銃火器同好会の怪 file.3
「ぎゃぁぁぁぁっ!?」
「み、御手洗先輩ぃぃぃぃっ!?」
「あぁぁぁ!?僕の顔が、顔がぁぁぁっ!?」
「え、衛生兵!衛生兵ぇぇぇ―!!」
銃火器同好会の部屋は騒然となった。
変態眼鏡野郎の顔面は殺人ティーのせいで大変なことになっていたし、雨崎は完全にパニックに陥ってきぃきぃと甲高い声でわめいていた。
「さてと……今の内に」
そろり、そろりと部屋を後にする。
勢いよく啖呵切ってみたものの、病み上がりの俺にこの数の相手はキツい……戦略的撤退と言ってもらいたいね!
「おい、麒麟塚が逃げるぞっ!」
ちっ……バレたか。
瞬く間に迫る幾多の足音に俺は後ろを省みることなく、走り出した。
『待てぇぇ―!!』
地鳴りのように押し寄せる足音と怒声が狭い廊下に響き渡り、二十人近い兵士共が俺の背中を追いかけてくる。
「よくも先輩をぉ!」
「万死に値する!」
「88ミリ砲を出せ!消し炭にしてやる!」
「殺せ!」
「殺せ!」
『殺せ!殺せ!殺せ!』
……は、はん!たかだか二十人程度で俺を追い詰めようなんざ、百億年早いんだよ!
見たか!かつて下々にカモシカの快脚と崇められたこの俺様の見事な走りっぷりを!
あれ……カモノハシだっけか?……まぁいい!
ははっ、愚鈍な兵隊共めが!貴様等から俺までの距離はすでに10メートル以上、どこまで追いかけようが埋まることない絶望的な数値だ!畏れ多くも俺様の遥か後塵を拝すがいい!
「ふはははは!やーい、やーい、ノロマ共ー、悔しかったら俺様に追いついてみやがれ!あーっははははっ!」
ぴんぽんぱんぽーん。
『……あ、あー、テス、テス……ただいまマイクテスト中ですわ……』
……ん?
この高飛車な口調に甲高い声は……。
『……こほん。銃火器同好会から全同士に告ぎますわ……』
「げ……雨崎か」
『――時は来た!!』
ただでさえ甲高い女のヒステリックな声がスピーカーを通していくつにも音が割れる。
『“K”は我々との対話を拒み、同士に手を掛けました……』
……対話だぁ?
こめかみがまだ痛いんだがねぇ!
『よって、現時点より抹殺計画NO.13……作戦名“ドキッ!兵器だらけの最終血戦!ぽろりもあるよ☆作戦”を発令致しますわ!』
く……なんて時代に逆行した名前を冠した作戦なんだ……ってか、いったい何がぽろりするってんだ、俺の命か!?
『……さぁ、志同じく崇高なる使命を帯びし屈強な私の兵士たちよ……』
スピーカーの向こうで雨崎が息を深く吸い込む音が聞こえた。
『あの畏れ多くも神に近づくゴミ虫の脳髄かち割って、中身引きずり出して、踏んづけて、犬の餌にしておやりなさい!!』
「聞いたか、同士よ」
「あぁ、もちろん聞いたぜ、同士よ」
「ようやく俺らも動けるのだな……」
「くく、俺のマシンガンが火を噴くぜぇ……」
「はぁはぁ……僕たちのさばくたんに近づくのは……はぁはぁ……許されないんだな……!」
「……即惨殺」
「うむ……では、我々の敵の名を唱和しよう」
『麒麟塚肇!!』
「よろしい……では共に行こうか同士諸君……総統をお救いし、我らが女神を祝福するのだ!!」
『ハイル!ハイル!ハイル!』
……OK、冷静に、クールになるんだ俺。
闘うコンピューターにして燃える闘魂、そして完璧超人。それがこの俺、麒麟塚肇様だろう?
そんなこの俺様は、例え世界の終末に鉢合わせても、例え母親に隠してたエロ本見つかったって余裕を失うことはあってはならない、訳分かんなくなってもわめいたりするなんてナーンセンス!
そうさ、こんな場面なんか屁でもねぇ……いつも通りに、爽やかに一発決めセリフを決めてやらぁ……。
「ふ……――」
「なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
『待てぇぇぇ――!!』
振り返ると廊下を埋め尽くす人、人、人。
その全てがなぜか俺に敵意をむき出しにして全力で俺を追ってくる。
その数にして10、20、30、40…………だぁぁぁ!くそっ、数え切れねぇが絶対100人以上いやがる!
