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天国と地獄 その三


「他愛ねぇ……最強最悪の不良王さんもこうなっちゃおしまいだな」


 からん、と不良の一人が投げ捨てた角材が乾いた音を路地に響かせた。

 その先端には赤い血。

 燃えたぎるように急いていた砂漠の思考が熱を奪われ、凍る。


「いやぁ、なかなかタフでしたけどね……腕がビリビリ痺れたっすよ」

「あんだけボロボロでどこにあんな力があったんだよ……」

「疲れた……」

「馬鹿みてぇにしつけぇんだ、よ!」


 吐き捨てるように毒づく男の内の一人が地に転がる何かを蹴った。

 鈍い音を立て、靴の先が何かに刺さる。

 その様子を砂漠は呆然と見ていた。


「あっれー、なんかマジカワイい子がこっち見てるんすけど?」

「マジで?」

「うおっ、来てるよ俺たち、さっきの子よりグレードアップしてんじゃん!」

「こりゃ、お家にお持ち帰りですなぁ」


 不良たちが砂漠に目を付けた。下卑た笑みを浮かべてすり寄ってくる。

 しかし、砂漠は動けなかった。

 彼女の目は命のない人形のようにただ地に墜ちた何かを凝視している。


「なに見てんの……って、あれか?」

「ひょっとして、君……あれの女だったり?」

「うっわ、許せねぇ。ただでさえ調子乗りのあいつにこんな女が!」

「まぁまぁ、敗者のモノは勝者のモノですよ……なぁ、君もあんなのより俺たちの方がいいよなぁ?」


 やめて。そう言いたいのに言葉が作れない。

 そんな彼女の願いを余所に、男の口が無慈悲に開かれた。








「――負け犬の麒麟塚ちゃんなんかよりよ?」

「っ……!」


 現実を、見た。

 そうだ、あそこに転がっている男は自分が散々撃ちのめした男だ。

 しかし、そこにあるのは自分が知っている彼ではなかった。

 痛いほど目に付いた金色の髪は、今は血に濡れて色を失っている。

 腐るほど憎たらしい言葉を吐いた口は今は地を舐めている。

 違う、と声を大にして叫びたい。

 あれは、麒麟塚肇ではない。自分が知っている麒麟塚では、到底ない。

 憎たらしくて、自己中心的で、向こう見ずで、弱くて、ヘタレで、馬鹿で……。


「……麒麟塚」


 彼女の口から、微かな呟きが漏れた。それはシャボン玉のように淡く失せて、誰の耳にも届くことはなかった。








「おい、おめぇら……俺をいつまでこんな辛気くせぇ場所にいさせるつもりだ、あぁ?」

「あ、すんません岳さん……」

「じゃあ、景気づけにホテル行ってぱぁーっとやりましょう!」

「ちょうどいい相手も手に入りましたしね!」


 下卑た猥談を繰り広げる不良らも、不機嫌な頭に急かされ、ようやく動き出そうとしていた。

 その中の不良の一人が砂漠の肩に手をかけようと手を伸ばす。


「さぁさ、行きましょう、岳さん」

「今日はオールっすね」

「おぅ……長年の目の上のこぶが取れたんだ、今日は盛大に祝勝会と行こうじゃねぇか」

『おぉ!』


 頭の言葉に一気に沸き立つ不良たち。

 ぽん、と不良の手が馴れ馴れしく砂漠の肩に置かれた。


「っ……!」


 ぎゅうっ、と彼女の拳が強く握られる。

 噛みしめられた唇からは血が一筋流れた。


(……もう耐えられない、これ以上の侮辱は!)


「あれ、震えてる?」

「はは、大丈夫だって!ね、岳さん?」

「あぁ、俺のですぐによくしてやら――」







「――待てよ」


 空気が、変わった。

 じめじめと鬱屈し、地に澱んだ空気が瞬く間に消え失せ、代わりに吹き込んだ風はたぎるように熱く、激しい。

 そう、それは山肌を舐めるように焼き尽くす大火が巻き上げる熱風のようである。

 対する不良たちはその熱風に焦がされ、一筋の汗を流していた。

 誰一人振り返らず黙り込んでいる中で、ごそごそと衣擦れの音だけ路地裏に響く。


「……う、嘘だろぉあああぁぁっ!?」


 その沈黙に耐えられず、思わず振り向いてしまった不良の顔をがしと大きな掌が包んだ。


「嘘じゃねぇっての……お前、後で殺すって言ったろ?」

「そ、そんなこと言ってなぐぎゃあぁぁぁぁ!?割れる、割れるぅぅぅっ!?」


 そのまま持ち上げられた不良がばたばたと足を振るが、やがてぱたりとそれも止んでしまう。

 完全に動かなくなった不良をひょい、と放り投げると男は地面に大の字になって、泡を吹いて気を失ってしまった。


「あ、あぁ……」

「おい、まだ途中だろうが……放置ってどういうことだ、こら」


 にやり、という音が聞こえてくるような爽快に不敵な笑みが男たちの前に立ち塞がった。


「……き、麒麟塚ぁぁぁっ!!」

「おう、麒麟塚肇様の第二ラウンドだぜ」




 肇、大地に立つ。







「お前……なんで立ってられんだ」

「あぁん?そりゃちょっと休んだからに決まってんだろうが……。

 お前らの“猫パンチ”が疲れた体をいい具合にほぐしてくれてよぉ……助かったわ、サンキューな」

「ふ……ふっざけんなぁぁっ!!」


 あぁもう、ごちゃごちゃと騒ぎやがって。

 溢れ出す俺の威厳(オーラ)に小動物が怯えるのは、よぉく分かってるけどよ……。


「そ、そんな血塗れなのに強がりやがって……」

「あぁ、これか?昨日の擦り傷が開いちまったみてぇだな……ほら、もう止まってら」

『なぁっ……!?』


 ははは、すっげぇ間抜け顔。まさしく雑魚キャラの鑑だな。

 職人技ここに極まる、ってか?

