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異世界帰りのパラディンは、最強の除霊師となる  作者: Y.A


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第十九話 新しい生活の始まり

「まさか、安倍一族のみならず、他の有力な除霊師一族でも手が出せなかった戸高備後守の悪霊の除霊を、ポッと出の高校生除霊師が成功させるなど……」


「戸高備後守よりも厄介な悪霊と化した先代当主もだ! 二体の悪霊を同時にだぞ!」


「我ら安倍一族の弱体化は深刻だ」


「それよりも、これからどうするのだ?」


「どうするというと?」


「次の当主を決めねばなるまい。同時に、我らは前当主の死亡で色々と不都合が出ておる。戸高ハイムの除霊を成したのが、安倍一族の除霊師ではないなどと外部の連中に知られでもしたら……」


「他の除霊師一族からなにを言われるか……」


「安倍一族の力が落ちてしまうぞ」


「なんとか、我々がやったことにしなければ……」


「手柄を奪うと言うのか? その若造から?」


「菅木議員が現場にいたのだ。それは難しい」


「では、金で解決するか?」


「その手も考慮せねばなるまい」






 お父さんの言うとおりになった。

 私が事件の顛末を報告してから始まった長老会議では、いかに戸高ハイムの除霊を安倍一族が行ったかのように見せるか、それが一番の議題となっていたからだ。

 他の除霊師の手柄を奪うなど、もし安倍一族がやったと知られたら、それこそ他の除霊師一族たちからバカにされ、その地位は大幅に低下してしまうであろう。


 それにここを乗り切ったところで、安倍一族の苦境は変わらないのだ。

 当主であった父と、その他数名の除霊師たちの死を隠すことなどできず、隠すどころか次の当主を決めなければいけないのだから。


 今回のケースだと、その昔お父さんに当主争いで破れた長老の誰かが繋ぎで就任するしかないと思う。

 私を含めて若い世代は、まだ経験、実力が不足しているからだ。

 お父さんがあと二~三十年は当主を続けるのが前提だったので、思わぬ計算違いだったというわけだ。

 繋ぎの当主が頑張っている間に、若い世代の台頭を待つといった感じであろう。


「(だけど……)」


 若い世代で将来有望とされた私たちは、残念ながらこのままではお父さんにも永遠に及ばないと思う。

 安倍一族の除霊師たちの弱体化がさらに進み、長い目で見れば安倍一族の将来は前途多難なのだ。

 

 他の古い除霊師一族にも似たような傾向があるそうで、実は現代で有名な除霊師たちのかなりの割合が、一般人の両親から生まれた人だったりする。

 実は、遠い先祖に優秀な除霊師がいて……というパターンが大半らしいけど。

 霊力と遺伝との関係は深いのだが、必ず次世代に受け継がれるということもないのだ。

 むしろ、数代に一度大物除霊師が出る家系などという家もあるそうだ。

 十数代に一人偉大な除霊師は出るが、あとは霊力の欠片もない家系もあると聞く。

 霊力に遺伝は関係あっても、そうそうサラブレッドのようには上手くいかないわけだ。


 安倍一族は、これでもマシな方と言える。

 それだけ初代晴明の力が強かったのであろう。


 もっとも、そのせいか安倍一族の長老たちはぽッと出の除霊師に厳しい。

 先祖に除霊師がいたから霊力が強いというのに、『どこの馬の骨とも知れない奴』だとバカにすることが多かった。


 なお、広瀬君は亡くなったお祖父さんが優秀な除霊師だったので、長老たちも馬の骨扱いはしていなかった。

 『ポッと出の除霊師』扱いはしているけど、馬の骨よりはマシ……少なくとも、長老会の連中はそう考えていた。

 どうも広瀬君のお祖父さんが生きていた頃にも、彼により安倍一族が出し抜かれたことがあったそうで、あまりいい印象は持っていないようだけど。


 その孫の手柄を奪おうとしているので、以前よほど恥をかかされたみたいだ。

 きっと広瀬君の時のように、自分たちが除霊できなかった悪霊を、広瀬君のお祖父さんに除霊されてしまったとかだろう。


 お父さんに詳しい事情を聞いておけばよかったかも。

 