「そっちに行ったぞ!」
「おっしゃあ!蜂の巣にしてやらぁっ!」
親衛隊仕込みの連携で瞬く間に俺の逃げ場所に他の会員共が殺到する。
会員の一人が抱えたマシンガン(注、エアガン)が火を噴いた。
けたたましい銃声とガラスが割れる音が廊下いっぱいに響きわたる。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」
俺の耳元を弾丸(注、BB弾……?)が空気を切り裂いて飛んでいく。
何これ!?ねぇ!
「よく狙え!頭と心臓以外ならどこに当てても構わん!」
ぱぁん、ぱぁん!
「ち……ちょこまか動きやがって……こうなったら校舎もろとも吹き飛ばすしかないか……」
ダダダダッ。
「右舷、弾幕薄いよ!何やってんの!?」
ダダダダダダダッ!
「……出血大サービス」
どかぁぁぁぁん!
「はぁはぁ……ボクのさばくたんに近づいた罪……その命で償うがいいんだな!」
ずいぶんと極まってんなぁ……悪い方向に!
くそっ!いくら逃げてもキリがねぇ!
これが、学園最大にして最高の同好会の実力ってわけかよ……ストーカー集団のくせに!
「っ……!!」
また流れた弾丸が俺の制服を切り裂いた。
さっきから数える気も失せちまったがおびただしい数の生傷を作っちまってる。
くそっ、まずいな……このままじゃ昼休みが終わるまで俺の命が保ちそうもねぇ……。
「……まーた、おもろいことに巻き込まれとんなぁ、自分?」
ふと、聞き覚えのある関西弁が、俺の耳元で聞こえた。
がばっと、首を横にやるとふてぶてしいにやけ顔を張り付けた、ニット帽の男が俺の隣を何食わぬ顔で走っていた。
「てめっ、あん時の!」
「よう、おひさ〜」
ひらひらと手を振って、第一次鷲村戦の後の傷付いた俺に散々言いたいこと言って去っていったそいつは、軽薄な笑みを浮かべた。
「てめぇ、いったい何しに来やがった!?」
「まぁ、そう邪険にしぃなや……わいのことはサニーって呼びぃ。みんなそう呼んどるから」
よろしう!と手をびしっと掲げて見せたそいつ――自称サニーとやらの爽やかな笑顔(輝く八重歯装備済み)に思わず拳を叩き込みそうになったがなんとか踏みとどまった。
「……どうどうどう…」
「はは、しっかし自分も大概なアホやなぁ?三年間おとなししとれ、ってわざわざアドバイスしたったのにフタ開けてみたらこのザマや」
「……男は一旗揚げてなんぼだろうが」
「ダウト。流されただけやろ、どうせ?」
……べ、別に図星なんかじゃないんだからね!
「まぁ、おもしろうてええけどな……でも、この状況どないするつもりなんや?このまま宙まで逃げるんか?」
「………………」
さて、ここで一度状況を整理しよう。
俺は敵に追われている、オーケー?
敵の総数はおよそ百人あまり、オーケー?
こちらの手勢は貧弱な優男がたった一人……オーケー?
敵の狙いは……………………この俺の命。
「……万事休すか…」
「ところがどっこい、この状況をしのげる場所があるんやなー、それが」
なんと!?今なんと仰られましたか、この御仁は!?
「……教えたろか?」
「お願いしますサニー大明神様!!」
さようなら、俺のプライド……。
「よっしゃ、しゃあないから後輩ちゃんを助けたろかー?」
「疑問形!?勿体ぶってねぇで、さっさと教えてくれよ!」
「そう急かしなや、がっつく男は女の敵やで?」
そんな余裕がどこにあんだよ!?こちとら秒単位で傷が増えてんだよ!
「……この学園にはな……“聖域”っちゅー場所が存在しとる」
「……せいいき?」
聖域っつーとあれか、十二の宮殿を越えて教皇の間の更にその先にあるという……。
「……自分はどこの聖闘士やねん。
聖域っちゅーのはあらゆる戦いから護られた場所のことや」
「はぁ……?」
「そこではあのデザートイーグルでも暴れられへんし、近づかへん……戦い疲れた戦士たちが最後に辿り着く場所っちゅうわけや」
すごい、なにそれなんて天国!?
どうして何か戦いがある前提の場所が学園に常備されてるのか、とか疑問は絶えねぇが今はそんなのどうでもいい!!
「そこに逃げ込みゃこの鉄火場も切り抜けられるやろ……」
「サニーさん最高ぉ!!そこにしびれる、憧れるぅ!!」
「現金なヤツやなぁ……ほら、見えてきたわ」
にやり、と笑うとサニーは指をぴんと進行方向へと向けた。
あれは……保健室か?
