何してるの?
安藤が吸血鬼に血を吸われてから数日後。
「おら、お前ら!キビキビ働け!」
魔物が人間達に向かって叫ぶ。
安藤達は今、大森林の中で作業をしていた。
木を倒して木材にしたり、その木材を運んで加工したりとかなりの重労働だ。
「はぁ、はぁ」
「大丈夫かい?兄ちゃん」
「なんとか……」
「病み上がりなんだから無理すんなよ」
「……はい」
「どいて、どいて、危ないよ!」
魔法を使える者が、切り倒した木材を宙に浮かせて運ぶ。
魔法が使えない者達から見ると、随分楽そうだ。
「ったく。こんな仕事、魔法を使える奴らだけにやらせればいいのにな」
「本当だぜ。全く」
魔法が使えない者達は、ブツブツと文句を言う。
「まぁ、魔法も魔力を消費するから全く疲れないわけじゃないんだろうけどな」
「カールさんは大丈夫ですか?」
「俺は元商人だ。荷物の運搬で鍛えているから、ある程度は大丈夫だぜ!」
「流石ですね」
「おい、そこ口じゃなくて手を動かせ!」
魔物が安藤達に向かって叫ぶ。
安藤達は慌てて作業を再開した。
「九八七七番。九八七七番どこだ!」
三十分ぐらい作業をしていると、頭がワニのような魔物が安藤の番号を呼んだ。
「九八七七番はどこだ!」
「俺です。俺が九八七七番です」
「九八七七番。作業場の変更だ」
「えっ?」
安藤は突然、作業場の移動を命じられた。
「お前はこっちだ。早く来い」
「分かりました。じゃあ、カールさん。行ってきます」
「ああ……」
安藤は魔物に連れて行かれる。
カールは胸騒ぎを覚えた。なんだか嫌な予感がする。
「大丈夫かな?兄ちゃん……」
***
「此処だ」
「此処……ですか?」
安藤が連れて来られたのは、まだ手を付けられていない場所だった。
周囲には、誰も居ない。
「おい、連れて来たぞ」
魔物が叫ぶ。すると、木の影から誰か出て来た。
「貴方は……」
「よう。久しぶり……って程でもないか」
木の影から出て来たのは金髪で背の高い女性。
安藤と一緒に、吸血鬼の所に連れて行かれた七人の内の一人だ。
ワニのような頭をした魔物は、彼女に言う。
「連れて来てやったぞ。ほら、早くアレを渡せ」
「ほらよ」
金髪で背の高い女性は、ポケットからピンポン玉程の大きさの黒い塊を取り出すと、それを魔物に渡した。
ワニのような頭をした魔物は、ゴクリと唾を飲み込むと、その黒い塊を懐にしまう。
「二時間だけだ。良いな?」
「分かっているよ」
ワニのような頭をした魔物は、安藤と女性を置いて、どこかへ行ってしまった。
「えっ?あの……」
安藤は何が何だか分からず、困惑する。
「作業の事なら、気にしなくていいぜ。今から二時間、私達は自由だ」
金髪で背の高い女性は、ニヤリと嗤う。
「どういうことですか?」
「あの魔物に、賄賂を渡した」
「賄賂って、さっきの黒い塊ですか?」
「ああ」
金髪で背の高い女性はポケットから黒い塊を取り出す。
「これは『黒龍』の肉片を乾燥させたものだ。魔物はこれに目が無いんだ」
『黒龍』
体高五メートル。体長十五メートルの漆黒の龍。
その肉は万病に効くと言い伝えられているが、『黒龍』は徐々に数を減らしている。
「どうしたんですか、それ?」
「此処に閉じ込められてから、作業として魔物の解体をやらされる事がある。その時に『黒龍』も解体したんだ」
彼女が言うには、『黒龍』を解体している時、監視役の魔物達がよだれを垂らしながら、『黒龍』を見ている事に気付いたらしい。
「んで、『黒龍』の肉を少しばかりチョロまかして乾燥させ、保存していた。試しにそれを監視の魔物にこっそりやったら、目の色変えて喜びやがった。これは賄賂として使えると思ったんで、『黒龍』の解体を命じられる度に少しずつ肉を溜めていたんだ」
龍の肉が賄賂の材料になるとは……。
魔物と人間の価値観は大きく違うらしい。
「じゃあ、貴方が俺を此処に呼んだんですか?」
「そうだ。ちょっと、あんたに用があってな」
金髪で背の高い女性は、大きな胸に手を当てる。
「まずは、自己紹介したい。私の名前はハナビシ。ハナビシ・フルールだ。あんたの名前は?」
「俺は、安藤優斗と言います」
「アンドウ・ユウト……その発音。異世界の人間か?」
