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俺様が最強!


 そもそも、どうしてこんなことになったんだったっけ?

 えーと、確か……颯爽と学園に乗り込んで入学式をふけた俺はそこらを歩いてたメガネ君を拉致ったんだよなぁ……。




 〜一時間前〜


「なぁなぁ、センパイさんよぉ……?」

「なにかな?」


 俺は入学式が行われている体育館を後目に、校舎の裏側にある裏庭の林の中で早速新生活を華麗で円滑に征服するための作業を始めていた。

 目の前にはメガネの好青年。上級生らしく、校舎の外をうろうろしてたから拉致ってきた。

 さすが俺様、センパイ相手にも遠慮というモノを知らないぜ。

 まぁ中学時代からセンパイに気を遣ったことなんて一度もねぇけどよ。

 俺様の辞書に年功序列って言葉はねぇんだぜ?――by麒麟塚肇語録。

 そもそも俺の伝説は保育所時代にヨシユキくんのお父さんを気絶させた九・二六事件、別名“泡吹くパン食い競争事件”から始まっ――

 

「用がないならもう行っていいかな。入学式の後に新入生の案内をしなくてはいけないのでね、準備が押してるんだ」

 

 おぉう、なんだこのメガネ君、なかなか言いやがるじゃねぇか。正直ビックリしたぜ。

 

「なかなか口達者じゃねぇか、センパイさん……だが、俺の拳を喰らってもノンキにしてられ」

「早くしてくれないか、タイムスケジュールが押してるんだ!」

「あ、はい……」


 ふ、ふん、まぁいい……こんな雑魚相手に時間を取るつもりはさらさらねぇんだぜ。

 敵を狙うなら頭から、雑兵相手に本気になるほど俺はライオンしてねぇからな。


「それで、用事は?」

「お、おぅ……」


 どうにも調子狂うな……なんでかねぇ。

 まぁいい。新しい環境に馴れてねぇだけだろ。


「この学園最強の野郎を探してるんだ」

「……学園最強?」

「そうだ。そいつをぶちのめして、まずはこの学園を支配する……俺様の完璧な計画だ」

 

 ふん、あまりの壮大なビックプロジェクトにセンパイも言葉がねぇみたいだな。無理もねぇ、凡人が理解するには脳の容量がマック一台分足りてねぇぜ。

 あれ?マクドだったっけか……?

 しばらく惚けていたセンパイもようやく意を決したのか、重い口を開いた。

 

「……教えるのは一向に構わないんだが……いいのかい?」

「あん?……なにがだよ。さっさと言いな!」

 

 センパイのまどろっこしい言葉使いに思わず言葉が尖る。

 

「いや……君がいいならいいんだが……」

 

 俺の脅しに屈したのかセンパイの指が一点を指した。校舎の最上階、その中央を指さしていた。

 

「あそこに我が師走台学園風紀委員会の部屋があるんだよ。そこに、この学園の最強と言える人はいる」

「本当だろうな?」

「嘘は吐かないよ。今日は入学式だから式が終わるまではいると思うよ」

 

 やれやれ、俺様としたことがちょいと手間取っちまった。

 まぁいい。俺様の計画の第一歩は成功したんだからな……。

 俺はセンパイに背を向けると、手を振ってやった。

 

「あばよ、センパイ。俺がこの学園を支配した暁にはあんたを取り立ててやるよ……そこで革命の証言者となりな……」

 

 ふっ、決まったぜ。麒麟塚肇語録にさっそく掲載しなくてはな……。


「ふふふ……ふははははははははっ!」


 今日がこの学園の平和の終焉を告げる日だ!この学園に世紀末覇者が君臨するのだ!

 俺の高笑いは、恐怖を供にし、地の果てまで響くことだろう……。






「……大丈夫かな、彼。今日は忙しいから……あぁやだやだ、とばっちりはごめんだよ」




 


 迷った。なんだってこんな複雑な造りをしてやがんだこのガッコーは!

 

「ははぁん……読めたぞ。さては、学園最強とやら……俺様に臆したな?

 それで居城までの道のりを複雑精巧な迷宮に作り替えたという訳か……なんたる軟弱。涙が出そうだ」

 

 さすが俺様。伝説は敵国にまで及んだか……。

 

「だとすればこの戦い、先は見えた!我が勝利に一片の曇りはない!ふふふ……ふはははは」

「なぁに一人で高笑いしてんのよ……不気味な人ね」

「はっ、何奴!?」


 気配がない!?こいつ、ただ者ではない!

