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第十二話 膠着状態

「久美子!」


「任せて、裕ちゃん!」



 安倍一族による戸高ハイムの封印が始まってから一週間。

 俺と久美子は、積極的に除霊と浄化の依頼を受けていた。

 戸高ハイムの影響であろう。

 特に怨体の類が大量に発生というか周辺地域から引き寄せられ、地元の除霊師たちがその対応に追われたのだ。

 俺はいい機会だと、久美子にだけ浄化をやらせて、後ろから見守るだけにしていた。

 さすがに大分慣れてきたようで、久美子は廃工場の跡地に集まった十数体の怨体を次々とお札で浄化していく。

 怨体でも放置すれば次第に強力になっていくので、ここは早めに浄化することが大切だ。


 たまに、やはり安倍清明の悪霊に呼び寄せられた低級の悪霊も出現するので、これも訓練だと言って久美子に任せている。

 お札の使い方も、大分慣れてきたようだ。


「キュア!」


 同時に治癒魔法の訓練も始めていて、多くの怨体をこれで消し去っていた。

 他にも、自分でわざと腕などに傷をつけ、それを治癒魔法で治すなんてこともしている。

 最初は小さな傷すら治せなかったが、今では軽い傷を治せ、低級の怨体なら消滅させられるようになった。

 治癒魔法で怨体を浄化するのは効率が悪いのだが、訓練には最適なので訓練メニューにしているのだ。


「あっ、またレベルが上がったよ」


「それはよかった」



相川久美子(巫女)

レベル:38


HP:460

霊力:400

力:32

素早さ:38

体力:32

知力:60

運:120


その他:治癒魔法(初級)



 ここまでレベルが上がると、怨体だけではレベルアップしにくくなってきたが、戸高ハイムに安倍清明・戸高備後守のダブル悪霊を封じているおかげか、戸高市では怨体と低級悪霊の発生が活発化しつつあり、久美子には治癒魔法の訓練もあるのでちょうどよかったと思う。

 他の、主に戸高市で活動する除霊師たちも仕事が増えていた。


 前当主が悪霊になった事実を隠すため、戸高ハイムの封印を続ける安倍一族であったが、さすがに気がつき始める除霊師も現れ始めた。

 とはいえ、それを公にしても意味がないどころか、安倍一族には政財界の知り合いも多い。

 まさしく『触らぬ神に祟りなし』とばかりに、誰も戸高ハイム周辺に近寄らなかった。


 あれだけの悪霊二体を強引に封じているため、戸高市の中心部はドンヨリとした空気だ。

 『辛気臭い』と人通りも減り、だが戸高市役所も、市長ですら、戸高ハイムの所有者である戸高不動産、戸高家の連中、安倍一族を怖れてなにもできずにいる。


 無理やり悪霊をその場から出ないように封じるのは、除霊師がよく使う手法なんだが、今回のケースでは悪霊を弱らせていない。

 コスト度外視で高価なお札などを使って無理やり封じているので、資金面……こっちは安倍一族だから問題ないと思う。安倍一族は大金持ちだと聞いたことがあるから……ではなく、悪霊に力負けした時の方が怖い。

 少なくとも、戸高ハイムの周辺にいる連中では対処できないであろう。

 彼らはあくまでも、高価なお札を使って戸高ハイムを封印だけしているC級除霊師たちだからだ。

 いくら多数のB級除霊師を抱えているとはいえ、他に仕事がないわけではなく、やはり除霊師の手配に苦戦しているようだ。

 安倍清明以外の犠牲者も多かったからな。

 

 今はそれでいいのだろうけど。強引に封印された怒りをエネルギー源として、今も安倍清明と戸高備後守の悪霊は徐々にパワーアップしている。

 いつまでもこのままにはできないんだがなぁ……。

 安倍一族はどう思っているんだろう?


「とりあえず感が強いよね」


「当主か当主代理が決まるまでか、他からの助っ人の目途がつくまでの緊急処置なんだろうな」


「助っ人さん、来るのかな?」


「状況は芳しくないわね」


「「清水さん?」」


 怨体の浄化を終えて話をする俺と久美子であったが、そこに割って入るように清水さんが声をかけてきた。

 この前の隠し事の暴露で嫌われたかと思ったが、そうでもないのか?