「はい、そうです」
金髪で背の高い女性は「へぇ」と頷く。
「アンドウ。歳はいくつだ?」
「十六です」
「年下か。私は十八だ」
「そうなんですね」
まだ十代か。大人っぽいからもう少し、年上だと思った。
簡単な自己紹介を終えると、ハナビシは安藤に尋ねる。
「なぁ、アンドウ。異世界人ってのは皆、あんなに命知らずなのか?」
「命知らず?」
「お前吸血鬼に逆らっただろ。普通、怖くてあんな事出来ねえって」
ハナビシは笑う。
「異世界人は皆、お前みたいな奴ばかりなのか?」
「えっと、どうでしょう?」
安藤は首を傾げた。
「人それぞれだと思います」
「という事は、お前が命知らずなのは、異世界人だからじゃなくて、お前だからってことか」
「まぁ、そう……ですね」
「ふうん」
ハナビシは何故か嬉しそうに頷いた。
「あの……それで俺に何か用でしょうか?」
「ああ、そうだな。二時間しかないんだ。時間は無駄に出来ない」
ハナビシは「ゴホン」と咳払いをする。
「要件は二つだ。まずは一つ目」
ハナビシは安藤に頭を下げた。
「あの時は、助けてくれてありがとう。その礼が言いたかった」
「いえ、気にしないでください!」
安藤は慌てて両手を振った。
「あの時も言いましたけど、俺が勝手にやった事ですから」
「やっぱり、お人好しだな」
ハナビシはかすかに微笑む。それはとても美しい笑顔だった。
安藤の胸がドクンと高鳴る。
「ふ、二つ目の要件は、何ですか?」
「二つ目はな……」
「はい」
「あのな……」
ハナビシは顔を紅くして俯く。
その様子を見て、安藤はピンと来た。
この感じ、前にも……。
『安藤先輩、好きです。私と付き合ってください!』
前の世界で、安藤は菱谷に告白された。
ハナビシは、あの時の菱谷と同じ表情をしている。
「あの……」
「好きだ!」
安藤が口を開くよりも先に、ハナビシは安藤に言った。
「私は、アンドウが好きだ」
安藤が予感した通り、ハナビシは安藤に告白した。
「初めて会ったばかりなのに何を言っているんだって思うかもしれない。だけど、本当なんだ。私はアンドウが好きだ」
ハナビシは、ハッキリと自分の気持ちを口にする。
「あんたは、自分が死ぬかもしれないのに私を……いや、私だけじゃないな。六人の命を助けてくれた。あの日から、あんたの事が頭から離れないんだ。起きている時は常にあんたの事を考えてしまうし、寝ている時も夢にあんたが出てくる。あんたが好きで好きでしょうがないんだ」
ハナビシはもう一度、自分の想いを口にする。
「私はアンドウが好きだ。だから……私と付き合ってくれ」
ハナビシの顔は夕日のように紅い。
その目は、真っすぐ安藤を見つめていた。
***
(この目……本気だ)
ハナビシの目に嘘偽りはない。
彼女は本気で安藤に告白している。
(また、俺の『特殊能力』が……)
『特殊能力』がまた『安藤を好きになる女性』を引き寄せてしまった。
思わず顔を歪めそうになる。
だが、まずは目の前に居るハナビシの気持ちに応えるのが先だ。
彼女は勇気を振り絞って自分に告白してくれたのだ。その気持ちには向き合わなければならない。
「お気持ちは、とても嬉しいです。俺なんかを好きになってくださって、ありがとうございます」
ハナビシの表情が明るくなる。
「じゃあ、私と―――」
「でも、ごめんなさい!」
安藤は頭を下げる。
「貴方と付き合う事は出来ません。ごめんなさい」
静寂が流れた。
「……なんでだ?」
数秒後、ハナビシは絞り出すように声を出す。
「なんで、私じゃダメなんだ?私、そんなに魅力が無いか?」
「そんなことありません。ハナビシさんはとてもお綺麗です」
長くて綺麗な金髪に、整った顔立ち。
背は安藤よりも二センチほど高く、体型はモデルのようにスラリとしている。
そして、胸はとても……。
「じゃあ、どうしてだ?どうして、私と付き合えないんだ?」
「それは……」
安藤は口ごもる。
「……他に好きな奴が居るのか?」
ハナビシの言葉は、安藤の胸を突いた。
安藤には好きな人が居た。前の安藤なら、直ぐにその女性の事を思い浮かべていただろう。
だが、果たして今もその人を好きだと胸を張って言えるのか?