 振り返るとそこには一人の女がいた。

 栗色でゆるりとウェーブした髪、ぱちっとした両目にふくやかな唇、日本人離れした美貌を持った美女だ。

 その両手はふくよかな胸の前で組み合わせれ、胸を一層強調している……いかん、煩悩がっ!


「あなた、一年生?」

「い、いかにも」

「駄目じゃない、式を抜け出しちゃあ……悪い子ね?」


 な、なんだ。上から目線なのに妙に心地いい……上から目線を核兵器や椎茸ほど憎んでいるはずのこの俺様が!?


「あなた、名前は?」

「き、麒麟塚肇」

「そう……はじめ君ね」


 ば、馬鹿な!はじめ君だと?なんだか妙に嬉しいじゃないか!?


「私は入魅入鹿(いるみいるか)。二年生で生徒会書記をやってるわ……よろしくね?」

「う、うむ……良きに計らえ……いや、計らってください」


 だ、ダメだ。自分のペースを取り戻せない。

 なんて女なんだ入魅入鹿。俺が知ってる中でも三本の指に入る度し難さだ。


「なかなか面白い人ね、はじめ君は。なんだか仲良くできそうだわ……分からないことがあったらなんでも聞いてね」


 しめた!これは天が与えた好機(チャンス)


「じゃあ……風紀委員会の部屋に案内してくれ……ください」

「……風紀委員会?なんでまた……」


 

 不思議そうに俺を覗き込む入鹿センパイ。

 ……ま、負けん!


「……そこに学園最強がいると聞いた。そいつに逢いたい。そして……闘いたい」


 俺の言葉に微妙な表情を示す入鹿センパイ。

 なんて言うか……残念そうと言うか……気の毒そうと言うか……。

 な、なんだって言うんだ、一体!?


「はじめ君……本気?」

(おとこ)に二言はない……本気と書いてマジだ」

 

 またも決まったぁ!今日は麒麟塚肇語録大量の日じゃあ!

 対する入鹿センパイは肇語録に感動することなく、顎に手をやり何やら考え込んでしまった。

 

「案内するのはね、構わないんだけどさ……止めといた方がいいと思うよ、本当にさ」

 

 笑止!己の道に退路はない!ひたすら前進あるのみなのだ!

 

「センパイ……俺はね、決めたことは絶対曲げません。それは三・一四事件、別名“涙のホワイトデー事件”の際に親友と誓いあったこと……」

 

 あれは史上類を見ない凄惨な事件だ……忘れもしない四年前の三月一四日、雪のホワイトデーのことだった……。

 

「はぁ……仕方ないわね、馬鹿は死ななきゃ治らないって言うし、一度痛い目見てもらいましょうか」

 

 センパイ、まだ俺の回想は半ばです。しかも、聞き逃せないワードがちらほらと……。

 

「行きましょう、はじめ君。風紀委員会に案内してあげるわ」

「あのセンパイ、俺のこと馬鹿って……?」

「れっつらごー」

 

 棒読み気味のセンパイはすたすたと歩きだしてしまった。

 ま、待って!

 

 

 

 



「はい、到着。ここが風紀委員会室よ」

「おぉ……」

 

 着いてみればなんてことのない、単なる教室の一つに過ぎなかった。

 ここに……あの学園最強が……。

 

「お邪魔するわよー」

 

 ちょ、入鹿センパイ!まだ心の準備がぁ!


「さーちゃん、あなたにお客よ」


 センパイは革張りの椅子に座る人物に陽気に声をかけた。

 ……さーちゃん?

 むぅ、椅子の背もたれに隠れてきゃつの姿が見えない……。

 ええい、構うものか!


「やぁやぁ、お前が件の学園最強とやらか?

 俺の名は麒麟塚肇!別名“血塗れの麒麟児”!

 一つの学園に支配者は二人はいらん!よって、どちらがより支配者にふさわしいか、この学園最強の人物に決闘を挑む!

 そして、お前が敗北した暁にはこの学園最強の椅子は譲り渡し、俺に服従を誓え!以上だ!」


 言い切ったぁ!今の口上は丸々麒麟塚肇語録に載せてもいい出来だ!