 どうしようもない人たちだけど、安倍一族や古い除霊師一族の知識、経験、組織力が日本のためになっていないということもなく、こんな人たちでも必要なのだと思うしかない。

 いきなり消えてしまえば、それはそれで日本の除霊環境が大きく悪化してしまうのだから。


「失礼します。お客様ですが」


「長老会議中だ。あとにしろ」


「それが、菅木議員でして……奥村議員も一緒です」


「わかった。ここに案内してくれ」


 まさか、ここで菅木議員が顔を出すとは……。

 独自に広瀬君に戸高ハイムの除霊を依頼し、最初長老たちは、広瀬君を菅木議員の我儘の犠牲者だと同情していた。

 ところがその広瀬君が、あっさりと戸高ハイムを除霊してしまった。

 長老たちからすれば、自分たちを出し抜いた菅木議員はやはり敵というわけだ。


 よくここに来られるなと思ったけど、奥村議員もいるから問題ないのか。

 元々戸高ハイムの除霊は、自分たちの派閥に今度選挙に出る予定の戸高家の息子を入れるため、安倍一族と縁がある奥村議員が仲介したというのもあった。


 それを引き受けた結果がこの様なので、長老たちは顔を出した奥村議員にも微妙な表情を向けていた。

 でも、除霊を決めたのは長老会なので、この人たちは年のせいか、過去の都合の悪いことはすべて忘れられるのであろう。

 ある意味、羨ましい性格をしているとも言える。


「奥村議員、菅木議員、我々は忙しいのです」


「貧乏くじを引かせる、次の当主決めで揉めているのかな?」


「菅木議員!」


 この人、これまで安倍一族とは懇意ではなかったにしても、随分と大胆な物言いね。

 確か、広瀬君のお祖父さんと仲がよかったという情報だから、安倍一族とは折合いが悪く、だから配慮の欠片もない物言いなのかもしれない。


「前当主よりも力が劣る奴がなるしかないのだ。前当主ですら、当主なのに絶大な力を持たぬがゆえ長老たちの決定に従わざるを得ず、彼は非業の最期を遂げてしまった。次の当主は、前当主よりももっと除霊師としての力がない。ますます当主のお飾り感が増すな」


 菅木議員、そういえば除霊師にはなれないけど、多少霊力があるとか。

 だから、広瀬君の実力を見抜いたのね。

 そして、安倍一族の弱体化もお見通しというわけか。


「菅木議員、ここで喧嘩を売るつもりか?」


「まさか。事実を指摘しただけだよ。奥村議員、お前さんもよくあんな性質の悪い悪霊の除霊を依頼したものだな。お前さんの派閥のリーダーである飯能議員も怒ったであろうに」


「はい……」


 自分の派閥に入れる予定である立候補者に配慮して、戸高ハイムの除霊などという無茶を安倍一族に依頼し、結果的に当主以下数名を死なせてしまった。

 派閥の長である飯能議員からすれば、力のある安倍一族に隔意を抱かれたわけで、奥村議員に激高して当然というわけだ。


 できもしない陳情を受け入れてくるなと。

 

「そんなに戸高家のバカ息子を議員にしたいのか? ワシに隠れて」


「いえ、そういう意図では……」


「ここはワシの選挙区だ。同じ与党でも、本当に油断ならないな。まあ、結果的にはそう悪くもないか」


 菅木議員が依頼した除霊師により……広瀬君のことだけど……、無事戸高ハイムは除霊された。

 市の中心部にある新築の高層マンションが立ち入り禁止となり、周辺の雰囲気が悪くなることを防げた。

 戸高市からすれば、もしこのまま除霊も再封印もできなければ、市の中心部が寂れてしまい、過疎化が進み、地価が大幅に下落する危険もあったのだから、菅木議員と広瀬君たちに感謝して当然というわけだ。


 成功していたはずの、戸高家当主の親戚が経営していた戸高不動産も、戸高ハイムの件で倒産してしまった。

 菅木議員としては、戸高家の人間がここを地盤に選挙に出ようとした出鼻をくじけたわけだ。

 奥村議員からすれば、自分の目論みが外れたばかりでなく、自分の派閥と安倍一族との関係が悪化してしまい、まさに踏んだり蹴ったりであろう。


 完全に自業自得だけど。

 それにしても、菅木議員はよく奥村議員に怒らないものね。


「さて、ここでワシから提案がある」


「提案ですと?」


「ああ、今回の戸高ハイムにおける除霊の手柄。安倍一族に渡してもいいぞ」


 さらに菅木議員は、奥村議員と安倍一族に助け舟まで出した。

 いったい、どういうつもりなのであろうか?