 学校ではほとんど話をしていないけど。

 というか、今の彼女は二日に一度くらいしか登校してこないのだ。

 安倍清明の件で転入してきたので、そっちの仕事が忙しいのであろう。


「当主は、代理すら誰も引き受けたがらない。他の有名な除霊師一族への打診も上手く行っていないわ」


「それは、安倍清明が誰もが認める日本一の除霊師だったから?」


「そういうことね」


 それに、安倍清明は安倍一族の強固なバックアップもあったのに死んでしまった。

 あの高名な安倍清明と安倍一族でも駄目なのに、彼よりも除霊師としては劣る自分たちに除霊など無理。

 という風に断られてしまったそうだ。


「清水さんとしては、次の安倍家当主を目指すため、ここは手を挙げて除霊に参加したいとか?」


「私も含めて、分家の若手でそれを一瞬でも思わない人はいないと思う。でもね。みんな、亡くなった安倍清明の実力を子供の頃から目の当たりにしているのよ。将来ならいざ知らず、現時点で彼を呆気なく殺してしまった戸高備後守と、それ以上の悪霊になり果てた安倍清明を除霊できるなんて思わないわ」


 若さゆえの暴走、無茶すらできないと思わせるほどの実力差か。

 安倍清明のレベルは1だろうけど、ステータスを見ておきたかったな。

 彼が俺に一定以上の好意を抱いて、それが見れるようになるとは思えないけど。


 実際、清水さんのステータスも見れなかった。

 やはり彼女は、向こうの世界でお互いに命を賭けて戦った涼子さんとは別人なのだ。

 だから俺は、目の前の彼女を清水さんと呼ぶ。

 まったくの別人だと、本能で理解しているのであろう。


 ただ、同じDNAなのでその才能は折り紙つきだ。

 残念ながらレベルを上げられないので、その才能を伸ばすのにも限度があるというわけだ。


「大変だね。日本でも一番と呼ばれている除霊師一族は」


 期待も大きかっただろうし、その期待が当主死亡という最悪の結果で外れ、今は新しい当主も決められない。

 もし戸高ハイムの封印が破れ、飛び出した悪霊たちが暴れでもしたら、確実にこれまで培ってきた安倍一族の評判は地に落ちるであろう。

 実は今回の件、下手に安倍一族が手を出さなければ、戸高備後守は戸高ハイムから出なかったので、そのままにしておいた方がよかったのだ。

 完成したばかりの高層マンション戸高ハイムは事故物件として使えなくなり、社運を賭けて作った戸高不動産は潰れ、戸高家もダメージを受けるだろうが、今の無理やり封印している状態よりはマシだった。

 それにしても、安倍一族が戸高家の依頼を受けるなんて、いまだ息子が政治家にもなっていないのに、戸高家はそんなに力があるのだろうか?

 

 裏の事情など俺たちには知りようもないが、色々と大変なのはわかる。


「ところで、広瀬君」


「はい?」


「そのお札なんだけど……自作?」


「そうだけど。日本除霊師協会が売っているお札も高いからね。これで不自由があるわけでもないし」


 よほど高位の悪霊や怨体でもなければ、チラシの裏に筆ペンで十分だ。

 たださすがに改良はしていて、俺の実家戸高赤竜神神社と、久美子の実家戸高山青竜神神社の朱印は押してあった。

 これが押してあると、竜神様たちのご加護がちょっとプラスされるのだ。

 具体的に言うと、五十パーセント増しくらいで。


 これも、聖域を復活させたご褒美というわけだ。

 よほど強力な悪霊でなければ、お札代がかからないというのは素晴らしい。


「広瀬君、お札を書けるの?」


「まあ、一応ね」


「字は汚いけどね」


 久美子め。

 余計なことを。

 お札の性能に、字の綺麗汚いなど関係ないというのに。


「そうなの……いいわね。経費がかからなくて。でもさすがね。安倍一族でも知っている者が少なかった、前当主が悪霊化した事実すら探知できたのだから」


「それは偶然というか勘? 俺はC級除霊師だからね」


「……確かに、失礼だけど、広瀬君の霊力はそこまででは……相川さんも」


「戸高備後守の悪霊のみなら、あの警戒態勢は必要ないと思ったから、たまたま思いついただけさ。現に、もう気がついている除霊師だっているしね」


「確かにそうね。外部の除霊師たちは、安倍一族を怖れてなにも言わないけど……」


「下手に言って目をつけられてもね」


「残念だけど、それが現実ね」


 俺が、安倍清明の悪霊化と、彼が戸高備後守を従えてしまった事実を知ったのは、パラディンの特性である悪霊の探知に長けているからだ。

 それを素直に、安倍一族である清水さんに教えるわけにいかないので、警備が厳重すぎたからそれとなく予想したと言って彼女に信じてもらえたのは、実力を隠しているからであろう。

 