 今日は歴史に遺るめでたい日になるだろう!


「どうした!言葉もないか、学園最強!

 やはり腰抜けの噂は本当のようだな!」


 ふふ、闘う前から勝負は見えた!

 ってあれ、でもこんな噂どこで聴いたんだっけ……?

 腕を組み勝ち誇る俺を後目にセンパイは椅子に座る奴に囁きかけた。


「……さーちゃん。入学式なんだし、暴れ過ぎちゃダメよ?」


 む。どういうことだ、入鹿センパイ?

 それだとまるで俺が三下みたいな扱いじゃ……まぁいい!先手は俺様のものだ!


「来ないならこちらから行くぞ!

 お前の天下も今日で幕引きだ――」


 ――ぶぉぉん、がっしゃーん。


 爆音から一瞬、世界が静寂に包まれた。


「…………へ?」


 俺の顔の上を物凄い速さで黒い何かが飛び去った。そして、何かが壊れたような爆音。

 振り返ると、先程までそこにあった扉が粉々に粉砕されており、廊下に扉の残骸と先程まで目の先にあった革張りの椅子が転がっていた。


「…………」


 投げたのか?あの椅子を。あの一瞬で。馬鹿な、有り得ない。

 どうしたということだろうか、もう一度振り返ることが出来ない。

 今なら窺い見れるであろう学園最強の姿を、振り返って確認することが、出来ない。

 怯えているとでも言うのか、この俺が!?


 笑止!


「この俺がぁぁっ!」


 ――ひゅん。


 今度はなんだ?俺の鼻先を掠めていったあの銀色の輝きはなんだ?

 鼻の頭から何か暖かいものが流れる。指先で触れる。血だ。

 銀色の閃光の行く先に目を遣る。

 ティースプーンだ。

 ただの一本のティースプーンが、壁に深々と突き刺さっている。


「…………」


 絶句してしまった俺に、背後から入鹿センパイの優しい声が聴こえる。


「はじめ君さ……死にたくないなら早く逃げた方がいいよ?」


 センパイのその言葉が引き金となったのか、次の瞬間俺は来た道を全力疾走していた。  

 

 

 

 なんだ、今のは。

 なんで俺は今こんな風に逃げてるんだ?

 この俺が敵前逃亡だと?馬鹿な、俺はまだあの学園最強と相対してさえいないじゃないか。

 それってないだろ。

 ナンセンスだ。

 しかし、頭とは裏腹に体は全力で奴から遠ざかっている。

 そうだ。この体は、よくわかっている。

 あいつはヤバい。

 今まで喧嘩したどの輩よりヤバい。

 くそっ、脂汗が止まらねぇ、前髪が額に張り付いてうぜぇ。

 二年前に元高校球児で、十人を病院送りにした狂気のバッターと殺り合ったことがあったが、そん時でもこんなに汗は出なかった。

 そりゃそうさ、あいつはただちょっとバットの振り方が人より巧かっただけの高校生だ。バットを手離せばただの体育会系に過ぎない。あとは推して知るべし、だ。

 だが、あいつは、さーちゃんとやらは違う。

 あいつはただ俺に向かって椅子とスプーンを投げただけだ。

 俺の両目はあいつだけを狙っていたはずなのに、俺はあいつが椅子を投げるモーションすら捉えることが出来なかった。あんなデカいもんなのに、だ。

 俺にあれができるか?

 否、断じて否だ。

 こんな言葉は好きじゃないが……格が違う。

 あの一瞬の邂逅で俺の体はそれを悟りきってしまっていた。


「……ふざけんな、俺」


 ぎり、と奥歯が奥歯を噛み潰さん勢いで噛み合わさり、鈍い音が直接脳に響く。

 格が違うだぁ?

 やってもいねぇ内からなに完結してやがんだ、ボンフラ。

 俺はまだあいつの拳すら見ちゃいねぇんだぞ。

 思い出せ、麒麟塚肇。自分自身のことを。

 俺がこの世でもっとも嫌いなことは、見下されることと勝負に負けること……そして、なにかを諦めることだ。






 冷静になって考えろ、俺。偏差値的な頭は悪いが、ここ一番って時の頭の回転は決して悪くねぇはずだ。

 

 

 



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