訝しんでいる俺を後目に奴はまぁ見てろ、と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべ、大きく息を吸い込んだ。
「……不破せんせー!!急患やぁぁー!!」
銃声と怒声に満ち満ちた廊下を馬鹿でかい関西弁が響きわたる。
刹那、廊下の雑兵共のざわめきが毛色を変え、今まで違ったと緊張が走った。
「まずい、あいつ保健室に逃げ込む気だぞ!?」
「聖域に踏み込むなんて正気か!?」
「……緊急事態」
「止めろ!何としても止めるんだぁぁぁ!!」
よく分からんが緊急事態らしく、我を失った隊員達が持ちうる弾丸を全て吐き出し、弾丸が横殴りの暴風雨と化した。
……いや、流石にあれは死ねるぜ?
タイミングよくその瞬間に、保健室の扉が内側からがらがらと音を立てて開かれた。
よっしゃ、と拳を作ったサニーが、弾丸の雨を前に意識が飛びかけていた俺に向かって勢いよく飛びかかってきた。
「――ほぉら、ぼけっとしてんな、タコっ!
逝ってこぉい!!」
「ぐぁっ!?」
奴の勢いのあるドロップキックが俺の脇腹に刺さり、俺は横に吹っ飛ばされてそのまま保健室に吸い込まれていった。
「……武運を祈っとんで、麒麟塚?」
「……っう」
いてぇ……あの野郎容赦なく蹴りやがったな……お陰で顔面から棚に突っ込んじまったじゃねぇか……。
また額の傷が開いちまったみてぇだな……血が止まらねぇ……ってこのデジャヴ何度目だ?
「……大丈夫か?」
煙草の匂いを微かに感じると、ぬっ、と背の高い人の陰が俺を覆った。
「……あんたは?」
「とりあえず、額の傷をなんとかしろ。話はそれからだ」
声の主は感情の起伏が穏やかな反応で、俺に清潔そうなタオルを投げて寄越す。
とりあえず額にそれを押しつけ、傷を抑えるとタオルの隙間から相手の顔を窺い見た。
「うわ……」
思わず声を失った。
ラテン系と言うのだろうか?浅黒い肌に彫りの深い顔、落ち着いた雰囲気を持つ南米の映画俳優みてぇな日本人離れした面をしている。歳は三十を少し越えたくらいだろう。
最近の女共がキャーキャー騒ぐような爽やかなイケメンではないが、玄人好みされそうな正真正銘のいい男だ。
「血は止まったのか?」
「あ……?あぁ、みてぇだ……っす」
タオルを取って軽く額に触ってみると、傷はもう塞がりかけていた。
男は俺から血塗れのタオルを取り上げると、洗面台にそれを放り込む。
「――不破だ」
「は……?」
「……俺の名前だ。不破黎獅、この学園で養護教諭になって八年になる」
「あ、あぁ……」
なんか取っつきにくいな……さっきから一度もこっちを見ないし。
「……麒麟塚肇、でよかったな?」
「う、うす……でも、なんで俺の名前を……?」
「ここの扉は薄い。廊下の馬鹿騒ぎが聞こえないわけがないだろう?」
そりゃそうだ。創立何年か知らんが、この学園でもあんな馬鹿騒ぎは未曽有の出来事だろう。
しかし、あれほど喧々囂々としていた廊下の向こう側からも今は死んだみたいな静寂しか伝わってこない。
……撤退、したのか?
「……すげぇ。さすが聖域の名は伊達じゃねぇーってことか……」
「止めろ。そんな呼び方でここを呼ぶのは一部の奴らだけだ。ここはただの保健室……それ以上でも以下でもない」
不破先生はそう少し不機嫌そうに言うと、コーヒーを一口含んだ。
……クールだねぇ。
「でも、なんで誰も入ってこないんすかね?」
あの腹黒いウサギ女がそう易々とあきらめるとは思えんのだが……。
「知らん。……だが、ここがいつも閑古鳥が鳴いているのは事実だ」
「はぁ……」
「それにしても……お前、よく見たら体中傷だらけだな」
あぁ、そういや忘れたが弾幕の中をかいくぐってきたんだったっけか……くそ、買い直したばかりの制服が僅か半日でボロボロじゃねぇか!
「ここの生徒は加減を知らん者が多くて叶わなんな……上着を脱げ」
「は……?」
「服を脱げ、と言ったんだ。そのままではいかんだろうが……薬を塗ってやろう」
なんてこった。
こりゃあ…………。
「……どうした。急に俯いたりさて……どこか痛むのか?」
「…………………………………………ぐすっ」
「……は?」
「ふ……不破せんせぇ―ーっっ!!」
「……な、なんだ?」
突然男泣きを始めた俺に思わず、仰け反り俺と距離を置く先生。
しかし、今はそんなこと全然気にならねぇ!!
俺は……俺は今、猛烈に感動しているぅ!!
