閑話 父の思い
お父様、初めて喋ります。
6歳になったばかりの愛娘ソフィアが倒れたと連絡を受けたのは、城の政務室で仕事をしていた時だった。
私は、連絡を受けて直ぐに屋敷へと戻った。ソフィアの部屋に着くとソフィアは熱に魘されていた。
なんでもソフィアは、専属侍女の静止を振り切り使用人区域の庭に行き、そこで倒れたというのだ。
医者に診てもらったところ、興奮のあまり熱が出て倒れたのだろうとのことだった。
それを聞いた時、ソフィアならやりかねないと思った。
ソフィアは一般的な貴族令嬢とは違い、好奇心旺盛で少々元気すぎる所がある。
ある時は、「お空の雲が食べたいの」といい、木に登って雲を掴もうとして木から落ちそうになったり、またある時は、庭にいた蛙に興味を持ち、ドレスの裾に10匹ほど隠したまま夕食を食べて、食事中に蛙が飛び出して大騒ぎを起こしたり、更には、王城内を探検と称して走り回って、城の柱に頭をぶつけて気絶したりしてきた。
ソフィアが他の貴族共から、「貴族として失格だ」と陰口を叩かれていることは知っている。だが、ソフィアの行動を改めさせようとは思っていない。平民の子ども達のように、子どもとして沢山遊んで、沢山のことに興味を持つことは良いことだと私は考えている。
ソフィアの母で私の妻であるアリシアは、世間から『野猿』と呼ばれている我が子を心配して、もう少し落ち着いてくれたらと思う気持ちはあるようだが、今のところは私の意見に賛成してくれている。
苦しそうに魘されているソフィアの頭を撫でていると、部屋へアリシアが入ってきた。
「お話があります」
そう告げるアリシアの神妙な面持ちを見て、これは重要な話だと気持ちを引き締める。
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サロンへと移動した私たちは、向かい合って話をしている。
「アンナがあの子の件での責任を取って退職すると申し出てきました」
アンナと言うのは確か、ソフィアが倒れたとき一緒にいた専属侍女である女性である。
「まあ、妥当な所だろうな」
私がそう答えるとアリシアは憂いた表情を浮かべながら微笑んだ。
「ええ、勿論そうだと思います。…しかし、ソフィアにとって心から慕っている侍女が
この様な形で居なくなることには耐えられないのではと思うのです」
確かにそうだ。ソフィアは優しくて純粋な子である、きっと自分を責めるだろう。
「…だが、何の沙汰もないままでは他の使用人に示しが付かないぞ」
「勿論アンナには相応の罰を下します。しかし、解雇はしません。今回の件はソフィアにとって、貴族というものを知るいい機会になると思いますの」
そう言って微笑んだ妻の顔は、母として、貴族の女性として、覚悟を決めた顔をしていた。
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それから2日後、ソフィアが目覚めたとの連絡があった。
慌てて部屋へと駆けつける。
扉を開けようとした時に、アリシアから引き止められる。
「旦那様。約束、覚えておいでですね」
早く娘の姿を見て安心したいと思いながら、早口で答える。
「あぁ、今日はソフィアを甘やかさないし、何も言わずに全てお前に任せるさ」
「でしたらその締まりのないお顔、しっかりと引き締めてください」
アリシアに言われて、自分が心配そうな表情を浮かべていることに気づいた。
(いかん、いかん。これは、ソフィアの将来のためだ。気を引き締めないと)
無表情の仮面を張り付けて、愛しの娘へと会いに行く。
ソフィアの姿を見た瞬間、抱きしめそうになる衝動を、眉間に皺を寄せて耐える。
(あぁ、うちの子めちゃくちゃ可愛い)
アリシアの話し中、泣きだしそうになるソフィアを抱きしめたくなる衝動に、さらに皺を深くして耐える。
(ソフィア…可哀想に。…お父様が今すぐ慰めてあげたいよ…)
アリシアの話が終わり、共に部屋を出ていく際に、堪らずソフィアを抱きしめてしまったが、大方、及第点の出来であった。
扉を開けると、扉の前に心配そうにアンナが立っていた。
アリシアが「貴女の顔を見せて安心させてあげなさい」と言うと、一礼して室内へと入って行った。
彼女は半年間、3分の1への減給という罰を受けることとなった。幼い弟妹も多く、体の弱い母親のために仕送りをしている彼女にとっては重い罰である。
しかし、彼女は「お嬢様の傍で働くことを許して頂ける、寛大なご処分ありがとうございます」と言って心から笑っていた。
お父様はソフィアが大好きです。
次回、ソフィア、弟に会います!