちょ、ちょっと待てよ。この後どうするんだよ」
「せいぜい自由時間で頑張ってアピールしろ。その後、気になる人の名前を書いてお互いにマッチングしたら一緒に帰れるんだよ。その後どこまで仲良くなれるかは、お前次第だ。まあマッチングしないかもしれないけどな。なははは」
「なんかアピールのコツとかないのか?」
「ありのままのお前を受け入れてくれる子を探せ。変に意識するな。素直にいけ。それだけだ」
「ま、まあ・・・なんとかやってみるよ」
「後でどうなったか連絡しろよ。それじゃな」
本当に横山は帰ってしまった。
素直に・・・か。
よし、頑張ろう。木下加奈さんのところに行くとするか。
「木下さん。どうも。さっきデッドラインが好きだって言ってたんで、趣味とか似てるし話が合いそうだからいいなと思って、話に来ちゃいました」
「あ、えっと・・・矢口さんでしたよね。私も矢口さんと趣味が似てるなーと思ってて、もうちょっと話してみたいなと思ってました」
黒髪の大人しそうな、どちらかというと地味目の女の子だ。
俺ともう少し話したいって・・・!!
神展開来た。うおおおお。
心の中でガッツボーズをした。
あ、いやいや。待て待て。浮かれるな。
話してみたいってだけの話だ。
まだお互い名前と年齢、趣味がアニメ、ゲームって事くらいで他は何も知らないんだから。
「デッドラインの中で好きなキャラクターは誰ですか?」
「私はアルスが好きです。普段はやる気ないのにいざという時は恰好良くて」
「アルスですか。俺も好きです。強いですよね。また声優さんの声も恰好良いんですよね」
「男性声優の笹倉弘明さんですよね。凄い恰好良いですよね。矢口さんはゲームとかもされてるんですか?」
「ゲームやってますよ。携帯のアプリゲームもやるし、家庭用ゲーム、ゲームセンターも行きます」
「私、今エッグモンスターにハマってるんです。知ってますか?」
「あー、エグモン面白いですよね。卵をふ化させてどんなモンスターが出てくるかは、生まれてからのお楽しみってやつですよね」
「そうです」
「プレイヤーランクはどれくらいなんですか?」
「今、四十六です。中級クエストのところまでやってます。矢口さんはランクどれくらいですか?」
「百十三です」
「えっ!凄い!課金とかしてるんですか?」
「いえ、無課金でコツコツとやってますよ。効率の良いクエストを回れば、割と簡単に攻略できるんです」
「へぇー、そうなんですねー」
「良かったらクエストの攻略とかも手伝いますよ」
「えー、いいんですかー?」
「フレンド枠に空きはありますか?あればフレンド登録してもらえたら、俺のモンスターが仲間になって使えるので、かなり攻略が楽だと思いますよ」
「わー、嬉しいです。是非お願いします」
エグモンのゲームアプリを起動し、フレンド登録をした。
そして自由時間が終了とアナウンスがあって、スタッフに気になる人の名前を書いて渡した。
もちろん木下加奈さんと書いて。
まあ話は弾んだけど、結局エグモンの話しかできなかった・・・。
ああ・・・。ダメかなぁ・・・。
木下さん、選んでくれるかなぁ・・・。
あまり自信はないけど。
そう思ってカップリング結果の発表を待っていた。
すると、なんと木下加奈さんとマッチングした。
一緒に帰る事になった。
「いやー、まさか俺なんか選んでもらえると思ってませんでした。ありがとうございます」
「矢口さんが凄く話しやすかったんです」
「あ、ありがとうございます」
ま、まずい・・・。
この後、どうすればいいんだ。
一緒に帰るって言ってもどうすれば・・・。
横山に色々聞いておくんだった。
「あ、あの・・・。腹減ってませんか?もし良かったら今から飯でも行きませんか?時間とかって大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
「ええっと・・・何か食べたい物はありますか?」
「矢口さんの好きな店でいいですよ」
どうしよう・・・。
ラーメンとか・・・いや、それはダメだよな。
デートらしくない。
いや、これはデートになるのか?
