多重人格
ポタリポタリと水道から雫が零れ落ちている。きちんと閉めたはずなのに、蛇口の調子が悪いのかもしれない。
でも、今のあたしにはいい効果音で、凄く心地よく思う。
湧き上がる興奮と怒りを超えた感情が全身に駆け巡りながら、あたしの血液の中に入り込み、まるでマリオネットのように支配し、動かそうとしている。
これは現実なのか、それとも妄想なのか、自分の中では判別が出来ない程、感情に揺られ、私はあたしへと変貌をし、深く眠り続けるインナーチルドレンが背中から這い出て、身体をぎゅっと抱きしめる。
そしてあたしの耳元でこう囁くの『裏切らないでね…、おねえちゃん』と。
これはあたしの一部分なのだろうか、どうかなんて考える程余裕も、頭も回らないけれど、唯一理解出来る事は、これがあたしの本当の欲望の形なのかもしれないと理解出来てしまう。
自由になれなかった私とその私を壊したあたし、そして内面に眠る怒りの人格、インナーチルドレンの子供。
普通ならどんな姿で、どんな感じの子で、どんな性格なのかなんて理解出来ないのに、あたしには出来てしまう。
これは狂ってしまったのだろうか?そんな事を脳裏の裏で考えながらも、複数の人格の自分があたしを中心へと移り変えてゆく。
暴力に耐えれるのは私じゃない、あたしだ。
かおるじゃなく、かほ、そうこのあたし。
あの子に耐えれなかったものも、あたしなら耐える自信がある。
全ての環境を変えて、全てを逆転させる術をあたしなら持ってる。勿論それ以外も色々と。
自信が湧き上がってくる、もう誰にも止められない。
止めようと思うのなら、そいつはあたしの敵になるから、排除するだけ。
『全ては雑賀家の為、犠牲は必要』
そう言うのはあたしに向けられていた言葉達だが、その反対もあるはず。
ううん、あの家の血筋全員に言える事、家の犠牲になるのはあたしじゃなく、変わりにあいつら全員だと言う事実。
かおるが出来なかった事を成し遂げる、それがあたしかほのする事。
あたし自身の心と精神を守る為に、勿論人間としての立場と、身体を守る為でもあるから。
沢山の仮面をつけて、あいつらの必要とする人間になりきり、時を待とう。
でも、我が母、こいつは例外。
かおるの大切な人間を人質にして、それを理由に自由を奪うなんて、それも見せつけるように、かおるの前…あたしの前でも暴力振るう女だから。
許す訳にはいかない。
てか許したくないのが本音かな。
そんなあたしの内面と考えに気づかない母と祖母。
あたしは台所からばれないようにひっそり包丁を取り出し、怪しい光を放つ刃を見つめながら、ニヤリと微笑む。
この家は凄く広いんだ。
本家でもあるし、庭も大きい、そして敷地内に二つの家がある。
母と父が建てた家は比べ物にならない程の普通の家。
だけど、祖父母の本家は違う。
部屋が10部屋あり、その中には衣裳部屋がある。
小部屋、居間、座敷が区切りありで2部屋、祖父母の部屋、裏部屋、応接部屋、裏の部屋が2部屋、そして衣裳部屋がある。
台所は部屋を二つ足した感じの広さになってて、奥の方に行くとあたしが何をしているのか、二人には分からない。
長い廊下を歩いて、覗いてやっと何をしているのか、何となく分かる程度だから、凄く都合がいいんだ。
(そうそうかほ、それでいいの)
声の主は、かおるじゃない、また別の自分。
人間って精神の限界が来ると簡単に別の人格が産まれてしまうのだと実感しながら、そう思ってる自分に対しても笑えた。
(あたしも主人格じゃねぇじゃん)
何故だろう笑っているのに、何故だか瞳から冷たい雫が流れ落ちてくる。
これは何?涙?
そんなあたしは現実の今の自分の現状を理解出来ずに、頭には沢山のクエスチョンマークが浮き上がる。
「何で泣いてんの、あたし」
これはあたしの涙じゃなくて、かおるの涙、きっとそう。
そう自分に言い聞かせながら、左手で持っていたライターをポケットにしまい、右手で包丁をもう一度握る。
後ろに隠して、あたしがかほと気づかれないように…。
別人格になってる現実をばらさないように…。
かおるを演じて、二人のいる廊下…あたしの部屋にゆっくりと近づいていく。
そう、応接間だった部屋をあたしのものにしたあの扉の前にね。
精神崩壊しつつあり、項垂れている母が待つ場所にゆっくり近づいていく。
あたしはかほ、かおるの負の感情から産まれたもう一つの人格。
内面でかおるが泣き叫んでる。
「やめて!」って言いながら泣いてる。
もう一人の人格、インナーチルドレン。
名前はもうある、ゆう。
ゆうに押さえつけられて、邪魔するなと脅してる。
その会話が頭の中でずっと響いてて、聞いてると笑える。
「楽しくなってきたじゃん。二人共今から起きる事、そこで見ておきなよ」
そうこれはゲームのはじまり。
生きるか死ぬかのね……。