銃火器同好会の怪 file.4
「はぁ……はぁ……あ、危なかった……」
あの後、合気道、柔道共に黒帯だという不破に無理矢理ベッドに叩き込まれ、危うく掘ら……とにかく追い詰められた俺は火事場のクソ力的な人間の神秘であいつに当て身を喰らわせ、なんとかあの修羅場を脱してきたのだった。
「くそっ……あの半笑い関西弁野郎め……次会ったらあの殺人ティー飲ます。ぜってー飲ます」
ふつふつとどす黒い怒りが石油のように溢れ出しやがるが、今はそれどころではない。
現時刻は一時二十六分……昼休み終了まで後五分を切った!
いかに奴らが校則を無視した狂人共だろうが授業中は動けまい……一度授業が始まれば、五十分間の安全は保証されたようなもの!
加えて……俺にはもう一枚のカードがある。
「それは風紀委員会!」
無理矢理入れさせられた時はどうなるかと思ったが、なんてことはない……敵に回せば終末の獣のような恐怖の存在だが、ところがどっこい味方にいるなら千人、いーや万人力!風紀を乱す奴らは月に代わってお仕置きよ、ってなもんだ!
くく、学園の風紀を乱す悪魔共め……残らず十字架に張り付けて腐った魂ごと火炙りにしてやるぜ……ふふふ……。
「ふははははっ!!ただいまーっ!!」
返事が、ない。
それどころか、風紀委員会室には人っ子一人すらいなかった。
「あれ……?」
おっかしいな……昼休みは普通は細々した業務をこなす(麒麟塚肇隷属約抄第三項参照)んじゃなかったのか……?
「ん、なんだこりゃ?」
部屋の中を見回すと机の上に一枚の紙だけが残されていた。
入鹿センパイからか……なになに……『親愛なるはじめ君へ』?
『坂の下のオシャレなカフェの割引券を頂いたので、さーちゃんを連れてランチしてきます。なんだかデートみたいね、うふふ。あぁ、それから私たちがいない間の風紀委員会はぜーんぶはじめ君に任せます。じゃあ、くれぐれもよろしくね?お体にお気をつけて。あなたの入魅入鹿より』
「……………あれ?」
こ、これはどういうことかなぁ?
どうして入鹿センパイがいない?Why?何故?坂の下のオシャレなカフェに行ってるから?鷲村を連れて?
道理であれだけバカ騒ぎしていたのにも関わらず死神が現れないはずだぜ……だって当のその死神はオシャレなカフェでデートしていたんだもの!
お、落ち着くんだ、麒麟塚肇……こんなの小学校のとき帰り道落ちてたエロ本のページを足の先でめくろうとしていたところに当時大好きだった桜子先生が通りかかって目撃されてしまったあの瞬間に比べればなんてことはない……大きく息を吸って心を鎮めるんだ……フォースを感じるのじゃ……。
「……こーほー……こーほー……」
「――……案の定ここに来ましたわね、ゴミ虫」
甲高いヒステリックな声を耳にすると共に、後頭部に冷たい感触を知覚する。
もちろん、幼なじみの部活娘がちょっとしたイタズラ心でよく冷えたジュースの缶を不意に押し付けてきたかのような心地のよい青春っぽい冷たさではなく、体の芯にまで達する死を予見させられる銃口の冷たさだ。
ちら、と振り返るとそこには腹黒女と顔面を包帯でコーティングした男、その他もろもろの親衛隊の隊員達が列を成していた。
俺はなんとかして場の空気を誤魔化そうと包帯の男へと陽気に声をかけた。
「……よ、よくできた特殊メイクだなぁ!一瞬本当のミイラ男かと思ったぜ?あははは」
「……御手洗先輩です」
「…………」
「……便座です」
「……あぁ、そう」
俺は包帯男に背を押されて、部屋の奥へと押しやられる。
数十人の隊員達が部屋に進入し終えると共にがちゃり、と鍵が閉められる音がした。
風紀委員会室は、密室の処刑場と化した。
「……さて、これで邪魔は入りませんね。心おきなくあなたを料理できますわ……」
「なんかその言い方エロい……すいません、銃口が頭に食い込んで痛いです……」
「汚わらしい……!こんな獣がお姉様の側にいると思っただけで鳥肌が立ちますわ!」
あーぁ、怒らせちゃったよ。部屋中に殺気が充満して呼吸すら危ぶまれる……このままでは今日で麒麟塚肇自伝のピリオドを打つ羽目になっちまうぜ……。
「お、おい、もうすぐ昼休みが終わるぜ?」
「それが何か?」
「何かってお前……そのよ……サボリとかよくねぇだろ、な?」
「まさか不良の口からそんな正論が出るとは思いませんでしたが、その点に関しては手を打ってありますわ」
はっ!いかにお前等に馬鹿みたいに巨大な組織力があろうがこの学園という世界の中のルールを前にすれば、北風を前にした蟻に等しい!