「あ、えっと・・・。嫌いな食べ物とかありますか?」
「何でも食べれますよ。私好き嫌いないんです」
「そ、そうですか。じゃあ・・・回転寿司でもどうですか?」
「わあ、お寿司良いですね。行きましょう」
咄嗟に口から出た言葉は回転寿司だった。
後でお洒落なカフェにすればよかったと一瞬そんな考えが頭をよぎったが、カフェなんて全然知らない。
ああ、横山に聞いておくべきだった。
最悪だ・・・。
でも喜んでくれてる?
この子、凄く良い子だー。
狐のマスコットキャラクターが目印の回転寿司の大手チェーン店、おいなりさんに移動した。
ご飯時の時間帯というのもあって結構客がいたが、回転が速い為、十五分程度の待ち時間で席が空いた。
「矢口さんは好きな寿司ネタは何ですか?」
「んー、そうですねー。・・・王道ですけど、やっぱりマグロが好きです」
「マグロ美味しいですもんね」
「木下さんは、いつも食べるネタとかあるんですか?」
「私はサーモンが大好きでいつも食べてます」
「サーモンですか。あっ、サーモンで思い出したんですけど、クイズの木っていうゲーム知ってますか?」
「いえ、分からないです」
「クイズに正解すると、どんどん木が成長していくゲームなんですけど、あれで知ったんですけどサーモンって白身魚だったんですね。恥ずかしながら俺、最近まで知らなかったんです」
「ええー、知らなかったんですかー!?」
「ずっとピンク色の身の魚だと思ってました。まさか餌のエビを食べて赤くなってるとは知りませんでした」
「あはははは」
結局、そこからまたゲームの話になってしまった。
何をやってるんだ、俺は・・・。
寿司を食べ終えて店を出た。
「ごちそうさまでした。お金出して貰っちゃってすみません」
「いえ、大丈夫ですよ」
「今日はありがとうございました」
「あ、はい・・・。また・・・」
家が近いからその場で解散となった。
「あっ・・・そうだ。横山」
どうなったか連絡しろと言われていたんだったな。
俺は横山に連絡した。
「よお、どうした」
「どうしたって・・・。お前が後でどうなったか連絡しろって言ったから」
「どうだったんだよ」
「うん。それがな・・・」
木下加奈さんとマッチングして一緒に帰った事。
回転寿司を食べに行った事を話した。
「なんで寿司なんだよ」
「いや、寿司ならハズレないかなと思って」
「そこは、お前・・・。お洒落なカフェにでも連れて行けよ」
「お洒落なカフェなんて俺が知ってるわけないだろ」
「まあいい。それでどんな話したんだよ」
「結局、寿司ネタはサーモンが好きな事とゲームの話くらいしか・・・」
「なんでだよ。しょうがないな。色々カフェの店も教えてやるよ。次誘う時は、そういう店連れていけ」
「わ、わかった」
婚活パーティーの日から一週間が経った。
それまでの間に横山からおすすめのカフェの店を何店舗か教えてもらった。
「それとな、次のデートは間を開けず、なるべく早く誘え」
「どうして?」
「お前の印象を相手に強く残す為だ。例えば次会うまでに一ヶ月空くのと二週間とでは、全然違うだろ。なるべく早く次を決めろ」
「そういうものなのか?」
「そういうものだ」
きっぱりと言い切られて返す言葉が見つからなかった。
俺は横山の言葉に素直に従い、木下さんに次の誘いの連絡をすることにした。
誘い方も横山から教えてもらったアドバイス通りに言った。
まずは先日のお礼を言うこと。
楽しい時間だった事を相手にきちんと伝える事。
そして本題。内容は簡潔に伝えることだ。
無駄な事は言わなくていい。
後、そのカフェの良い点も伝えるとベストなんだそうだ。
文章は短すぎず、長すぎない程度が良いんだそうだ。
もちろん送る前に同じ文章を横山にコピーして送り、添削もしてもらった。
