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天国と地獄 その二


「……いてぇ」


 忌まわしきあの戦いから一時間後。かつんかつん、と俺は商店街の中を拾った木の棒を杖にして体を引き摺って歩いていた。

 全身がいてぇ……というより痛くない場所が体のどこにも存在しねぇ。

 片目は完全に瞼が腫れ上がっちまって目を開けることも叶わねえし、きんきんと耳鳴りは止まらんわ、外された肩は焼けたみたいに熱いわでコンディションは最悪。

 くそっ、こんな時に限って愚連隊の阿呆共は一人もいねぇし……ってか俺が負けた途端にみんな仲良く寝返るたぁどういう了見でぃ!?

 世渡り上手のゲス野郎共め、次会ったら覚えてやがれ……ふふふ。


「……あー、虚しい」


 昨日の帰り道も大層惨めな気分だったが、今日は輪をかけて悲惨だ。

 みなが俺を避けて歩くし、こそこそとこちらを窺っては陰口を叩く。

 当たり前か。こんな風体の男が歩いていたら珍しいだろうよ。俺のこと知ってる奴ならなおさらな。

 こんなとき、愚連隊の連中がいてくれたらな……くそ、これじゃ俺が友達いねぇみてぇじゃねぇかっ。






「やめてください!」


 ……んだよ、人が感傷に浸ってんのに騒がしいったらありゃしねぇ。

 女の声みてぇだったが……と悲鳴染みた声が聞こえた路地裏をひょいと覗くと、そこには女が一人に対して、男が五人ほど群れていた。

 うわ、またゲスいことしてやがる……。

 男達に囲まれてすっかり縮こまっている女は、鷲村と同じ制服を着ているから同じガッコーの生徒なのだろう。

 対する男達は改造しまくっている趣味の悪い赤いブレザーをだらしなく着ている見知らぬガッコーの奴らだった。

 どうやら、一番奥にいるスキンヘッドで、頭から額にかけて蜂の刺青をいれてる男がリーダーのようだった。

 そんなこんなを観察していると、手前に控えているひょろい男――手下Aが女の腕を掴んだ。


「君さぁ……さっさとね、はい(はぁと)って言えよ。それだけで天国見れるんだぜ?」

「もう、ヤバいよ?たまんないよ?」

「マジで、岳さんのアレ、すげーから。もう帰ってこれなくなっちゃうかも?」

「こないだも、女の子二人メロメロにしちゃったからさー、俺たち」

「もうテクとかプロだから、マジで」

「だから、ホテル行こうぜ?いい場所知ってるしさ!」

「だ、ダメです……好きでもない人とそんなことしちゃ……」

「あぁ?なんか言ってんすけど?」

「マジでウブじゃん!ひょっとして初めてだったり……?」

「ひゅー!」

「岳さんもなんか言ってやってくださいよー」


 手下Aの呼び掛けで今まで黙って壁に背を預けていたスキンヘッドがのそり、と背を壁から離し、女に相対した。

 その手は怯える女の顎に伸ばされ、そのまま俯いている顔を無理矢理持ち上げて目を合わせた。


「ぐだぐだ言ってんなよ……アマぁ」

「ひぅっ――!?」

「お前はさ……俺らのエモノなんだよ、これもう決定事項」

「そ、そんな……」

「エモノがライオンに逆らっていいと思ってんのか?駄目だよなぁ……だったら、返事は一個だろうが、あぁん?」

「うぅ……」

「ひゃは、岳さんマジ鬼畜ー」

「容赦ねぇわ、女の子マジビビりじゃん」


 下品な笑い声を漏らす手下ABCDに調子に乗って勝ち誇るスキンヘッド。


「女なんて男の食いもんよ……甘やかしたってつけあがるだけだ……。

 どっちが生物として上か……ちゃんと思い出させてやらねぇとなぁ……本能によぉ。

 おら、言え!」

「……わ、私はっ」

「そうだ、続けろ……これからずっと俺たちの奴隷になるって誓え――」




「どーん、っと!」

「――うおぉっ!?」


 俺がほんのちょーっと後ろから蹴ってやると、スキンヘッドは派手に飛んでいって飲食店の裏手に置いてあるゴミ箱に頭から突っ込んだ。

 派手に中身の生ゴミをぶち撒けて大変なことになっていた。へへ、ストラーイク!