「どういうつもりです?」


「今回、戸高備後守と安倍清明の悪霊を除霊した広瀬裕だが、ちょっと事情があってあと数年は戸高市周辺から出られないはずだ。単発の仕事は別としてな。あの手柄があると、そうは特例を認めない日本除霊師協会でも彼をA級にしてしまう。違うか?」


「でしょうな」


 今いるA級除霊師で、戸高備後守の除霊をできる人なんていない。

 いないから、安倍一族が来るまであのままだったのだ。

 ところが、お父さんですら駄目だったのに、広瀬君は容易く除霊を成し遂げてしまった。

 きっと日本除霊師協会も、特例で彼をA級除霊師にすると思う。


「裕の祖父の剛もそうだった。そういえば、三十年ほど前にも、お前さん方やその先代が剛に出し抜かれておったな」


 やはり長老たちは、広瀬君のお祖父さんに除霊で出し抜かれたことがあるうようだ。

 過去を思い出したのか、みんな一様に渋い表情を浮かべている。

 そんな人の孫だから、広瀬君が優れた除霊師でも不思議はないわけね。


「当然、無料ではないよな?」


「当たり前だ。裕はお前たちの尻拭いをし、さらに手柄まで譲ってやるのだ。今の安倍一族には名が必要であろう? なによりもな」


 新当主の手柄とすれば、お父さんの失敗を補えるというわけね。

 でも、それには実を譲る必要があると。

 

「裕には、実をやってくれ。小切手を出してくれるかな?」


 そう強い口調でもないのに、菅木議員が命令するかのように言うと、長老の一人が小切手帳を差し出した。

 随分と用意がいいじゃない。

 初めから、金で解決するつもりだったとか?

 

「好きな金額を書いてくれ。別に一円でも構わないが……まさかあの安倍一族が、自分たちの失態をなかったことにしてくれた彼に対し、その金額が報酬だと言えるとはワシは思わないな」


「「「「「……」」」」」


 今差し出した小切手に好きな金額を書けばいいと菅木議員は言うけれど、ここで下手に安い金額など書いたら安倍一族の名声は地に落ちるはずだ。

 なぜなら、これから菅木議員が戸高ハイムの除霊は安倍一族だと工作するのだから。

 安い金額なら、露骨に手を抜かれて、この国の権力者や金持たちに安倍一族は鼻で笑われることになる。


 具体的な金額を言われた方が楽なはずよ。


「これでいいか?」


「この金額か? なるほどなぁ……」


「菅木議員、なにを言いたい? 我らとしては、精一杯の額なのだ」


「左様、今回の件では金銭的な損失も大きく……」


「企業・金融部門から苦情も出ているのだ」

 

 さすがに端金にするわけにいかず、その小切手にはなんと十億円という金額が記入されていた。

 菅木議員は、誰が見ても『安いな』といった感じの表情を浮かべていた。

 それにしても、長老会の連中はバカなのかしら? 

 今の安倍一族の苦しい内部事情を菅木議員に教えたって、不利になるばかりで意味はないというのに……。


 むしろ、恥の上塗りよ。


「菅木議員、なにが言いたいのだ?」


「ワシはこう思うのだ。戸高ハイムを除霊したという手柄。これがなければ、安倍一族の大幅な衰退や、最悪没落も避けられなかった。つまり、その小切手に書く金額は、今の安倍一族の価値ということになる。なるほど、今の安倍一族の価値は十億円程度なのか。ワシはもっと高いと思っていたんだが、当事者たちがそう言うのであればな。仕方がないか」