「こんばんは。先日はありがとうございました。とても楽しかったです。良いカフェの店があるんですけど、次の休みの日にご都合合えば一緒にどうでしょうか?ケーキが美味しいお店なんですけど」
「こちらこそありがとうございました。カフェですか!?ケーキ好きなので是非行きたいです」
待ち合わせの場所と時間の話をして、木下さんと会う約束をすることができた。
散々どんな風に誘おうかと一人悩んでいたのに、横山に相談すると数分で解決した。
横山、お前は本当に凄いな。
そして問題はその後だ。
カフェでどんな話をすればいいのかとか色々と横山に聞きたいことがあったから聞いてみたけど、後はお前次第だと言われて結局何も教えてもらえなかった。
仕方がないので、あれこれ自分でシミュレーションして、話題に困らないようにメモ帳に話題リストみたいなものを作った。
我ながらまるで、トーク番組で自分のネタを忘れないようにメモしておくお笑い芸人みたいだと思った。
ついに木下さんとのデートの日がやってきた。
待ち合わせの時間の十分前には、到着しておくように横山に言われた。
それは、ただお前の時間にきっちりというポリシーを俺に押し付けてるだけなんじゃないのかと言ったが、男はデートの日は、早めに来て待っておくのが昔から決まっているんだそうだ。
そして少々、女の子が遅刻してきても絶対に文句を言うなと言われた。
化粧治したり、髪型が気になったり。とにかく女の子は時間がかかる。
女の子は遅刻するものだぐらいに考えておけと言われた。
横山に言われた通り、待ち合わせ時間の十分前に到着した。
そして適当に携帯をいじったりして待っていたら、約束の時間から十五分遅れて木下さんがきた。
「すみません。遅れちゃって・・・。お待たせしました」
「いえ、俺も今来たところなんで大丈夫ですよ。それじゃ行きましょうか」
「はい」
ここまでは横山からもらったアドバイス通りに事が進んでいる。
まあ順調だろう。
問題はこの後のことだ。
カフェに入ってから何を話すか。
大丈夫だ。携帯に話題リストを沢山作ってきたからきっと大丈夫。
そんな事を考えながらカフェに向かって歩き始めた。
途中、エグモンの話を軽くしながら移動した。
カフェに着いた。
横山に場所だけ聞いていたが、実際に入ったのは初めてだった。
あまりにもお洒落なカフェすぎて、中に入るのにかなり緊張してしまった。
店員にどこでもお好きな席へどうぞと言われたので、なるべく端っこの奥の席に座った。
「凄くお洒落な店ですね」
「そうなんですよ。ここのケーキが美味しいらしくて」
「え、矢口さん。初めて来たんですか?」
しまった。
つい口を滑らせて言ってしまった。
横山の指示で何度か来たことがあるような雰囲気でいけと言われていたのに。
「は、はい・・・。実は初めて来たんです。俺、お洒落なカフェとか全然分からなくて友達に聞いたんです。ああ、そいつは大学の友達なんですけどね。そしたらここがおすすめだって言われて」
「そうだったんですね」
「ええ、こうなったら正直にお話します。実はお洒落すぎて俺、今凄く緊張してます。木下さんと上手く話せるかどうかとか色々考えちゃってます」
「実は私もお店が綺麗すぎて緊張しています」
「ああ、なんか気を使わせてしまい、すみません」
「あ、いえいえ!大丈夫ですよ。矢口さんがせっかくお友達に聞いて色々調べてくれたお店なんですよね。美味しいケーキ楽しみです」
「そう言ってもらえて助かります。ありがとうございます」
注文したケーキがテーブルにきた。
見た目も良いし、味も美味しい。
お洒落だし、横山おすすめのカフェだというのも納得した。
店選びは文句なしで大成功だと思う。
「ケーキ美味しいですね。私、ハマりそうです」
「俺もまた来たいと思うくらい気に入りました。木下さんは今期のアニメで好きなアニメとかありますか?」
「風神雷神を最近見始めました」