「が、岳さん!?」

「大丈夫っすか!?」

「くそっ!何者だてめぇっ!?」


 夢にも思わぬ乱入者とボスの顛末に慌てふためく手下ABCD。


「てめぇらみたいなゲス野郎共に名乗る名前はねぇ。せいぜい最強仮面X様で十分だ!」

「うわっ、仮面被ってねぇ上になんて図々しい仮名なんだ!?」

「しかも様付け!」

「馬鹿だ!こいつ馬鹿だぞ!?」


 ふん、ゲス野郎が何を吠えようが痛くも痒くもないわい!

 俺と手下共が問答していると、生ゴミに塗れていたスキンヘッドがようやく起き出してきた。

 お粗末な顔には大絶賛激怒中の文字が斜め貼りされている。


「……誰だ、てめぇ」

「最強仮面X様だ」「あ、まだそれ言っちゃうんだ」

「ふざけんなよ、てめぇ。何が目的で……」

「目的……?そんなん決まってんだろ。

 俺が今最上級に不機嫌なのに、お前みたいな腐れハゲと手下ABCDが調子に乗ってるのを見たら、無性に腹が立ってきたんだよ!」

『えー……』


 なんだか妙に引いちまった手下共を後目にハゲは肩を震わせて怒っていた。歯をぎりぎりと鳴らし、俺を睨み付ける。

 ……あー、こいつ目がイっちゃてる。恐喝と婦女暴行の現行犯な上に薬品中毒者(ジャンキー)って、とことん救えん奴なのな。

 俺のことをじろじろ見てた手下Bが何か思い出したように手を打つと、こそこそとハゲに耳打ちした。


「……岳さん、こいつ麒麟塚じゃねぇっすか?」

「……なにぃ?」

「顔が腫れ上がってるから誰か分かんなかったっすけど……あの馬鹿みてぇな金髪と馬鹿な言動って間違いなく麒麟塚っすよ!」


 おい……馬鹿馬鹿聞こえたのは気のせいか?あとで絶対殺す。

 対するハゲは俺のことをじろじろと舐め回すように見た後、けたけたと笑い出した。


「……おめぇ、あの麒麟塚か……最強最悪の不良王とやらが……ひでぇザマだなぁ……あぁ?」


 ぐ……ちょっといい感じに忘れてたのに!


