破壊衝動
ゆらゆら揺れる影があたしの中に入り込んできて首を絞めつけ囁く。
それは悪魔の囁きで、心の叫びの一部かもしれない。
禁忌を軽く超えそうな憎悪と殺意に飲まれながら、ゆっくりと母に近づいていく自分。
『か…お………る?』
いつものあたしと様子が違う、まるで別人のようなあたしを見て、動揺を隠せない母。
いや、どちらかと言うか、自分の想像を遥かに超えた別次元の生物に出会った時みたいに、正体の分からないものを見る目。
これは、怯えているな。そう実感しながら、心の声がケラケラ笑っている。それは現実世界へとリンクし、全て混ざってゆく。
「……ははははははあは…」
あたしは狂ってしまったのかもしれない。でも何故だろう、こんな自分が凄く心地よくで、快感を感じる。
なんて楽なんだろう、なんて愉快なんだろう。何て楽しいんだろう。
右手に握りしめているライターを力強く握り締める。
まるで、あたしの感情の綻びのように、ゆっくりゆっくり締め付け、あたしの手のひらの肉に食い込んでいく。
痛みなんてない。
楽しくて、仕方ない。
『……何する気?』
「あはははあは、何もしないよ、お母さん♪」
『貴女、かおるなの?』
母は考えた事がなかったのだろうか。暴力をふるい続けて、いつかその報いが来る事を…。
あたしは耐えれるだけ耐えた。だから、やられた分以上やり返す。これがあたしの鉄則。
「楽しい遊びをしようね」
そう呟きながら鼻歌を歌う自分。あたしは怒りを超えて、ただ猟奇的な自分に溺れてる。ある意味サイコパスなのかもしれない。
ううん、はじめは普通だった。環境とストレスと育て方で人は簡単に歪む。
そして過度なストレスと、人間以下の扱いを受ける事で慣れてしまい、最後は今のあたしみたいに狂う。
楽しく、楽しく、狂う。
『やめてぇぇぇえぇぇ』
あたしは母の前髪を左手で掴んで持ち上げる。カタカタ震えてる振動が手を伝ってよく分かる。
それが心地よい、最高の気分。
「汚いものを浄化しようねー」
右手で握り締めてるライターを器用に扱い、ボシュッと火を点火する。
ゆらゆら揺れる炎を横目でチラリと見ると、愉快で溜らない。
ゾクゾクする、なんだろうこれは。
初めての感覚だった。
『いやぁああああああ』
焦げ臭い臭いが家中に漂いながら、それと共に母の叫び声が木魂する。
チリチリ燃え続ける前髪を見て、冷静に考えてる。
(ふうん、一応燃えるのね)
『かおるぅううううう』
苦しみにも似た叫び声があたしの鼓膜を突き破る。
(うるさいなぁ)
今まで人に沢山最低な事しといて、自分がされないと思っていたのかね?
それはどんだけ、自己中心的で、甘いんだろう。
もう少し人を観察して、分析した方がいいよ。
そんな事を思いながらテレビ台に近づき、父の煙草を一本拝借。
いつもテレビの上に置いてるんだよねー。
あたしはいい子だから今まで吸わなかったんだけど、もういい子を演じなくていい訳だし。
気が楽になったあたしは再び火を灯す。
次は人の髪の毛じゃなくて、煙草に。
(うん、こっちのがいい匂い)
そんな事を考えながら、味を堪能する自分。
小6のあたしに煙草の煙はすんなり馴染んで身体に溶けてゆく。
でも、なんでだろう、心に何かが溜まっていってる気がする。
煙草の灰のように、ポタポタと心を浸食し、真っ黒な自分へと作り替えていく。
『あつぃいいいいいい』
背中を突き破る嗚咽が煩い。
「ざまぁ」
ふいに出てきた言葉は今までの私からは出てこない言葉使いだった。