「おおー、あのバトル漫画が原作のやつですね。あれは熱いアニメですよね。バトルシーンの作画がまた良いんだ」
「凄く迫力ありますよね。ダブル主人公ってなんか良いですよね」
「風神派ですか?雷神派ですか?」
「うわー、悩む二択きましたね。うーん、難しいですけど、どちらかというと雷神派です」
「雷神良いですよね。俺も雷神派だなぁ。ゲームセンターのクレーンゲームの景品で雷神フィギュアが今度出るので、是非ゲットしに行こうと思ってます」
「いいなぁー、私も欲しいです。でもクレーンゲーム苦手で」
「じゃあ今度、雷神フィギュア取りに行きましょう。クレーンゲーム得意なんで俺取りますよ」
「ほんとですか?ありがとうございます」
結局、色々話したい事のリストは作ってきたけど、アニメの話ばかりしてしまった。
気が付いたら三時間もカフェでアニメの話ばかりしてしまっていた。
そしてその日は解散となった。
横山からどうだったか報告するように言われていたので、連絡した。
「しもしもー」
「バブル期かよ」
「それでどうだったんだよ。カフェ行ったのか?」
「行ったよ。良い店教えてくれたおかげで助かった」
「そうだろそうだろ。雰囲気も良くなってより一層仲良くなれたはずだ。それでどこまでいった?」
「今度ゲームセンターでクレーンゲームのフィギュア取ることになった」
「いや、違うよ。正式に付き合ってくれって言ったか?」
「・・・いや、そこまでは。だってまだ会うの二回目だし」
「その子の事好きなのか?ちゃんと彼女にしたいって気持ちはあるか?」
「正直かなり好きかもしれない。趣味も同じで話しやすいし、こんなに自然体でいれる事に驚いてる」
「よし、なら後は、告白するしかないな」
「ええ、告白なんて早いだろ。お互いまだ敬語だし」
「いいか。よく聞け。よくある話だ。付き合いが長くなれば長くなるほど、この関係が壊れるのが怖いと思ってしまって、告白するのをためらってしまう。だから好きかもと思ったならすぐ告白しろ。ずるずるいくな。男ならすぐ行動しろ」
「いくらなんでも早くないか?」
「好きなんだろ?」
「そうだな」
「ならもう答えは出てるだろ。早く告白しろよ」
「相手の気持ちが分からない」
「お前は超能力者か?相手の気持ちなんて分かる訳ないだろう。告白してお前と付き合っても良いと思ってくれたならオッケーもらえるし、嫌なら断られる。それだけだ。それにどうせ断られても今ならダメージ少ないだろ?なははは」
「他人事だと思って・・・」
「次告白しろ。ゲーセン行くんだろ?その帰りにでも言ってしまえ」
「まあ考えてみる」
そうは言ったものの・・・
次で会うのは三回目だぞ。
それでいきなり告白されたらどう思う?
あまりにも突然すぎて木下さんに引かれてしまうんじゃないか。
そんなことばかり頭をよぎる。
そして約束したゲームセンターに行く日が決まった。
三度目のデートだ。
次で告白か・・・。
大丈夫だろうか。
ゲームセンターに行く日が決まった。
事前に風神雷神のフィギュアが入荷されるゲームセンターを下調べしてあったので、そこに行くことにした。
待ち合わせの十分前に到着して、木下さんが来るのを待っていた。
「こんにちは」
今日は待ち合わせの時間丁度くらいに木下さんがきて声をかけてきた。
「それじゃ、行きましょうか」
「はい」
ゲームセンターなら俺のテリトリーだ。
ゲームなら俺の得意分野だ。
仕事終わりとか休日はゲームばかりしている俺を舐めるなよ。
早速店内に入って早速風神雷神のフィギュアを探す。
「あっ、ありましたね」
風神雷神の風神と雷神の二種類のフィギュアが見える。
「うわー、難しそう・・・。こんなの捕れそうにないですー」
「ああ、大丈夫ですよ。まあ見てて下さい」
百円玉を入れてボタンを押して横のアームを操作し、さらに奥行きのアームを操作してタイミングよく止める。