 清水さんだが、さすがはB級除霊師なだけあって、他の除霊師の霊力量に敏感だ。

 優れた除霊師は、実力が劣る除霊師の霊力を測るのが上手なので、俺はパラディンの特性である『隠ぺい』を用いて対策している。

 完全に霊力を消すと逆に怪しまれるので、平均的なC級除霊師の霊力量だと勘違いしてもらえるようにコントロールしていた。

 

 俺よりも実力がある悪霊や除霊師なら俺の『隠ぺい』を見破るはずだが、残念ながら清水さんは俺よりも実力が低い除霊師というわけだ。

 一緒に久美子にも『隠ぺい』を使っているが、こちらも気がつかれないな。


 今はまだ、久美子のレベルアップを気がつかれるわけにはいかない。

 俺も含めて、切羽詰まった安倍一族に利用だけされるリスクを回避するためだ。


「それでも、お札が書けるのは凄いわよ」


「低級の怨体相手が限度だけどね。俺と久美子はC級だから、これで十分」


「お札は高いから、それでも羨ましいわ。じゃあ私、別の場所に出た中級の怨体を浄化に行くから」


 そう言い残すと、清水さんは俺たちの下を去っていった。

 彼女はB級除霊師なので、仕事を指名されることもあるのであろう。


「裕ちゃん、大丈夫かな?」


「多少は仕方がない。完璧に隠さず、一部のみ弱めた情報を出して相手を安心させるわけだ」


「おおっ! 大人の情報管理術だね」


「はははっ、幼馴染を誇るがいいさ」


「字は汚いけどね」


「ほっとけ!」


 俺がお札を書けるという事実を秘密にするのは難しい。

 これまで日本除霊師協会でお札を購入していたのに、急に一枚も買わなくなったのだ。

 いつかバレるし、それを誤魔化すためにいちいち必要もないお札を買うのもどうかと思うからだ。

 そこで、俺たちはC級除霊師で、専門は低級の怨体のみ。

 自作のお札も、低級の怨体を浄化するので精一杯という嘘の情報を流してコントロールした方が、逆に疑われずに済むというわけだ。


 なにしろ清水さんは、俺たちと同じ年でB級除霊師なのだ。

 当然その実力に自信があるわけで、実はそういう人ほど誤魔化すのは簡単であった。

 俺はC級除霊師にしては出来る方だと演技した方が、ただのC級除霊師ですと嘘をつくよりも信じやすいというわけだ。

 実際に、浄化しているところを見せているわけだし。

 そして、俺は彼女よりも除霊師としての実力は低いと向こうに思わせる。

 安倍家分家の人間で、若くしてB級除霊師である清水さんはプライドも高いはずなので、俺の誤魔化しに気がつくまい。


「彼女、安倍一族の当主決めで揉めていることや、戸高ハイムの状況を俺たちに簡単に話すだろう」


「そう言われるとそうだね。普通は、言わないよね」


「だからさ。やはり彼女は安倍家当主の座をまだ諦めていないのさ。でも、今は難しいと思っている。だから、今の安倍家が揉めに揉めている状況は好都合ってわけ。先日の日本除霊師協会での言動を見てもそう確信できる」


 清水さんは、当主がなかなか決まらない方が好都合だと思っているのであろう。

 その間に、自分はこうやって怨体の浄化などを引き受けて、実績と経験を積み重ねるわけだ。


「随分とノンビリした話だね」


「短期決着はあり得ないって思っているんだろうな」


 どう考えても、他の有名除霊師一族との共同作戦でも、安倍清明と戸高備後守の悪霊の除霊は難しい。

 やるとすれば、かなり大規模な作戦になる。

 当然、高額のお札など装備の準備に、人員も前回以上の陣容で臨まなければならない。

 封印にはコストがかかるが、安倍一族なら出せないこともないわけで。

 次の失敗は許されないので、除霊再開は大分先というわけだ。


「戸高不動産は堪ったものじゃないね」


「自業自得だ。首塚の封印を解いたんだから。あそこが潰れるのは、もうすでに既定の事実だろうな」


 さて、今夜も低コストで怨体を除霊できたので、家に帰って明日の学校に備えるとするか。

 俺は真面目な勤勉学生だからな。

 とはいいつつ、勉強なんてしないのだが。

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[気になる点] 清水さんは安倍一族の人なのになぜ安倍清明に様つけしないの?
[気になる点] 〉いつかバレるし、それを誤魔化すためにいちいち必要もないお札を買うのもどうかと思うからだ。  そこで、俺たちはC級除霊師で、専門は低級の怨体のみ。  自作のお札も、低級の怨体を浄化する…
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