 ぽんぽん、と体を叩いて汚れちまった制服の埃を落とす。


「さぁて……」


 ぽきり、ぽきり。

 今日は指が一段と心地のよい快音を響かせてくれるぜ。まるで天使が角笛で祝福してくれてるかのようだ……。


「昨日家のサンドバック破けちまってよ……ちょうど何か殴るもんが欲しかったんだ」

『ひぃっ!?』

「構えとれよ。いい加減おっ始めようぜ?」


 おっといけねぇ。顔がにやついて元に戻らねぇ。しゃきっとしねぇと。







「あーあ……もう始まってんのな」

「……お前達」

「ども、姐さん。遅れてすんません」


 ヒロ達が砂漠に追い付いた時には、すでに路地は地獄と化していた。


「ぎゃははははっ!人間バッティーングっ!」

「ぎゃああああああああああああへぶっっ!?」


 史上類を見ない見事なジャイアントスイングが狭い路地裏で繰り広げられていた。

 脚を掴まれ高速で振り回されている不良の一人が、もう一人の不良に激突。

 片や脳みそを丸ごと揺さぶられた上にあちこちに叩きつけられ、片や超高速で叩きつけられた人間鈍器に右半身を完全に破壊されていた。

 知性や理性など欠片も存在しない。

 純粋な暴力と狂喜と恐怖だけが支配する阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


「……あいつは……正気か?」

「あぁー、多分大丈夫っすよ。前にも何回かあんな感じになったんすけど、死人だけは出なかったし」

「…………だけ?」


 他に一体何が出たんだろうか。しかし、砂漠にはそれを聞くことは出来そうになかった。

 人間鈍器にされていた不良が放り出され、ゴミ箱に突っ込み、派手な音を響かせた。

 肇は次の獲物に手を伸ばすとためらいもなく、その鼻っ面に勢いよくげんこつを落とした。

 響きわたる鈍い音と宙に舞う鼻血。

 怪訝そうな顔をする砂漠に対して、ヒロの顔はどこまでも晴れやかで、自慢げな目で親友の様子を見つめていた。


「……さっき」

「はい?」

「……聴きそびれた、お前達があいつに入れ込んでいた理由」

「あぁ……それだったら、あれが答えっすね」

「え……?」


 砂漠とヒロの視線の先には狂ったように暴れまわる肇がいる。


「あいつがあーなるのは……いっつも誰かのためなんすよ」

「…………」

「今でこそテンションハイになりすぎてバーサーカーみたいになってますけど、あいつ今すごい怒ってます。

 多分、さっきの女の子へのあいつらの態度とか……何より仲間が傷つけられていることにとか……あんな傷だらけなのにね」

「仲間……」

「そうです。あいつにとっちゃ、あの子はもう同じ制服着た仲間です。

 そして、あいつは仲間を死んでも守ります。それがあいつの信念なんです」


 再び、砂漠は闘う肇の姿を仰ぎ見た。


「あぁやって、もう二度とあいつらが自分の仲間に手を出そうなんて思わなくなるように、恐怖を叩き込んでるんすよ。

 麒麟塚肇、ここにあり……ってな具合で」


 砂漠は自問する。

 あれだけの傷を負って、なお見ず知らずの人間のために戦えるのだろうか。

 そして、一度倒れても、もう一度立ち上がれるだろうか。勝つまで、立ち上がり続けれるだろうか。仲間を守ることが出来るだろうか。

 砂漠の心は、ノーと言うだろう。

 彼女は強い。今まで誰にも負けたことがないくらい途方もなく強い。

 だが、同時に彼女は地に倒れたことがない。

 ただ己の力を振りかざしてきただけだ、それこそ銃を撃つように。

 敗北を知らない。だから、彼女には倒れてからもう一度立ち上がるだけの強さもない。そんなものは必要なかったから。

 だから彼女は惑う。

 自分が地に倒れてしまったとき、私は立ち上がれるのだろうか、と。


「あいつ、普段は最強最悪の不良王なんて言ってるくせに、パシリとかイジメとか絶対しねーんっす。

 自分の身内にはとことん甘いんですよ……たまに喧嘩はしますけど。

 仲間とかを誰よりも大事にする……義理人情、とか言うんすかね?」


 欲しい、そう思った。

 闘う力ではない、肇が持っている不屈の強さを彼女は欲しくなった。


「とまぁ、そんな感じ……ですかね?」


 ひとしきり話し終えたヒロは、やはり照れくさそうに笑った。後ろにいる他の愚連隊のメンバーも恥ずかしそうにお互いを小突きあっている。

 彼らも、肇のそんな強さに惹かれたんだろう。

 砂漠に寝返った後も、彼らは肇のよき理解者のままであった。




「姐さん。もう終わりみてぇっすよ」

「…………うん」




 今でなら分かるような気がする。

 麒麟塚愚連隊が続いてきた理由が――。




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