第百五十四話 呪術師
「裕君、ごめんなさいね」
「涼子が気にしなくていいよ。こんなバカな提案をした安倍文子の神経がどうにかしているんだから。ねえ、柊隆一さん」
「耳が痛いが、広瀬君の意見は正しい。今回私が来たのは、彼女が直接君と涼子さんと顔を合わせたところで、ろくなことがないからだ。間違いなく広瀬君に対し、安倍一族の当主就任要請と、自分の娘である水穂との結婚を勧め、涼子さんには『髪穴』を返せと言うだろう」
「もう終わった話だと思っていましたが……」
「彼女は、終わった話をわざわざ蒸し返しているんだ。しかも、安倍一族の中に彼女を支持する連中もいる。困ったものだ」
放課後。
除霊師高校の第四会議室において、俺と涼子、安倍一族執行部長の柊隆一との間で話し合いがもたれていた。
その主な内容は、涼子が安倍清明より受け継いだ『髪穴』についてだが、本来それを受け継ぐのは彼の正妻である安倍文子か、息子清次、娘水穂であると。
法律的に言うと間違ってはいないのだが、除霊の世界で法律どおりにすると上手くいかないこともある。
除霊に携わる者ならそこを斟酌しないとやっていけないのだけど、安倍文子はそれを理解していないのか?
「それをなんとかするのが、執行部長なのではないですか?」
「まったくの正論だがね。ここにきて当主を置かなかったツケがきたのかも」
歴史ある安倍一族に当主がいないなんてことは、過去に一度もなかった。
執行部長がナンバー1である事実に違いはないが、当主ではないので一族のコントロールが甘くなるのであろう。
「柊さん、あなたが当主になってしまった方がいいのでは?」
「残念だけど、私が当主になったら一族はさらに揉めるよ。今の安倍一族の問題は、当主に相応しい優れた除霊師がいないことに尽きるのだから。色々と問題があった、父、長老会だけど、当時は最低限優れた除霊師として認められるだけの実力はあった。だけど岩谷彦摩呂によって謀殺され、さらに彼によって、将来当主になれたかもしれない有望な若手が多数巻き込まれ自滅した。除霊すると霊力が上がる現象のおかげで、あと数年待てば当主に据えても問題ない一族の除霊師が育つはずだ。だが、それでは安倍文子には都合が悪いのさ」
「安倍文子は、さすがに自分が当主になろうとはしていないようですね」
「ふんっ、霊力に目覚めたとはいえ、怨体の浄化すらしたことがない彼女が当主になろうとしたら、一族から総スカンさ」
「だから、安倍晴明の子孫であることが判明した裕君を外部から当主として受け入れ、その妻に水穂をですか。あの子、まだ中学二年生ですけど……」
「今は婚約という形にしておいて、十六歳になったら結婚させる。世間では理解できない話だけど、除霊師の一族ではね……。賀茂一族も、分家から優れた養子を迎え入れて、現当主の小学生の娘と婚約させているのでね」
「ふへぇ、古い家って凄いね」
あの賀茂俊って、婚約者がいるのか……。
しかも、現在小学生って……。
あっ、俺も銀狐から……ああ、あの子は数百歳だった。
「今の世の中では、なかなか理解してもらえない考えさ。でも、優れた除霊師がいなくなると世間が困るから、なにを言われようと続けるしかない」
「だから、俺に顔も見たことがない女子中学生と婚約しろと?」
「いや、岩谷彦摩呂に与しなかったり、まだ除霊できる年齢に達していないが、死霊王デスリンガーの影響で霊力に目覚めた子供も多い。十年待てば、当主に相応しい若者が出てくるんだ。私が執行部長として粘れば、安倍一族も大分マシになる。安倍文子のやり方に賛成する理由はないな」
「あの人、まず組織運営とかに向いていないと思いますけど。そんな頭もスキルもないでしょう」
「そうなのか? 涼子」
「典型的なお嬢様で世間知らずで、一応安倍一族関連の会社に籍を置いていたけど、ちゃんと仕事をしていたわけでもなくて。専業主婦みたいなものだったから……」
「安倍一族を裏から支配しようとする、世間知らずの専業主婦か……」
「でも、血筋は直系に近いから、影響力がないわけでもないんだ。特に、多くの除霊師が死んでしまった安倍一族ではね。懸念だった霊力も身に着けたから」
安倍一族の本家筋……これはあくまでも、血筋のみで判断したことだが……の女性で、だから傍流ながらも優れた除霊師だった涼子の父親と結婚した世間知らずのお嬢様。
安倍文子とは、そんな感じなのかな?
