はじまりのはじまり
一錠口に放り込みます。
また一錠飲み込みます。
再び口に入れます。
不安が募る程、口に投げ入れて、安心させる為に薬を飲むのです。
心の傷など癒せる事もなく、ただ痛みを和らげるだけ。
その時だけの安心を得る為に飲み続けるしかないのです。
あの人から電話がかかってきました。
『貴女がいないと、もう生きていけない』
またそんな言葉の数々。
いつもの事なので慣れました。
あの人の不安を和らげる為に心理学を学びました。
あの人が暴れないように、安心する、安定剤に私がなりました。
幼い頃から、しきたりのあったあの家で、客人が来るとお茶を出していました。
『さすが、雑賀さんの娘さん、お父様がご立派だから、育ちが違うのね』
周りはそう言い続け、私を称賛し続けました。
父は特殊な仕事をしています。
人前に出るお仕事で、決して方言は出してはいけません。
テレビ局の方から、議員さん達から言われないようにする為に、自分の身を守っているのです。
しかし父は議員などではありません。
『私は、議員や市長になるつもりはない、あんな苦労はごめんだよ』
そう溜息を吐き、いつも私にある言葉を放ちます。
『かおる、お前は私とは違う道を歩きなさい。自由に生きる為に、色々なものに縛られないように』
悲しそうに呟く父は、涙を流します。
『私には耐えれそうもない、お前の母の病気と仕事と家庭と…だけど、お前の事は投げ出したりしない』
『もうつらいのだよ。壊れそうなのだよ』
項垂れる父の姿を初めてみました。
いつも自分が弱くなっては誰も守れないと言い続けていた父が吐いた初めての弱音。
幼い私には理解できなかったのです。
私の家は本家、そして父は13代目の頭領なのです。
本家を絶やす訳にはいかないと、名前を馳せ、権力を手に入れ、国会中継に出るまでの立場になりました。
今でも覚えています。新聞のトップに父が載ってた事を、テレビ中継で出ていた父の姿を。
かえるの子はかえるの子。
だから私にも同じ事が出来ると、周りは期待していました。
唯一を省いて。
皆口を揃えて言うのです。
『女じゃなくて男が産まれればよかった…』と…。
母もその中の一人でした。
泣きながら、どうしてお前は女なんだといつも怒鳴り声を出して。
『お前のせい』
と泣きながら、睨んでいました。
分かっているのです。
私が産まれたせいで、母を苦しめている事に気づいているのです。
長かった髪を自分でハサミでばっさり切りました。
スカートを履かなくなり、なるべくボーイッシュになろうとしました。
そうすると猫撫で声で、母が寄ってくるのです。
『かおる、貴女は私のもの。誰にも渡さない。私以外愛する事を許さないから』
「…はい、母さん」
震えながらそう言うしかありませんでした。
そうしないと、またあの悪夢の続きが始まるからです。
子供の私にも理解出来ていましたから。
『貴女を愛する人が出てきたら、滅茶苦茶にしてあげる。絶対に逃がしはしない』
狂ったような笑い声が家中を木魂します。
その度に思うのです。
私には自由などないと…。
(外に出たい、誰でもいいから助けて…)
心の呟きは誰にも届きません。小さな妖精さんがいれば、誰かに届けてくれるのではないか、と夢を見てしまうのです。
言葉の鎖に絡み取られ、もがいてももがいても、母から逃げる事は出来ません。
だって私はあの人のおもちゃであり、支配下であるのですから。
「大丈夫だよ、逃げたりしないから…その代わり」
私の大切な人を苦しめないで、そう言いたくてたまらなかったけど、言葉を飲み込むしか出来なかったのです。