「お前んとこの奴らによ……昔はよく世話になったよ、覚えてるか?」

「さぁな。負け犬にはこれっぽっちも興味が湧かない性分なもんで」


 嘘ではない。こんなやつの顔は見た記憶がないのは本当だからだ。

 しかし、俺の反応はこのハゲには大層お気に召して頂けたらしい。歯軋りの音を更に大きくして、とびっきりの眼を付けて下さった。


「……余裕ぶちかませんのも今の内だぞ、こら」

「はん、俺は年中無休で余裕ぶっこいてるわ……俺は勝ち組だからな」

「……おい、お前等……ちょっと麒麟塚さんを揉んでやれや」

「……へへ」


 ハゲの合図でさっきまで女を相手にしていた手下ABCDが俺に矛先を変えた。

 その中には指の先にメリケンサックみたいなものをはめてる阿呆もいやがるみたいだ。


「……はん、ゲスが。せいぜい遊んでやるよ」


 さぁて、持ち上げた右腕が悲鳴をあげてら……ちょっとやべぇかもな。







 〜同時刻〜


「はむっ……」

「いやいや、姐さんすげぇっすわ」

「あのパンチラッシュはマジで痺れたっすよ」

「強い女、って感じよねぇ……尊敬するわ」

「姐さんは最高の(ひと)っす!パンチラも最高でし「ふんっ!」たわばっ!?」

『こーちゃぁぁん!?』

「もぐもぐもぐ……」


 肇を圧倒的火力で地に沈めた砂漠は、早々に寝返った麒麟塚愚連隊を引き連れて学園から徒歩五分の商店街を歩いていた。片手には彼女のお気に入りのみたらし団子。

 ご満悦の様子で団子をぱくぱくと食べながら、強面の高校生を四人(一人重傷)も侍らし歩く彼女を道行く人たちは奇異の目で見ていた。

 ちなみにこの団子、会計は全て愚連隊の財布からである。


「……それにしても」

「はい、なんでしょう、姐さん?」


 団子串を一本消化し、今まさに二本目を食べようとしていた砂漠は思い出したように配下の一人――ヒロと肇に呼ばれていた気の良さそうな男に話し掛けた。


「……あの不届き者とお前達は十年来の付き合いと聞いた。なんであんな馬鹿で、ナルシストで、自己中心的で、マゾヒストで、弱い奴にお前達は付き従っていたの?」

「……そこまで言われちまうか、はじめ……」


 砂漠の容赦のない言葉にがくり、と頭を垂れるヒロを彼女は横目で窺った。

 彼女は先日から言葉にしがたい、もやもやとした感情を抱えていた。

 麒麟塚肇以前にも、自分に拳や木刀を向けてきた輩は山のようにいた。

 今でこそ、その圧倒的な破壊力を認められ、風紀委員会副委員長の椅子に座る彼女だが、入学当初は単なる可愛らしい新入生としか見られておらず、毎日のように男に声をかけられていたのだ。

 その中には砂漠を持ち物として扱おうとしたり、ストーカー紛いのことをしてきた不届き者もいた。

 もちろんそんな連中は軒並み彼女の“弾丸”に召されてしまったが。

 麒麟塚肇もそれらと同じはず。なのにどこか今までの輩とは違う。

 そのどうと言えない誤差が、彼女に喉の奥に刺さった小骨のような違和感を感じさせていた。

 この軽薄で頭の悪そうな男達の随行を認めたのも、そんな違和感を解消しようとしての目論見があったからだ。

 ややあって、ヒロは口を開いた。


「そっすねぇ……。

 あいつのいいとこっていやぁ……ずばり、馬鹿なとこ、っすね」

「……馬鹿?」


 それはいいところなのか、と思わず首を傾げた砂漠を見てヒロは鼻の頭を掻きながら照れくさそうに笑った。

 それに対する砂漠の頭の中は益々こんがらがってしまい、不機嫌そうに口をへの字に結ぶ。


「……分からない。どうしてお前たちがあの不届き者にそこまで入れ込んでいたのか」

「はは、姐さんもしばらくあいつとつるんでみたら分かりますよ……あいつがいかに底知れない男か、ね」

「……はむっ」


 迷いなく寝返った男が何を偉そうに……そう思わないでもなかったが、それを口に出すことは無粋なように感ぜられた。


「……麒麟塚肇」


 結局、彼女の悩みは少しも解消されず、ただ残されたもやもやを頭の隅に押しのけ、目の前の団子に現実逃避するしかなかった。






「はぁっはぁっ……あ、あの!鷲村先輩っ!」


 二本目もぺろりと平らげ、いざ三本目、と串を持ってその小さな口を開いた瞬間、切羽詰まった声にそれを遮られた。

 名を呼ばれた方へ振り返ると、そこには肩で息をし、苦しそうに喘ぐ小柄な少女が半ば崩れ落ちてしまいそうな様子で立っていた。

 砂漠と同じ制服を着ているから、彼女の学園の後輩なのだろう。


「……どうした?何があったの……?」

「はぁっ、はぁっ……じ、実はっ……」


 まともに会話もできないほどの女を砂漠は背をさすりながら、事情を聴こうとする。

 女の制服は不自然に乱れていて、これはただ事ではないと、彼女の眉間が引き締められた。




「わ、私……お、襲われそうになって……そしたら、麒麟塚君が……」

「はじめが?まさか、あいつ……!」

「は、はい……とても立ってられる状態じゃないのに……相手は五人もいて、武器も持ってて……早くしないと麒麟塚君が死んじゃいます!」


 女は自分の腕を掻き抱くと、叫ぶようにして訴えかけた。

 そんなことは肇を完膚なきまでに打ち倒した砂漠自身が一番分かっている。普通の人間なら三日は動けないようにしたはずだった。それなのに肇は動き回り、こうして人を助けている。

 自分の命さえ省みることなく――





「……場所は?」

「パチンコ屋の裏の路地です……」


 次の刹那には、砂漠は放たれた弾のように走り出していた。

 夕暮れ時で、人通りが絶えない商店街を縦横無尽に駆ける。


「姐さん!」

「姐さぁん!」


 彼女の後ろから男達の声が聞こえた。

 しかし、砂漠は足を緩めない。ただひたすら最高速で前へと進む。

 誰であろうと、自分の学園の者が傷つくのは許せない。それがたとえ、今日自分自身が撃ち破った相手であったとしてもだ。


「間に合えっ……!」









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