「霊力に目覚めたのなら、せめて浄化くらいすればいいのに……。浄化すら厭う人が当主の義母として君臨? 相変わらず世間知らずなんですね」
「人間はそう簡単に成長はしないかね。だからこそ、そんな彼女なら操りやすいと、 支持をしたフリをする一族もいるというわけだ。彼らの実力はお察しレベルだからこそ、胡乱な手を用いて権力を握ろうとするのだけど」
優れた除霊師になり、自分が安倍一族の当主になる道は諦めているのか。
それよりも、当主となった俺を後ろから操ろうとしている安倍文子をさらに後ろから……。
「俺って、軽い神輿だと思われているんだな。にしても、随分と胡乱な手を……。古い一族には妄想が好きな奴が多いな」
「私もそうですけど、あの安倍晴明の子孫ですからね。自分の実力を高く見積もりすぎるようです。広瀬君を傀儡にするなんて無理に決まっているのに、それが理解できない。いや、したくないのか……」
救いは、柊隆一には現実が見えている点か。
「残念ながら、安倍文子、清次、水穂と、彼女たちを支持する一族のパージが将来必要になるでしょう」
「また安倍一族が縮むね」
「仕方がないです。 あの親子三人は、霊力に目覚めているからもったいない。そうでなくても、安倍一族の除霊師は大幅に減ってしまったのだから、貴重な除霊師は大切にしないと。上手く話し合えば、きっと向こうも理解してくれるはず。という意見は当然出ますが、それをしようとして無様な最期を迎えたのは、父と長老会です」
そういえば、この人は前当主安倍星冥の息子だったな。
確かに、この非常時にみんなの話なんて悠長に聞いていたら、状況が悪化するばかりだ。
「次の当主へバトンタッチするまで、私が嫌われ役を続けるしかないのです」
それができる人は非常に少なく、覚悟してそれをやろうとする柊隆一は 優れた組織運営者なのだと思う。
霊力は、以前は涼子にさほどでもないと言われていたけど……。
「(あれ? うちの学校のイケメン五人とそんなに違わないのでは? 空いている時間に除霊を多数こなしているようだな)」
なんか、この人が当主でもいいような気がしなくもない。
だが柊隆一にとって、妥協の産物で当主となり、そのせいで無念の最期を迎えてしまった父親の件はトラウマなのかも。
「もし安倍文子から『髪穴』の返還を要求されても、突っぱねてください」
「当然ですね」
『髪穴』は、涼子にとって父親の形見でもある。
彼女もそう簡単には渡さないだろう。
実際、今度改良を施して性能をアップさせる予定だからな。
「そもそもその三人の霊力では、今の髪穴も使えないのでは? 霊力測定マシンの数値はいくつなのです?」
「120、100、90です」
「使えないじゃん、『髪穴』」
俺たちが大量に修理、改良して市場に流している霊器だけど、実は性能が悪い方から出している。
どうしてかと言うと、優れた霊器は霊力が多くないと使いこなせないからだ。
霊力が低い除霊師が高性能な霊器を持つと、それだけですべての霊力を吸われて気絶してしまう。
霊力が10以下の人は、そもそも触れないからな。
「その霊力量で髪穴に触れると、一瞬で気絶します。彼女たちに返還する意味ないけどなぁ」
もし『髪穴』を返してもらえたとして、どうするつもりだったんだろう?
床の間にでも飾るのかな?
