臭い石鹸
今日のお茶会では、レックス先生が研究している、植物から採れる油の話をしてくれていた。
「そうでした、今日はこちらをお渡ししようと思って持ってきたのです」
レックス先生はそう言うと、小さな長方形の箱を机の上に置いた。
「っ!まさかこれは…」
「そうです。以前ソフィア様が仰られていたように、石鹸に植物油を加えたのもになります」
「まあ!」
実はこの世界の石鹸は臭いのだ。
なんの油を使っているのかと、小一時間問い詰めたくなるほど臭い。
以前、レックス先生が植物油の研究をしていると話した際に、植物油を石鹸に使ったらどうかと言ったことを先生は覚えてくれていたらしい。
これであの臭い石鹸ともおさらばだと、ワクワクしながら石鹸箱を開ける。
…石鹸箱の蓋を閉じる。
「レックス先生、植物油で作ったのとは違う石鹸を持ってきたのですか?」
思わずそう問いかける。
しかし、レックス先生は不思議そうに首をかしげて答えた。
「?、いえ、それが植物油で作った石鹸ですが…」
「先生、この石鹸、今までの石鹸と同じ匂いがするのですが」
思わず違う石鹸を持ってきたのかと思ってしまった程に、この石鹸は臭いのだ。
レックス先生は何も言わずに、苦笑いしている。
「もしかしなくても、この石鹸には植物油以外の油も含まれていませんか」
「ええ、今まで使っていた動物性の油も入っていますよ」
答えを聞き、思わず頭を抱えてしまった。
レックス先生はそれがどうかしたのかという視線を送ってくる。
どうしたもこうしたも臭い石鹸の原因となるものが入っているのに、石鹸がいい香りになる訳が無い。
そこでレックス先生に新たな提案をしてみる。
「では、油を全部植物油にして石鹸を作ってみてはいかがでしょう?あっ、その際に際に精油を加えて、香り付けするのもいいかもしれませんね」
「全部植物油にして、さらに精油を石鹸に入れるのですか?…それはあまりにも費用がかかるのでは?」
実は、例え臭い石鹸であってもこの世界では高級品で、貴族や一部の裕福な平民しか使えないと言われている。
今回、植物油だけで石鹸を作らなかったのは、植物油は動物性油よりも値段がお高いものだからだったらしい。
「ええ、今までの石鹸よりは費用もかかりますし、売り出すとしたら元来の石鹸よりも更に高額になるでしょう」
だったら何故そんな提案をするのかという目を向けてくるレックス先生に、いい香りの石鹸を使いたいという気持ちを胸に話し続ける。
(くらえ!短大時代にプレゼンの鬼と言われた私のプレゼンテーション!!)
「しかし、たとえ高価なものであっても、質がよければ需要は高まると思います。今までにない、臭くない石鹸でさらに植物油や精油には、色々な美容効果があります。それが知られれば、美容に気を使う女性からの需要が見込めるのではないでしょうか。さらに、精油で香り付けをすることで、香水を付けるより自然な良い香りを纏うことができます。きっと女性に人気が出ると思います!」
一気に話終えると、一息つくために紅茶を啜る。
(あっ、いつの間にか暖かいお茶に変わってる)
プレゼンに熱中しすぎて気づかなかったが、話をしている間にアンナが紅茶を、入れ直してくれたみたい。
(アンナったら流石ね。侍女の鑑だわ)
アンナが入れてくれた紅茶を楽しんでいると、暫く手を口元にあて考え込んでいたレックス先生が口を開いた。
「なるほど、確かにそれなら値段は高くても需要は見込めるかもしれませんね。…ところで植物油や精油に含まれる美容効果とはなんでしょう?今まで研究してきた中でそのような話はなかったのですが」
レックス先生の思いもよらない質問に紅茶を吹き出しそうになる。
(やばい!この世界では植物油や精油には色々な効能があるって知られてないんだ。でも、私も植物油になんて詳しくないしなー。…なんて誤魔化そう)
答えに窮していると、レックス先生はさらに追及してくる。
「ソフィア様は植物油や精油の効能についてどこでお知りになったのですか?」
先生の目はキラキラと輝いている。
(そんな純粋な目で私を見ないでーーー)
「えっと、ネッ……、ほ、本です!本!何かの本で読んだ気がします」
「それはどのような本でしたか?」
「も、申し訳ありません。よく覚えておりませんわ…」
「では、どのような効能が書いてありましたか?」
「そ、それも覚えておりませんの…」
苦し紛れにそう答えると、レックス先生は「植物油や精油に関する文献は一通り読んだと思うのですが」とぶつぶつ言いながら、お茶会をお暇するお伺いを立ててきた。
研究所に戻って植物油と精油の効能についての本を探すらしい。
(転生の神様、どうか効能についての本が本当にありますように!)
プレゼンの鬼ってなんでしょうね…