「こんなもんかな」
クレーンが下降し、アームが開く。
フィギュアを掴もうとする。
しかし左側すぎる為、箱がくるっと横を向いてしまった。
「あー、おしいですねー。もうちょっとで掴めたのに」
「いえ、これでいいんです。これが仕込みです」
「えっ?」
「わざと横に向けるように狙ったんです。次で獲れますよ」
さらに百円玉を入れる。
ボタンを押して横のアームを操作し、さらに奥行きのアームを操作する。
今度はがっちりとフィギュアの入った箱を掴んだ。
そして景品の落とし口へとそのまま持っていき、ストンッと落ちて風神のフィギュアをゲットした。
「ええー、凄い!!」
「この手のタイプは、まず箱の向きを変えてやるのがポイントなんです」
「神業ですね。こんなに簡単に獲っちゃうなんて」
「次は雷神のフィギュア獲りますね」
風神と雷神の二種類のフィギュアを獲って、木下さんに渡した。
「はい、どうぞ。風神と雷神です」
「ええ、もらってもいいんですか?」
「はい。今日はその為にここに来ましたから」
「うわー、本当にありがとうございます」
「他にも何か欲しい景品ありますか?よかったら獲りますよ」
「うわー、迷いますね。ちょっと色々見て回ってもいいですか?」
「はい、色々見ましょう。欲しいのあったら言ってください」
そして犬のキャラクターのぬいぐるみ、パンダのクッションを獲った。
景品が獲れる度に嬉しそうな木下さんを見ていると、なんだかこっちも嬉しくなってきた。
こんなに喜んでくれるとは思わなかった。
やっぱり俺は、木下さんの事が本当に好きかもしれない。
こんな彼女がいると、とても楽しいだろうな。
俺はそう思った。
ゲームセンターで遊んだ後、ご飯を食べに行くことになった。
横山が教えてくれた雰囲気の良い洋食のレストランへと行ってみることにした。
横山が言うには、ハンバーグが絶品らしい。
店内は、かなり雰囲気が良くて清潔感が漂う店だった。
また良さそうな店を教えてもらった。
「ここも友達に教えてもらったお店なんですけど、ハンバーグが凄く美味しいらしいです。俺はハンバーグ頼んでみようと思います」
「わあ、色々メニューがあって迷いますね。じゃあ私もハンバーグにしてみようかな」
二人ともハンバーグを注文した。
待っている間、色々な話をした。
兄弟はいるのかとか友達の話だとか。
でもまあ結局、ほとんどがゲームやアニメの話になったのだけど。
お待たせしましたという店員の声が聞こえ、美味しそうなハンバーグが運ばれてきた。
「わあ、美味しそうですね」
「良い匂いですね。早速食べましょう」
ハンバーグを口の中に運ぶ。
「おお、美味しい」
「凄く柔らかくて肉汁が出てきますね。凄く美味しいです」
ハンバーグを堪能して店を出た。
頭の中で横山の言葉がずっと残っていた。
早く告白しろよという言葉だ。
急に心臓がドキドキしてきた。
「あの・・・木下さん」
「はい?」
「俺・・・その・・・木下さんの事が好きです。付き合って下さい」
言ってしまった。
少し間が空いた。
この間が永遠に続くのではないかと思うくらい長く感じた。
そして木下さんの口が開いた。
「よろしくお願いします」
えっ・・・?
い、今なんて言った?
俺の聞き間違いじゃないのか?
「ええ、いいんですか?」
「はい。私も矢口さんと一緒にいて、とても楽しいんです」
「凄く嬉しいです。俺、今まで彼女とかできたことなくて・・・。それで付き合うとかって初めてなんですけど、それでもいいですか?」
「大丈夫ですよ」
「よ、よろしくお願いします」
「じゃあもうお互い、敬語とかやめましょうよ」
「そ、そうだね・・・」
「うん」
木下さんは次の日、仕事だったので、早めに解散となった。
今だに信じられない。
俺に彼女ができるなんて・・・。
本当に夢じゃないよな?