霊器って、使ってナンボなんだけどなぁ。
「美術品や工芸品が欲しかったら、骨董品屋にでも行けばいいんじゃないですか?」
「彼女たちは、突然以前の涼子さんよりも霊力が多くなった。だから根拠のない自信を持っても、私はおかしいとは思わないな。もし安倍一族に現実が見える人間しかいないのであれば、今私が執行部長なんてやっていないさ」
「そうでしょうね」
安倍一族が衰退したのは、他の除霊師一族と争って多くを討たれたなどの外因的な理由ではない。
岩谷彦摩呂の扇動に乗ってしまい、勝手に自滅しただけだ。
なるほど確かに、安倍星冥の次の当主が柊隆一になっていれば……。
親の欲目だけではなかったんだな。
「広瀬君、以前の私の霊力では、やはり誰もついてこなかったはずだ。やはり除霊師は、除霊をしてナンボなんだよ。安倍一族の衰退は誰にも防げなかった。イフはないのさ。ないからこそ、安倍文子の企みは必ず防ぐ」
「あの人たちを分離独立でもさせたらどうですか? 元祖安倍一族とか、本家安倍一族とか名乗らせて」
涼子の言うとおり、パージした安倍文子たちが勝手に安倍一族を名乗ったところでまず除霊しろよって話になるし、できなければ独立した意味がないからな。
俺を当主にしようにも、久美子たちを掻い潜って俺に会うのは難しいだろう。
特に涼子は、彼女たちが大嫌いなはず。
もし涼子と安倍文子たちの関係が良好だと思う奴がいたら、病院に行くことを勧めると思う。
「涼子君、京都の八ツ橋屋じゃないんだから。除霊すらしたことがない彼女に、除霊師一族の運営や統括は不可能さ」
「適当な霊器でも渡して、まずは除霊でもさせたらどうです?」
「除霊ねぇ……。安倍文子はもういい年だし、生まれがお嬢様なのでね。そんな野蛮なことはできないとか言いつつ、実は怖いからやらないだろう。彼女の父親は早世したのだけど、教育を誤ったんだろうな」
「それで、安倍一族を裏から操るんですか? そういう人は、せめて浄化ぐらいはできた方がいいと思いますけど……」
「安倍文子のバラ色の未来の中には、汗をかいて除霊師として腕を上げるとか、 勉強して安倍一族を上手くマネジメントするなんて考えはないんだろう。当主になった広瀬君に、義母になった彼女が我儘を言えば、広瀬君は決して断らないはず。そして、安倍一族や日本の政財界のお歴々が、優れた安倍一族当主となった広瀬君の義母である自分に頭を下げると思っているんだろう」
「お花畑ですね。相変わらずあの人は。父の葬儀の時もそうでした」
「喪主なのに、葬儀でなにもせずに一族に丸投げして、香典と遺産の額に喜んでいたような人だ。できることなら、一秒でも早く安倍姓を名乗れないようにしたい気分だね。難しいけど」
安倍文子本人が、安倍姓が嫌で変更したいのならともかく、むしろ利用価値があると思っているからな。
絶対に安倍姓を捨てないだろう。
「ところで、今日はどのような用事なのでしょうか?」
「我々としては、安倍文子親子は広瀬君たちに害がないよう、一日でも早く処分なり、追放したいし、そのように動いている。だが、これがなかなかに難しい。そして、安倍文子は涼子君を憎んでいる。殺したいほどに。さらに、彼女には多額の遺産がある」
「もしや、涼子に殺し屋を差し向けた?」
「いや、それならブタ箱にぶち込んでやるんだが、厄介なことに呪術師を雇ったんだ。それも腕がいい」
「呪術師ですか? 厄介ですね」
「そうなの?」
俺も呪い屋の類は知っているが、新人C級除霊師の頃の知識は創作物の中から一歩も出ていなかった。
呪術師なんて、除霊師でもそう滅多に関わり合いがある連中ではないからだ。
人を呪い殺すにはとてつもない技術と手間が必要で、政治家でもよほどの大物ではないと雇えない。
と、前に菅木の爺さんが言っていたな。
向こうの世界でも、大物貴族が呪い屋に大金を積んでライバルの貴族を……なんてところを実際に見たことがあるけど、当然相手も呪い屋を雇って防戦してしまうわけで……。
双方の呪い屋の力が均衡してしまったら、ライバルを殺そうとしていた貴族は金だけ使って大損した、なんてつまらない結果になってしまう。
呪いの類は効果が出るまでに時間がかかるし、呪い殺される側もかなり早く気がついてしまう。
呪いを防ぐ呪い屋を雇う、時間的な余裕は十分にあるのだ。
結局その貴族は、ライバルを呪い殺すことに失敗した直後、領地に死霊軍団が来襲して滅んでしまったな。
呪いって、本当に手間がかかって、成功率も低くて効率が悪いんだよなぁ。
なんか陰湿で、俺も好きじゃないし。
呪術師を好きな人なんて、まずいないと思うけど。
「そんなに簡単に人間を呪い殺せたら、世の中死人だらけになってしまいますからね」
「ただ、腐っても安倍一族なので、かなりの凄腕を雇ったとか。 ターゲットは言うまでもなく……」
「涼子か。呪い殺せれば、殺人の罪に問われることはないですからね」
今の警察が、他人を呪い殺した人を逮捕することはできないかな。
もし運良く逮捕できても、裁判で負けると思う。
呪いも霊と同じで、信じていない人が多くいるのだから。
「うーーーん」
「裕君? どうかしたの?」
「涼子、ちょっと失礼」
俺は、彼女の首筋に手を回し、あるものを引き剥がした。
「イモ虫?」
「これは、呪術師が霊力で作った呪虫だな。あの……広瀬君は大丈夫かな?」
