風車
あたしの変貌を見ている祖母は言葉を失って立ち尽くしてる。
失っているのは言葉だけだろうか、多分ある一部の感情も落としているのかもしれない。
あたしはかおるみたいに優しくない。
現実は凄く残酷で、人の裏切りなんてよくある事。
だからあたしはその現実を見ての対応策を考える。
父に言われた言葉を思い出す。
『人間には二つの脳がある。一つは頭脳。もう一つは心。男性は頭脳で考え、女性は感情で動く。かおる、お前はこの家の血筋の娘。だからこそ覚えておきなさい。一般の立場じゃないお前は周りから見たら異色の存在。だがそれでいい。後政治家にはなるな。私の跡も継がなくていい…。人間は表と裏がある。ある程度の立場になると表だけでは成り立たなくなるんだ』
幼いあたしは首を傾げながら、父の行動を監視してる。
今覚えば、あたしは家の思考に塗り替えられてこの雑賀家のレールに乗っていたのかもしれない。
「お父さん、どうしたの?」
少し悲しそうな父の姿を見つめながら、そう聞き返す事しか出来ない。
弱い私、幼い自分。
精一杯の父、弱い背中。
今覚えば、一生懸命に訴えていたのかもしれない…。
自由になれと…幸せになれと…自分のように縛られないように逃げろと…。
それに気づける訳ない年齢の自分の姿が瞼の奥に入り込み、映画のように動き続ける。
まるでそれは、ストーリーを奏でているように。
色々な人間の言葉によって今のあたしの軸が出来ている。
それは正しかったのかと自分に問いかけると、答えは出てこない。
何が正しくて、何が不正解か分からないから余計に…。
色々な矛盾の中に生きて、自分の答えに気づくのが遅かったのかもしれない。
現在のあたしだからそう思う事が出来るだけで、過去のあたし達にそれが出来るのかと言うと疑問が残る。
かおるの心の叫びが聞こえ、あたしとリンクし混ざってゆく。
ゆうはそれを見ながらケラケラと笑いながら、人形と遊んでいる。
憎悪に塗れた感情の渦に巻き込まれながら…。
赤い血潮の中に揺られながら…。
目に見える色じゃなく、心で感じる色。
ゆうの着ている、大好きな白いワンピースが真っ赤に染まっていく。
まるで心から血を流しているみたいに。
それは血の涙みたいだ……。
「ねぇ、お願いだから邪魔すんなよ」
母に向けられた殺意は移り変わり祖母へと注がれる。
苛立ちが心を制し、自分が自分じゃなくなる感覚がする。
あたしの理性とガラスの音が崩壊してゆく。
それはあたしの心の結晶。
『あんたは誰だい……』
そう呟く祖母の言葉を無視しながら、話を再開する。
暴れる感情を抑えるかのように。
『やめて…』
「止める権利、お前にない。ある訳ないだろうが』
今のあたしは一体誰?
『……かおる』
「だから違うってんだろうが、黙れ」
『お前はあの女とは違う。優しいいい子』
代わる代わる言葉の節々に笑ってしまいそうになる。
これだから人間は醜く、都合の良い生物。
だからムカつくし、消したくなる。
形のあるものを全て焼き尽くし、全てなかった事にするように。
ボロボロにしたくて、したくて、堪らない。
「都合悪くなると、そんな言葉で逃げるんだな…最低だな、お前も…」
ハハッと狂い笑いながら、持っている包丁を母から祖母に向ける。
母は精神が壊れているみたいで、動かない人形のよう。
あははは、人形なんて生ぬるい。切り裂けるぬいぐるみだな。
この表現の方がぴったりだ。
くるくる回る感情の渦。
くらくら回る目の前の情景。
ぐらぐらするあたしの精神。
どれが偽りで、どれが本物?
それすらも分からなくなっていた…。