そうだ、横山。
横山に知らせないと。
横山に電話をかけた。
「おう、どうしたぁ?」
「木下さんに告白して付き合うことになった」
「そうか、告白は成功したのか。つまり彼女ができたってことか」
「そうだよ。横山、本当にお前のおかげだよ。ありがとう」
「せっかくできた彼女だ。お前なんかと付き合ってやってもいいっていう女だ。大事にしろよ」
「もちろんだ」
「今度の日曜日、時間あるか?」
「大丈夫だけど?」
「パチンコ行かね?」
「まあ別にいいけど」
「それじゃ、また日曜日な」
日曜日になった。
パチンコ屋で待ち合わせて、いつもの十二時五十分。
横山は相変わらず先に来ていた。
「よお。今日は作戦を考えてきた」
「また甘デジか?」
「違う。甘デジを打つから負けるんだ。いきなりハイリスクハイリターンの台で、ひたすら当たるまで粘り強く待つことだ。諦めないことが作戦だ」
「もはや作戦でもないな」
パチンコ店内へと入った。
横山は早速ハイリスクハイリターン台に座って早々に打ち始めた。
俺もとりあえず隣の空き台に座り、打ち始める。
しばらく二人とも当たらず、玉が飲まれていく。
横山に期待度の高い演出がくる。
「おい、熱いのきたぞ。これ来るんじゃないか?」
「おお、これはあるかもしれないな」
ピキーンという音が鳴り響き、数字が三つそろってフィーバーの文字。
「よし、今日は勝つからな」
横山は連チャンが続くが、俺の方はまるで当たる気配がない。
こりゃだめかな。
そして横山の連チャンも終わって店を出た。
「いやー、なんとか三万円プラスだった。作戦通りだ。やったぜ」
「いつものパターンで飯食いに行くか?」
「もちろんだ。そう言いたいが、その前に俺からの最後の授業だ。これを受け取れ」
横山から白い封筒を渡された。
「なんだ、これは?」
「開けてみろ」
封筒を開けると中には、十万円が入っていた。
「ええ、十万円?」
「お前が俺に報酬で渡した十万円、そのまんま入ってる。これを使って彼女を幸せにできるように使え。それでどう使ったか報告しろ。まあ期限は半年以内にしようか」
「ええ、なんだよ、それ」
「お前は俺に十万円払ってでも本気で彼女を作る方法を教えて欲しいと思った。だから俺に十万円払った。ただチャラチャラ遊んできただけの俺のつまらない人生経験に対して、十万円も価値をつけて金を出してくれたのが嬉しかった。普通なら十万円なんて出さないだろ。なのにお前は出した。一種のギャンブルだよな。だから俺は最初から決めていた。彼女ができるまでお前の覚悟の十万円を俺が預かっておいて、彼女ができたらちゃんと返してやろうと。お前から彼女ができたと聞いていたから今日、金を持ってきた。まあそれだけだな」
「いいのか?結局タダで色々教えてもらったってことだぞ?」
横山は少し考えるような恰好で言った。
「んー、じゃああれだな。今日は俺がパチンコで勝ったからいつもなら俺が飯奢るところだけど、今日は例外って事で逆に飯奢ってくれよ。それでいい」
「わかったよ」
「焼き肉が良いな。肉だ、肉。食べ放題とかでいいぞ」
「くそー、お前。ちょっと高いやつ言いやがって」
「なはははは。まあいいじゃねぇか」
「まあいいよ」
「よし、そうと決まったら行こうぜ」
その日、初めてパチンコで勝った方が飯を奢るという決まり事の例外が起こった。
半年後。
俺は横山に電話をかけていた。
「しもしもー」
「相変わらずバブリーだな」
「どうしたぁ?」
「お前がさ、最後の授業って言ってた十万円の使い道なんだけどな、報告しろって言ってたよな?」
「んー?あー、そういえばそんな事言ってたっけな。うん、言ってたような気がする」
「忘れたのかよ」
「結構前だしな。それでどう使ったんだよ」
「結婚指輪の資金に充てた。俺、彼女にプロポーズした。それでオッケーの返事もらった」
少し間が空いて電話口から横山の声が聞こえてきた。