あと三十秒もすれば、チャイムという福音が学園中に響き渡り、授業という奇跡がこの戦争を止めさせるだろう……あぁ素晴らしいかな学校!大好きだ!
ぴんぽんぱんぽーん。
『……ぜ、全校生徒に連絡します…』
……あん?この覇気のない幸の薄そうな声の持ち主は確か……教頭だったかな?
『……本日の午後からの授業は……うぐっ』
……うぐ?
『はぁ……はぁ……諸事情により……休講といたします……』
はぁっ!?
『……せ、生徒は……速やかに下校の準備をして下校しなさい……』
ふ、ふざけんな!そんなことが通用して――
『………こ、これでいいのだろう?さぁ早く私を解放しなさい……』
…………は?
『ば、馬鹿な……や、約束が違うではないか!?く、口封じのつもりかね……?』
え、ちょっ………。
『や、止めなさい!そ、それは!それだけは!ちゃんと言うことは聞いただろう!?……や、止めろ……止めてくれぇぇぇぇっ――!?』
……ぶつっ。
「あらあら、お休みになってしまいましたわ」
「てめぇら教頭になにをしたぁぁぁぁっ!?」
「聞きたいですか?まず、親指をこんな具合にこう……」
「らめぇ!そんなこと言っちゃらめぇぇっ!!」
く……なんて奴らだ……まさか教員相手にあんな外道なことを……!
「しかし、これで今からは放課後……誰にも咎められることもなく遊べますわぁ……」
馬鹿な……俺の手札がことごとく粉砕された……このままでは、放送コードに引っかかるくらいヴァイオレンスになぶり殺さちまうのがオチだ……。
対する雨崎は俺の前に立ちふさがり、余裕綽々、優雅に口に手を当てておほほ、なんて笑ってやがる。
「さぁ、麒麟塚を拘束なさい。“ゲーム”を始めましょう……」
「……ゲームだと?」
「そうですわ……誰か、私の“黒兎”をここへ」
「はっ……」
俺が数十の銃口にキスされながら拘束され終わると、隊員の一人が黒塗りのスーツケースを持って帰ってきた。
中を開けて現れたのはこれまた漆黒の回転式連発拳銃。グリップに可愛らしい兎の彫刻がなされた女の子仕様だ……普通の女の子が持つようなものでは到底ないが。
雨崎はそれを当然のように掴むと、弾倉を確認し始める。
「あの……雨崎さん?」
「なんですか、麒麟づ……いえ、ゴミ虫」
「言い直すなよ!? ……まぁ、それは置いといてだ……いったい何を致すおつもりでせうか?」
「うふふ、それはそれは楽しいゲームですわよ……」
そう言って雨崎は天使のように微笑むと、がちゃん、とその手で弾倉を装填した。
「――……ロシアで流行りの、ね?」
「――……ロシアンルーレット。弾倉に一発だけ弾丸を込め、それを一人ずつ自分の頭へと当てて引き金を引いていくことで挑戦者の勇気を試すギャンブルの一種ですわ」
「ダウト!弾倉に弾丸全部込めといて何がギャンブルだ!?確率100%の死刑執行じゃねぇか!?」
「いやですね……あなたが死ぬか、死なないか……ちゃんと50/50のフェアなゲームじゃないですか?」
「死ぬわ!この距離で頭を撃たれたら●々雄でも死ねるわ!」
「まぁ、この“黒兎”に不発がないとも限りませんし…………億万分の一回くらいわ」
「奇跡だよ!この広い世界で君に出会えた並の奇跡だよ!?」
「ぎゃあぎゃあぴーぴーとうるさいですわね……神に祈る言葉は用意できましたかー?」
くそっ!完全に目が逝っちまってやがる!