「「「「「……」」」」」


 菅木議員、随分と意地悪な言い方ね。

 プライドが高い長老会の連中には耐えられないでしょうね。


「まあ、この金額だと言うのであれば、それでも仕方があるまい。裕にとって大金であるのは事実だからな。邪魔したな……」


「待て!」


 菅木議員が十億円の小切手を懐に仕舞おうとすると、長老の一人がそれを制止した。


「金額の変更か? だったら早くしてくれ」


 菅木議員は、最初の小切手をバラバラに千切ると、この展開を予想していたかのように新しい小切手への記帳を長老たちに促した。

 この人、この本当に意地悪ね。


「我らにも安倍一族の立て直しという仕事がある。これ以上は……」


 長老の一人が、渋々といった表情で新しい小切手に金額を書いた。

 そんなに嫌そうな顔をしないで、何食わぬ顔で書いて渡せばいいのに。

 本当、菅木議員と比べると小物なのね。 


「まあ、こんなものかな。今、安倍一族に潰れてもらうと困るのでな」


 もう一度小切手を見ると、そこには五十億円と金額が書き直されていた。

 依頼料十億円の除霊の尻拭いと手柄を譲るのに、合わせて五十億円かぁ……。

 正直なところ、妥当な金額かどうかもわからないわね。


「では、そういうことで」


 こうして、公式には戸高ハイム除霊の手柄は安倍一族のものになると決定した。

 実はやり方によっては、広瀬君の報酬を一円にしてもいくらでも言い逃れはできるのだけど、安倍一族にもまだプライドが残っていたようだ。

 五十億円は大金だけど、安倍一族からすれば支払えない金額ではない。

 さすがに、口止め料をケチるような真似はしなかったわね。 


「毎度あり。では、ワシはこれで」


 五十億円と記載された小切手を懐に仕舞うと、菅木議員は部屋から出ていった。

 奥村議員も一緒だけど、彼は本当に目立たなかったわ。

 議員としての実力、格が違いすぎるのね。


「広瀬裕か……」


「そういえば、我が安倍家の分家に『広瀬家』はあるぞ」


「遠縁なのか?」


「調べてみよう。広瀬剛の先祖から探ればわかるだろう」


 戸高ハイムの件がどうにか取り繕えるとわかった瞬間、今度は広瀬君の囲い込みか……。

 できるかどうか怪しいところだけど、ここはお父さんの遺言に従って私も安倍一族と少し距離を置かないと。


「よろしいですか?」


「どうした? 涼子」


「私は、広瀬君と同じ学校に転入して、同じクラスです。暫く、彼を監視する任務に志願します」


 広瀬君を監視するという名目で私も戸高市に残留すれば、暫くは私もあちこち除霊に赴かないで済む。

 除霊師として経験を積むには不利だと見せかけつつ、どうにか広瀬君に修行をつけてもらいたいわね。

 こう、手取り足取り教えてもらって、そこから……わっ! 私は、なにを考えて!


「おほんっ、もし広瀬君を安倍一族に迎え入れるのであれば、ここにちょうど同年齢の女性がいます」


 そう、私が広瀬君の婚約者候補ということにしておけば、私が広瀬君の傍にいるオフィシャルな理由が二つになる。

 安倍一族の長老たちも、そう易々と広瀬君にちょっかいはかけないはず。

 これはいいアイデアね。


「涼子は、清明の娘だからな」


「除霊師同士。きっと優秀な霊力を持つ子供が生まれますとも」


 広瀬君の実力を考えると、その子供や孫くらいまでは優秀な除霊師が生まれるはず。

 だって、あのお父さんが初代晴明より上かもしれないと太鼓判を押すのだから。


「わかった。正式に広瀬裕監視と、できれば篭絡の任務を与える」


「了承しました」


 知っているわよ。

 あなたの息子も当主候補だから、どうにか私を蹴り落としたいと願っていたのを。

 だから私を、力をつけられる除霊の前線から外したかった。

 でも私からすれば、広瀬君の秘密を探った方が、よっぽど優れた除霊師になれる近道だと確信したのだから。


「早速任務に赴きます」


「頼むぞ」


 こうして私は、戸高市に残ることになった。

 広瀬君の傍で彼を探るフリをしつつ、彼から手取り足取り教わって、私も一人前の除霊師になるのだから。

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