その人以外の女性は?
安藤自身にも、今の自分の気持ちが分からない。
「そうなのか?他に好きな奴が居るのか?」
ハナビシは、なおも訊いてくる。
安藤がハナビシの告白を断る理由は、決して彼女自身にはない。
だが、彼女の告白を断る理由を説明するには、安藤の事情は複雑で込み入っている。
だから、安藤は彼女の言葉に頷いた。
「はい、そうです。俺には他に好きな人が居ます」
他に好きな人が居る。
こう答えれば、告白を断られたのは自分が悪いのではない。仕方のない事なのだ。と思ってくれるだろう。
自分に告白してくれた人を、出来るだけ傷付けたくはない。
「そうか……」
ハナビシは頷く。
「だったら、仕方ないな……」
「……すみません」
「うん。大丈夫だ。仕方ない」
すると、ハナビシは安藤に向かってこう言った。
「だったら無理やり、私を好きにさせるしかないな!」
「えっ?……ぐっ!」
次の瞬間、ハナビシは安藤の両手首を掴み、木に押し付けた。
そして、そのまま安藤に無理やりキスをする。
「んんっ」
「んんんん!?」
長いキスの後、ハナビシは安藤から唇を離した。
しかし、掴んだ手首は離さない。
「な、何するんですか。は、離してください!」
安藤はハナビシの手を振りほどこうとする。だが、振りほどけない。
なんだ?この力は?
「無駄だよ。私は今『肉体強化魔法』を使っている。あんたの力じゃ私を振りほどけない」
「―――ッ!」
『肉体強化魔法』は自分の身体能力を二倍~二百倍の間で増加させることが出来る。
ハナビシは今、自分の身体能力を三倍にしていた。当然、力も三倍となっている。
「ほら……」
ハナビシは自分の胸を安藤の体に強く密着させた。
「―――ッ―――ッッッ!!!!」
「どうだ?気持ちいいだろ?」
「やめてください!」
「遠慮するなよ」
ハナビシは服の中に手を滑り込ませ、安藤の皮膚に直接触れた。
「あっ………くっ……」
「結構、痩せてるな。もっと、肉を食えよ」
クスクスとハナビシは笑う。
「や、やめて。やめてください!」
安藤は抵抗するが、ハナビシの力が強すぎて何も出来ない。
「あんたも私の身体、触っていいんだよ?」
「―――ッ!!」
ハナビシは安藤の手を、強引に自分の胸に触れさせた。
手に収まらない大きな胸。柔らかな感触が脳に伝わる。
「どうだ?デカいだろ?柔らかいだろ?」
「うっ、くっ……やめて……ください。離して……ください」
「胸の他にも、色んな所触ってみろよ」
ハナビシは安藤の手を無理やり自分の身体に這わせる。
「やめて……お願い……です……やめて……」
「遠慮しなくて良いって言ってるだろ?ほら、ほら!」
「あっ……くっ……うううっ」
体が熱い。心臓の音が高鳴る。頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。
「やめ……やめて……」
「なぁ、私を選べよ」
ハナビシは、安藤の耳元で囁く。
「好きな女の事なんて忘れて、私のものになれよ。そうしたら、こんな風に会う度に気持ち良くしてやるぜ?」
「くっ……ううっ……あっ……ッ……」
「アンドウ。私を拒絶するな」
ハナビシは安藤の足に自分の足を絡め、さらに体を密着させた。
「だ、ダメです!」
安藤は必死に、密着するハナビシの体を押す。
しかし、ハナビシの体はビクともしない。
「はははっ、アンドウ。お前、汗だくだな。私が綺麗にしてやるよ」
ハナビシは安藤の首筋にキスをし、舌を這わせる。
「うっ……うううっ……」
またなのか……またこんな……。
嫌だ。嫌だ。嫌だ!
ハナビシは安藤の顔を両手で押さえ、またキスをしようとする。
「好きだぜ。アンドウ……」
「やめてくれぇえええ!」
ハナビシの唇が安藤の唇に、もう少しで触れそうになる。
「何してるの?」
冷たい声が聞こえた。安藤とハナビシは声がした方を見る。
「アイビー……さん……」
安藤の視線の先には、凍えるような冷たい目で二人を見る小柄な女性。
アイビー・フラワーが居た。
「ねぇ、アンドウ君に何してるの?」