考えろ、麒麟塚肇。この最悪の状況を打破しうる最良の一手を!
こいつらが俺を恨む理由の根底……それは鷲村砂漠に集約される。
こいつらの中での俺の定義は鷲村砂漠に近づく男……自らが信仰の障害物ってとこか。
あいつらの懸念は俺が鷲村になんらかのモーションを掛けるのではないか、ということ。その危険分子を排除するためにこうして今、俺の命を摘もうとしている。
ふ、見えたぞ……明日へと続く一手が!!
「――……ちょっと待てよ、雨崎」
「……今更、命乞いですか?聞くだけなら聞いて差し上げますよ……精々愉快な泣き真似をしてみてください」
「いーや。命乞いなんかしねぇ……俺はお前等の幻想を殺すだけだ」
「なんですって……私たちの幻想?」
不敵に光る俺の眼光に射抜かれた雨崎が握った“黒兎”の銃口が、わずかに揺らいだ。
俺は言葉を続ける。
「あぁ、そうさ……お前等が鷲村が信仰する上で、俺がその障害になると考えているなら、まずはその幻想をぶっ壊す!」
俺はたじろぐ奴らに向かってとっておきの言葉を叩きつけてやった。
「いいかよく耳をかっぽじって聴きやがれ……――!」
「――俺は、あんなナイチチのまな板チビ女なんかにさらさら興味ありませんから!!」
ふ……言ってやったぜ、ざまぁみろ。
どいつもこいつも完璧に言葉を失ってら……そりゃそうさ、俺を殺す理由が一瞬で無くなったんだからな。
「…………」
だいたい、鷲村なんて凶暴な上に女らしさが欠片もねぇ生き物に、この俺様の食指が反応するかってんだ。
俺はもっとこう……入鹿センパイくらいボンキュッボンとグラマラスで包容力ある大人な女性の方がいいな、うん。
「…………それが、あなたの答えなんですか、麒麟塚肇?」
「あ?おぅ、そうさ。これで俺があんたらに無害なのが分かったろ?さっさとこの手錠とか足枷とか取っ払ってくれよ」
「……そう、ですわね、おほ、おほほほ……」
なんだかロボットみてぇにぎこちなくはあるが、雨崎が笑した。
一件落着、と俺も釣られて笑い出す。
「あっはっはっは」
「おほほほほ……」
「あっはっはっは、はーっはっはっはっ!」
「おほほほほ……!」
「はーっはっはっはっ、ははっ、はははははははは――あがぁっ!?」
な、なんだ!?
俺の口内と銃口がディープキス ……じゃなくて“黒兎”の銃口が俺の口の中に!?
「へめぇ、あにしひゃがふ!?」
「お黙りなさい、背信者め……もはや神の采配を乞うまでもない……即刻死刑よ!!」
「な、おへがひっひゃいあにをしひゃ!?」
「よくも抜け抜けと……お姉様にあんな……あんな……ぅう……!」
痛い!?舌の上で銃口をぐりぐりするなよ!?
く、いったい何が奴らをあんなに怒らせちまったんだ……?俺はただ正直な身の丈をぶつけただけなのに!
だが、いよいよ絶体絶命……ってマジで死んじゃう五秒前!?
「死になさい!ゴミ虫ぃ―――!!」
“黒兎”の引き金に、雨崎の指が掛かった。
爆音が、響く。
――まるでパノラマみてぇに、世界が移り変わっていく。
風紀委員会室の扉が音を立てて吹き飛んだかと思えば、大柄な男が破壊された扉ごと室内に転がり込んで――否、吹っ飛ばされてきた。
皆の視線が男に集中し、すぐに扉の向こうへと向けられる。
泥濘のように鬱屈としていた部屋の中に猛然と吹き荒ぶ砂嵐のような空気が雪崩込んできた。
白い長い髪をなびかせ、鷲のように鋭い瞳が部屋の中を一瞥する。
圧倒的な威風を引き連れ、そいつは俺たちの前にその姿を見せる。
「……あ、あぁ」
雨崎の体が、がたがたと音を立てて震え出す。
雨崎だけではない。部屋の中にいる全ての人間が恐れ、怯えていた。
「……お、お姉さま」
――鷲村砂漠。
学園最強の女闘士が学園最高の同好会の前に、その姿を顕した。