「お、俺……ぐすっ……こんなに優しくしてもらったのすっげぇ久しぶりで……ずび」
「は…………?」
「……俺だけ受験失敗して愚連隊の連中と違う学校になっちまって……なのにあいつら全然会いにも来てくれねぇし」
「…………」
「いざ、入学してみたら鷲村みてぇな人間凶器に出会っちまって、再起不能寸前まで破壊されるし……財布はなくなるし」
「……それは」
「しかも死にかけで校庭に転がってんのに誰も病院に連絡すらしてくれねぇし……愚連隊の連中はすぐに鷲村に乗り換えてるし……」
「…………」
「……鷲村のヤツなんか入院してる俺を追い撃つように頭蓋骨を粉砕していきやがるし……なんか無理矢理風紀委員にされるし……熊には襲われるし」
「…………熊?」
「退院してみたらしてみたで呪いの手紙が山盛りだし……美少女は腹黒だし、便座は変態だし、百人近くに追いかけ回されて的にされるし……関西弁にはドロップキック……」
「……波瀾万丈だな」
「そんな中で先生だけなんす!俺に優しくしてくれんのは!!」
さすが聖域!荒みきった学園にあるオアシス!
「ほんとにもう先生だけが俺の味方なんすよぉ……ずび」
「……お前の事情は分かった。だが、あまり興奮するな、傷に障る」
あぁ、細部にまで気遣いが光るぜ!
こうなったらマイ・フェイバリット・兄貴に殿堂入り(注・史上三人目。矢吹●ョー、ラオ●に続く)決定だ!!
「……じゃあ、服脱いだらそこの椅子に座れ」
「うす!男磨かせてもらいやす!」
俺はたった半日ですっかり歴戦の風格を得てしまった制服を脱ぐと、丸椅子に腰掛ける。
俺の晒された背中にすっと、冷たい聴診器が押し当てられた。
「ん……」
なんか慣れねぇ感じでくすぐってぇ……体がむずむずするぜ……。
「……脈拍異常なし」
聴診器を離すと、今度は男っぽい固い指先が俺の肌を這った。
触診……ってやつか?何度も何度も俺の背中を先生の指が上下した。
「……お前、なにか運動しているのか?」
「いや特に何もしてねぇっすけど、体は毎日鍛えてるっす」
不良王足るもの、いつ戦いに巻き込まれるか分からんからな!
「そうか……」
納得したように頷くと、先生は再び黙り込んでしまった。
しっかし、長い触診だな……もう二分以上触り続けてんぞ……?
なんか、変な気分が起きあがっちまいそうだ……って、変な気分ってなんだよ。
「……あのー、先生?」
「――……しい」
「は……?」
「…………美しい」
「はぁ!?」
What?今なんて宣われましたかこの御仁は?
「……荒削りだが無駄のない肉付き……皮膚の凹凸が生み出す陰影のコントラスト……白いカンバスに描かれた絵画のように背中に散りばめられたいくつもの古傷……」
「あのー……」
「……獣染みたものを俺に訴えかけてくる……実に、美しい」
……振り向けねぇ。
なんかもう手つきも最早触診なんてレベルを越えちまってるし、何より背中越しに伝わってくる熱い吐息が……!
「麒麟塚……」
「な、なんすか先生……って、なんで脱いじゃってるの!?ねぇ!?」
ちら、と少し肩越しに振り向くと、俺を診察していたはずの先生は何故か白衣の中の黒いシャツをはだけさせて、俺に迫っていた。
慌てて椅子から飛び退き、先生と距離を取る。
「いったいなにやってんだよ、あんた!?」
「……リビドーに従ったまでだ」
「潔いけど!潔いけどさぁ!」
従っちゃったら犯罪ですから、それ!
だいたい、俺もあんたも男だぞ!?
「麒麟塚。俺は……美しいものが好きだ……」
「人の話聞けよ!」
「そして……美しいものには何の境界線もない」
あー……なんとなくあの人が言いたいこと分かってしまった。
その瞬間、俺は扉に向かって駆け出した。
誰だよ、ここが聖域なんて言った奴!!
「そう……巨大な美の前には異性などという壁は些細なことにすぎない」
「些細じゃねぇよ、大問題だよ!! って……くっ!?」
扉に鍵が!?なんて周到なんだ!
「もう……逃げられないぞ……」
「ぎゃー!来たー!?」
先生は俺の体を覆うように立ち塞がると、俺の顎に指を這わせて、耳元で囁いた。
「麒麟塚。お前、俺の愛人になれ……」
――聖域。異常に好戦的な連中が群がるこの学園の中で誰もが争いを止める数少ない場所。
その正体は――。
「こういうことかぁぁぁ、あッ――――!!」
「……ノンケでも構わず食ってまう両刀使いの変態保健医の魔の手に、誰もが自身の貞操の危機を恐れて近付けへん魔物の巣窟なのやった。めでたし、めでたし」
……続く。