「随分とひ弱な呪虫だなぁ、これ。危なくはないですね」
呪いで相手を殺す方法の一つに、呪い屋が自分の霊力で作った呪虫をターゲットに貼り付ける方法がある。
呪虫はターゲットの首筋から精気を徐々に吸い取り、病気にかかりやすくしたり、衰弱死させることができるのだ。
ただし、とても時間がかかるけど。
「この程度の呪虫だと、数ヵ月はかかるでしょうね。こんなんで凄腕なんだ……」
向こうの世界で王族や貴族に雇われた呪い屋たちは、もっとヤバイ呪虫を出してターゲットを呪い殺そうとしていたけどな。
それでも、数週間はかかるけど。
それに比べるとこいつは……。
「造形のセンスもないな」
俺はそのまま、呪虫を指で潰してしまった。
破壊された呪虫は霊力でできているので、潰すとすぐに消滅してしまう。
「広瀬君、呪虫に触れると、呪いのターゲットがその人に移ってしまう……前に潰されてしまいましたね」
「裕君、呪術師の呪虫を消滅させられるなんてさすがね」
「そうかな? 大した呪い屋とは思えなかったけど」
「それは、裕君が凄腕の除霊師だからよ。あっ!」
「涼子さん、どうかしましたか?」
「呪虫を消されてしまうと、それを出した呪術師に反作用が……」
「そうでしたね」
「俺も忘れてた」
今のように呪虫を消滅させられてしまうと、それを作った呪術師にかなりのダメージが行くのだ。
呪虫は、自分の代わりにターゲットを呪うもの。
それがダメージを受けて消滅させられると、呪術師本人が甚大なダメージを受けてしまう。
呪い返しの一種とも言われることが多い。
「無造作に指で潰したから、呪術師に結構ダメージが行くかも。まあ、呪い屋に同情の余地はないけど」
「自業自得なので仕方がないですが、問題は黒幕である安倍文子にはダメージが行かないことですね」
「あの人、基本的に懲りない人なので、また呪術師を雇うと思います。ただ、お金の無駄ですね……」
「常に広瀬君が近くにいる涼子さんを呪い殺すのは難しいでしょうね。その前に、今の涼子さんに呪いが通用するかって話ですが……。うーーーん」
柊隆一、随分と勘がいいじゃないか。
今の大幅にレベルアップした涼子を呪い殺せる呪い屋なんて、この世界にいるのかね?
向こうの世界には、極少数だがいたけど。
「呪い屋なんて、この世で一番必要ないものだ」
呪い自体が負そのものなので、正であるこの世界に存在する必要がない。
だが、光があれば影があるように、必ず人が作り出してしまうものでもあった。
俺も向こうの世界で、人間の呪い屋に狙われたこともあるしな。
俺を呪い殺そうとしたのは大貴族のボンボンで、その理由は『パラディンばかり活躍して、死霊と戦っている僕が目立たない!』だった。
人間なんて、そんなに上等にできていない証拠だ。
「念のためですが、ご注意を」
「油断は禁物だな」
呪いも、人の想いが関わるものだ。
しょうもない理由で厄介な悪霊になってしまうのと同じで、安倍文子の涼子への恨みが、とてつもない化学反応を起こすことだってあるのだから。
「しばらくは、涼子の傍に居続けるよ」
それが一番安全だろう。
「……そうね。万が一のことに備えるのが大切なことだから。多分、今安倍文子が依頼した呪術師は色々と酷いことになってると思うけど、あの人はお金があるから新しい呪術師を雇うはず」
「無駄金だな」
「それを説明して、理解してくれる人ではないのよ。裕君、行きましょう」
「ああ」
「今日は、わざわざすみませんでした」
俺と涼子は柊隆一との話を終え、第四会議室をあとにするのだったが……。
「裕君、安倍文子が諦めるか、呪術師に頼む資金がなくなるまでは、私たちは常に一緒にいないといけないと思うの」
「呪いの類は効果が出るのに時間がかかるものが大半なので、そこまで綿密にやる必要は……」
「裕君、門前町の洋子さんの喫茶店に甘いものを食べに行きましょう。二人で」
「甘い物かぁ……。それはいいかも」
「行きましょう(これまで嫌な目にばかり遭わされた安倍文子だけど、今回は感謝していいかも。二人きりでデート)」
「えっ? なにか言った?」
「なんでもないわ。裕君は、呪いにも詳しそうだから甘い物ついでに教えて欲しいかなって」
「まあいいけど」
安倍文子って、安倍清明の遺産があるからお金は持っているのか。
それなら無駄遣いしないで、悠々自適にすごせばいいのに。
女性って、本当によくわからん。
「はあ? 三千院巌が入院した?」
「はい、突然体中の骨が折れてしまい、治療とリハビリに一年以上はかかるとか……。まるで、体が上下から押し潰されたように骨折していて、しかもかなりの重傷です」
「それで、いつ清水涼子を呪い殺してくれるのよ? 一年も待てないわ!」
「それが……。この件にはもう関わりたくないそうで……。依頼はキャンセルしたいと……」
「なら、前払いした依頼料を返しなさいよ!」
「前払いの依頼料は、たとえ仕事が失敗してもいただく。そういう契約だったので、返金は難しいでしょう。文子様もその条件を了承していましたので……」
「きぃーーー! 一千万円を無駄にしただけじゃない! 次は、もっと優秀な呪術師を雇わないと駄目ね!」
使用人がもたらした情報で、一気に気分が悪くなったわ。
清水涼子、雑種のくせに生意気な!