「・・・マ、マジかよ。いや、それは予想外だったな。まあせいぜい、一緒に旅行に行く資金にしたくらいだと思ったのに。なはははは、やられたわ。面白いじゃないか。結婚かー。おめでとさん」
「ありがとう」
俺は彼女の事が本当に大好きだし、ずっと一緒にいたいと思っている。
最愛の人を見つけた。
そして、この最愛の人との出会いをくれるきっかけを作ってくれた最高の友がいる。
俺は世界一の幸せ者だ。
結婚が決まって、少し前に婚約者である加奈に聞かれた事があった。
「ねぇ、横山さんってどんな人なの?」
「どんな・・・。んー、チャラい奴かなぁ」
「大学で同じ学科だったんだよね?全然タイプ違う感じだし。私たちの恋のキューピットだし、二人がどう出会ったのかとか知りたいなって」
加奈にそう言われたので、横山と出会った時の事を思い出しながら話す事にした。
あれは大学に入学して割とすぐの事だった。
パソコンでのレポートを提出しなくてはいけない授業もあるからということで、全員パソコンの使い方講座みたいな講義を強制的に受けさせられた。
それで、その授業の先生がお節介な先生だったんだ。
「えー、まあ入学したばかりということで、皆さんの中には、他の人との交流が少ないという人もいるかもしれません。それでこの講義では、パソコンの使い方だけではなく、皆さんが仲良くなる一つの良いきっかけみたいなものになってくれたらいいなというのが私の思いでして。友達というのはですね、学生生活を送るうえで本当にいいものなんです。えー、それでですね、大学の大体の講義というのは自由席なんですが、この講義では、あえて席を決めたいと思います。なので、くじ引きを用意しました」
そんな感じでくじ引きで席順を決められた。
それでくじ引きで隣の席になった奴が金髪のヤンキーみたいな見た目の奴だったんだ。それが横山。
パソコンの使い方をあれこれ説明する先生。
文章書くソフトだとか表作ったり計算したりするソフトの使い方だとかそんなのオタクの俺からしたら楽勝にも程がある。聞く価値ないなと思ってパッと作業を終わらせてボーッとしてたら、金髪の奴が俺の肩をコンコンと叩いてきたんだ。
「なぁ、これどうやるんだ?文字の大きさ変えられないんだけど」
「これは大きさを変えたい文字をこうやって選択してこうやれば・・・」
「おお、選択してないからできなかったのか。サンキュー!後さ、ついでにコレも教えてくれね?」
三回くらい分からないところを聞かれたから教えてやったんだ。
それで講義が終わって席を立ったら、また横山が話しかけてきたんだ。
「さっきはありがとうな。お前スゲェな。パソコン詳しいんだな。俺、横山って言うんだ。よろしくな」
横山は、にやりっとしながら言った。
「ああ、うん」
見た目でビビッていたが、意外と良い奴だと思った。
「なぁ、よかったら昼飯食いに行かね?」
「別にいいけど。じゃあ食堂行く?」
「食堂なんて混んでるって。それよりさ、美味いラーメン屋があるんだ。行こうぜ」
「どこにあるの?」
「バイクで十分くらいのとこだから結構近い」
「あー、ごめん。俺自転車なんだ」
「大丈夫だって。後ろ乗せてやる」
そして俺は、横山からヘルメットを渡されて、後ろに乗って人生で初めてバイクで走った。
風を切って走るのが気持ちよかったし、同い年でバイクを運転する横山が凄い奴に感じた。
それでラーメン屋に着いて、その店のラーメンが本当に美味しくて。
横山が連れてきてくれたラーメン屋は、今でも横山とよく行っている。
それから俺は、横山とよく一緒にいるようになった。
横山はイケてる感じの友達も多かったけど、オタクの俺でも嫌な顔とかせず普通に接してくれた。
その話を聞いて、加奈から横山にスピーチをお願いしたいという提案があった。
そして現在。
俺達の結婚式の最中だ。
結婚式の友人代表に横山がマイクを前にして口を開く。
