本心
あたしはね、愛情なんて形のないもの信じないの。
形のあるもので、全て説明出来る物事にしか興味ない。
だから愛情なんて信じない、信じたくない。
(あれ…信じたくない?)
あたしの心は決まっているはず。
信じないの一択のはずなのに、どうしてその後に反対の言葉がつくのだろう。
(これはあたしの言葉、思いじゃない)
そう自分に言い聞かせるのが精一杯で、かおるのせいにする。
(そうこの言葉はあたしの言葉なんかじゃない。かおるの…主人格の言葉が出てきただけ)
そう心の中で呟きながら、あたしを見ている誰かの姿が見えた気がした。
『かおる、もうやめて』
そう叫び声をあげながら、海の向こうであたしを呼んでいる人。
ううん、正確に言えば、あたしじゃなくて、かおるを必要としている人。
(なんで、あいつばかり…)
あたしは負の感情で出来た人格でしかない。中心のあの子には絶対に勝てない。
だけど、ここはあたしが出て、自分を守る為に動くしか方法がない。
かおるの為じゃなく、あたし…そうかほの為に…。
そんな言葉の数々の波に埋もれながら、現実へと戻り、あたしはかおるを演じる。
あの母と祖母が望む、いつものかおるにならなくてはいけない。
二人を地獄に叩き落す為に…。
『かお……る……?』
そう問いかける祖母の瞳が不安に揺れている。
あたしの心も怒りと憎しみに揺れている。
違う感情に揺られて、違う考えで物事を見ている。
だから人間は面白い、そう思いながら、あたしはかおるになる。
偽物のかおるにね…。
「どうしたの?そんな表情して……」
いつもと何一つ変化のないあたしを凝視してくる祖母の眼差しが痛い。
まるで心の中を透視されてるみたいに…。
『お前、自分のした事覚えていないのかい…?』
「え?私何をしたの?」
祖母は『嘘だ…』と頭を抱えながら、フラフラしてる。
その姿を見て、あたしは内心ほくそ笑む。
(さぁゲームのはじまり、はじまり~♪)
あたしの中のドーパミンが放出し、鼓笛隊が出動する。
心を躍らして、ダンスパーティーに導いてくれるように鮮やかに、楽し気に…。
「ふふっ…体調悪そう、そんなに驚いてるの?」
あたしの口調がかおるじゃなく、かほへと変化していく。
どちらかと言うとどちらでも気づかれないと踏んだあたしは掛けに出て二人の様子を観察している。
母は口から涎を垂らしながら、カタカタと震えている。
祖母にかけられた冷水が効いたのかな?それとも、あたし達二人が制裁したから震えているのかな?
それは母にしか分からない答えで、真実でもある。
「ね、暴力は暴力で制する。重圧は重圧で制する。憎しみは憎しみで返し、苦しみは苦しみを与える。そうでしょう?」
『か…おる?何いって……』
「だからね、二人にはおしおきをしないといけないの。だけど、今始末するのはそこで涎垂らしているババアだけ」
フフッと微笑みながら、後ろに隠している包丁を見せつけ、こう続ける。
「ね、するのは簡単かもしれないけど、される苦痛には耐えられないよね、きっと…。精神崩壊しちゃうかな?」
廊下の電気がチカチカしている。その光に合わせるように、包丁の側面がキラキラ輝いている。
まるで宝石みたいに、美しい。
そう思うのはあたしだけだろうか?いや、きっとインナーチルドレン…名前で呼んだ方がリアリティがあるから呼ぼう。
ゆうはあたしの思っている事を理解しているに違いないと感じる。
一人の人間には複数の人格がある。
家族構成と同じで、皆役割が違うんだ。
親父みたいな奴もいるし、姉みたいな奴もいる、怒りに制された奴もいるし、赤ん坊もいる…。
確か7つの人格が構成されて一つの性格になるのが精神的な理論。
その人格を守る為に層があって、その層事にドアや入口がある。
簡単に入れるドアや南京錠がかかってるドア、様々だ。
それによって自分の人格のやばさのレベルが分かる。
南京錠で出れない奴は、外に出てはいけない人格。
だから他の人格が重圧を与えるか、外に出すきっかけを封じると言うもの。
そうすれば、全てのバランスが安定するし、コントロールも出来る。
勿論その反対もあるけれど、今の現状はまだ大丈夫。
かおるの次に力を持ち、やばい人格を防ぐ事が出来るのがあたし、かほだからだ。
二番目に力があると言っても過言ではないだろう。
制する力はかおるよりあたしにある。
だから好きなように選択し、行動してよい。
(あたしは自分の好きなようにする。かおる…あんたに邪魔される訳いかないから)
だから好きにする。自分の欲望の為に…。
「お前だけは逃がさねぇぞ、くそババア」
ケラケラ笑いながら、母に近づいてゆく。チカチカしている電灯の中怪しく輝く包丁があたしの一部になる。
手から離れようとしない包丁はあたしの内部まで入り込んできそうで、少し怖く、そして楽しく思う。
この異様な感情の名前は何と言えばいいのか、その時のあたしには分からなかった。