生まれたことすら罪でしかないお前は、とっとと呪い殺されてしまえばいいのよ!
最初に依頼した呪術師は腕が悪かったのね。
すぐに次の呪術師を手配しないと。
「ママ、わざわざ呪術師になんて頼まなくても、お金で手を汚す人間なんていくらでもいるでしょう。僕の知り合いに頼んであげようか? みんな未成年だから、一回くらい人を殺してもノーカウントな奴らばかりだから」
「清次、直接人間に殺させると、アシがつくから駄目よ。柊隆一も黙っていないでしょう。私たち親子が、広瀬裕を傀儡に安倍一族を裏から支配するためには、水穂と広瀬裕を結婚させなければいけない。家系に前科者がいるのは拙いの」
「じゃあ、もっと腕のいい呪術師を探さないとね。そういう制約がなかったら、清水涼子なんて知り合いの半グレたちにでも襲わせて、ネットに動画でも拡散してやるんだけど」
「私もできたらそうしてやりたいんだけど、我慢して殺すだけにしてあげるわ。本当ならあの泥棒猫の娘なんて、女として生まれたことを後悔したくなるぐらい辱めてやりたいんだけど」
清次はまだ中学三年生だけど、立派に育ってくれて。
亡くなったあの人が家庭に関心がなかったから心配だったけど、これなら私たち親子による安倍一族支配は長続きしそうね。
「急ぎ次の呪術師を手配するとして。水穂はどこにいるの?」
「水穂か? それが真面目に浄化の仕事をしているみたいなんだ。低級怨体の浄化なんて、大した金にならないのにご苦労なことだ」
「私たちは安倍一族の本流だから、そんな雑用は野良除霊師にでも任せておけばいいのよ。なにかの間違いで私たちにはこれまで霊力がなかったけど、霊力を得た今、私たちが上に立って安倍一族の除霊師たちを使っていくの」
「俺たち、尊い血筋だものね」
「ええ、清次も広瀬裕の義兄となって、安倍一族を差配していくのよ」
「この俺に相応しい地位と役割だな。少しぐらい霊力があるからと言って、これまで俺たちをバカにしくさっていた安倍一族の除霊師たちめ。俺たちの養分にしてやる」
「汗水流し、命がけで除霊する肉体労働者なんて、私たち親子の命令に素直に従っていればいいのよ。それにしても、水穂には困ったものね。あの子は広瀬裕の妻になるんだから、顔に傷でもついたら大変なのに」
「怨体の浄化なんて霊力があれば誰でもできるし、そのうち飽きるだろう。それよりも次の呪術師だよ」
「必ず清水涼子を殺さないとね」
「あんなのが異母姉だなんて考えるだけで虫唾が走る。必ず呪い殺してやるさ」
あの小娘と、その母親である泥棒猫のせいで、私は名ばかりの安倍清明の妻だった。
この人生の屈辱を晴らすため、必ずや清水涼子を殺し、あの泥棒猫を絶望の淵に叩き落としてやる!
そして、霊力がないからという理由で散々私たち親子をバカにした安倍一族の除霊師たちを、広瀬裕を利用して奴隷のように扱き使い、搾り取ってやるわ。
私は、安倍一族の女王になるのよ!