「えー、智也君。加奈さん。結婚おめでとうございます。まさか俺のような奴が友人代表のスピーチをするだなんて夢にも思っていませんでした。このような大役に正直、緊張していて今にも心臓が飛び出しそうな状態です。ご出席の皆さん、もし俺の心臓が止まったら智也君を責めて下さい」
会場から笑い声が聞こえる。
嘘つけ。どこが緊張してるんだよ。
ノリノリじゃないか。
「えー、冗談はさておき・・・。僕は智也君とは大学時代に出会いました。授業中、パソコンの使い方が分からず、隣で作業が終わり、余裕そうな顔をしていた智也君の肩を勇気を出してコンコンと叩きました。なぜ勇気を出したかというと、実はこの時、初めて彼と話したからです。怖い人だったらどうしよう。小心者の僕はドキドキでした。ですが智也君は、優しく丁寧にパソコンの事を教えてくれました。それが彼と初めて出会った時の事です。それ以来、大学を卒業した今でも遊ぶ仲です。智也君がいないと、きっと僕は大学を卒業できてなかったでしょう。本当に感謝しています。そんな彼と遊んでいたある日、ラーメン屋で一緒にご飯を食べていたら相談を持ちかけられました。なあ、横山。俺、彼女ができないと。ラーメンをすすっていた手を止めて、それはもう深刻そうな顔をして言われました。その時、僕は思いました。今こそ大学時代を助けてもらった借りを返さなくてはならない。そこで僕と智也君は、彼女を作ろう作戦を計画して頑張りました。そして加奈さんという本当に素敵な女性と出会うことができました。加奈さん、本当に智也君を選んでくれてありがとう。彼は初めての彼女なので至らない点は沢山あるんですけど、どうか末永くよろしくお願いします。智也君、加奈さんを一生大事にしてください。困った事があったら独身の僕で良ければいつでも相談に乗るので言って下さい」
会場から大きな拍手が聞こえた。
終始ユーモアを含ませながらもしっかりスピーチをして、ついでに自分は独身というアピールまでして加奈の女友達を狙っているんじゃないかと思わせるような横山らしいスピーチだった。
そして、一生の思い出に残る最高の結婚式が終わった。
二次会の帰りに横山が
「今日は楽しかった。お前に良い物をプレゼントしたいんだが時間がかかる。一か月くらい待ってろ」
そう言われた。
そして一カ月が経ち、横山から何かが届いた。
中を開けてみると、一枚のディスクが入っていた。
加奈と一緒に観てみる事にした。
再生してみると、そこには綺麗に編集された俺と加奈の結婚式の映像が入っていた。
まるでプロが作ったかのようなクオリティーだ。
作るのにかなり時間がかかっただろう。
そしてエンディングになった。
ピアノの曲を綺麗な声をした女性ボーカルが歌いながら、出演者の名前のテロップが流れてきた。
知らない曲だけど雰囲気の良い曲だ。
曲名が結婚おめでとうと書いてあった。
作詞作曲の欄に、横山の名前があった。
ボーカルは水菜。
「ええーー!!!!!」
俺と加奈は二人で声をあげた。
この曲、お前が作ったのか。
そして横山がピアノを弾く姿の映像が流れてきた。
そして曲が終わり、横山が画面に向かって喋りかける。
「矢口智也。お前から結婚するって初めて言われた時、物凄くビックリさせられた。だから仕返しだ。ビックリしただろ。この曲は俺が作った。それからもう一つ、ビックリさせてやる」
「え、なに?」
加奈と二人で画面に釘付けになる。
「今この曲を歌ってたボーカルの水菜を紹介する」
「はじめまして、水菜です。私達、結婚します」
「ええええーーーー!!!!」
俺と加奈は、また二人して声をあげた。
「お前が俺に一番最初に結婚報告したように、俺もお前に一番最初に報告する。じゃあな!」
映像はここで終わった。
全く・・・。
アイツには、いつも驚かされっぱなしだな・・・。
今度は俺が、アイツに結婚おめでとうと言う為、電話を握りしめた。