仲間
(俺のせいで、また誰かが傷付く?俺のせいで……)
頭を抱える安藤を見て、カールは何かを察したようだった。
「その様子だと、もう既に何か問題が起きたのかい?」
「……はい」
安藤は重い口を開く。
「俺を巡って……三人の女性が殺し合いました」
「そうか……」
カールは追及することなく、呟いた。
「カールさん。俺の『特殊能力』がこれからも消えないんだとしたら……」
「そうだな。そんな事がまた起きるかもしれない」
「―――ッ!」
カールの言葉は安藤を更なる絶望に追い込んだ。
この世界に来てから、自分のせいで人が死ぬ所を何度も見た。
また、自分のせいで誰かが死ぬというのか?
(嫌だ。これ以上、俺のせいで誰かが死ぬなんて嫌だ!)
安藤は、顔を覆う。
(俺の『特殊能力』は一生消えない……だったら……)
俺が死ねば。
「しっかりしろ。兄ちゃん!」
カールは安藤の肩を掴み、揺すった。
「言っておくがな。俺は兄ちゃんに苦しんで欲しくて、こんな話をしたんじゃないんだぜ?」
安藤は顔を上げ、カールを見る。
「兄ちゃん。さっき俺、色んな『特殊能力』を持っている奴らの話をしたよな?」
「……はい」
「そいつら、今どうしていると思う?」
「……さぁ、分かりません」
「死んだよ。全員な」
「―――ッッ!……死んだ?」
カールの思わぬ言葉に、安藤は目を見開いた。
カールは「ああ」と深く頷く。
「『金を引き寄せる特殊能力』を持っていた奴。そいつは殺された」
金は、とても大切なものだ。人の悩みの多くは金で解決出来る。
だが、金は時として人を狂わせもする。
『金を引き寄せる特殊能力』を持っていた人間は自分の夫に殺された。
動機は妻の遺産を受け取り、浮気相手と再婚するため。あまりにも身勝手な犯行だった。
「『雨を引き寄せる特殊能力』を持っていた奴。そいつは溺死した」
雨は植物や動物にとって、なくてはならないものだ。雨は多くの恵を与える。
だが、雨は命を奪いもする。
『雨を引き寄せる特殊能力』を持っていた人間は、ある時、自身の『特殊能力』で引き寄せた大雨が原因で起きた洪水に飲まれ、溺死した。
「『自分と友人になる人間を引き寄せる特殊能力』を持っていた奴。そいつは友人同士の争いを止めようとして死んだ」
友人は大切な存在だ。『友人は一生の宝物』と言う人間も居る。
だが、自分の友人同士が必ずしも友人になれるわけではない。
『自分と友人になる人間を引き寄せる特殊能力』を持っていた人間は、目の前で起きた友人同士の争いを止めようとして突き飛ばされた。
そして、落ちていた大きな石に頭をぶつけて死んだ。
「『特殊能力』を持っている人間は、事故や事件に巻き込まれて死ぬ確率が、普通の奴よりも圧倒的に高い。『何かを引き寄せる』という事は、事故や事件も引き寄せるという事だからな」
カールは「ふう」と息を吐く。その表情は何処か暗い。
その様子を見て、安藤はもしや……と思った。
「……カールさん。間違っていたらすみません。カールさんが話された『特殊能力』を持っている人達って、全員『カールさんのお知合いだったんですか』?」
「……どうして、そう思う?」
「なんとなくです。どことなく、その人達の事を実際に知っているような感じがしたので……」
「そうかい……」
カールは少しだけ唇の端を上げた。
「ああ、そうだ。あいつらは俺の知人だったよ」
やはりそうだったのか。と安藤は思う。
「『金を引き寄せる特殊能力』を持っていた奴の名前は、ネマ。『雨を引き寄せる特殊能力』を持っていたのはレア。『自分と友人になる人間を引き寄せる特殊能力』を持っていたのはレンド。皆、良い奴ばっかりだったよ」
昔の事を懐かしむかのように、カールは遠くを見つめる。
カールが話していた者達は全員、カールの知り合いだった。
つまり、それは……。
「カールさん、言ってましたよね。『特殊能力』を持っている人間は滅多にいないって」
「ああ、言ったぜ」
「でも、カールさんは三人も……いえ、俺を含めれば四人の『特殊能力』を持っている人間と出会っています。これは偶然じゃないですよね?」
「……」
「それに、カールさんはこうも言っていました。魔法を使っても『特殊能力』を持つ人間を見分けることはまだ出来ないって。『特殊能力』を持っている人間を判別する方法はまだ確立されていないのに、どうしてカールさんはそんなに『特殊能力』に詳しいんですか?」
「兄ちゃん……鋭いね」
カールはクックックと笑う。
「兄ちゃんのその口ぶり。たぶん、もう見当は付いてるんだろ?」
「……はい」
安藤は真っすぐカールを見る。
「カールさん。貴方は『特殊能力を持っている人達を引き寄せる特殊能力』を持っているんじゃないんですか?」
「……ああ、そうだ。兄ちゃんの言う通りさ……」
数秒の沈黙の後、カールは口を開く。
「俺の『特殊能力』は……『特殊能力を持っている人間を引き寄せる能力』だ」
***
「俺は子供の頃から『特殊能力』を持つ人間を引き寄せた」
カールは自分の過去を語る。
「『特殊能力』を持った奴が近所に引っ越して来るなんてざらだったし、学校では、『特殊能力』を持っている奴と同じクラスになるのも珍しくなかった。商売を初めてからは『特殊能力』を持っている人間とも取引をした。兄ちゃんはさっき、俺が四人の『特殊能力』を持っている人間と出会っている。って言ったけど、本当は話した奴ら以外にも沢山『特殊能力』を持っている人間と出会っているのさ」
懐かしむように話すカールの表情は、何処か柔らかかった。
「しかも、俺の『特殊能力』は普通のものとは違っていた。普通の『特殊能力』は何かを引き寄せる事しか出来ないが、俺の『特殊能力』は引き寄せた相手の『特殊能力』の詳細が分かるという機能まで、おまけで付いてきた」
「だから、俺の『特殊能力』が何なのか分かったんですね?」
「ああ、そうさ」
カールはニッと笑う。
「『特殊能力』を持つ奴の中には、自分が『特殊能力』を持っていると自覚している奴と、自覚していない奴がいる。俺は前者で、兄ちゃんは後者だ」
「はい」
「さっき言った三人も自分が『特殊能力』を持っていると自覚していなかった。そもそも普通の一般人は『特殊能力』と言う言葉自体、知らない奴も大勢いる」
カールは頭を掻く。
「俺は今まで、『特殊能力』を持っているが、その事を自覚していない奴と出会っても、そいつに『特殊能力』があることを教えなかった。教えたら、そいつを悩ませてしまうと思ったんだ。今の兄ちゃん見たいにな……」
安藤は尋ねる。
「でも、それならどうして俺に『特殊能力』の事を教えてくれたんですか?」
「……最近、考えちまうんだ。『特殊能力』を持っているが、その事を自覚していない奴に何も教えないのは、本当に正しいのか?ってな」
カールは心情を吐露する。
「もし、俺がそいつに『特殊能力』の事を教えていれば、そいつは悩むだろう。だけど、自分が『特殊能力』を持っていることを知れば、そいつはある程度、危険を回避出来るんじゃないか?そう思ったんだ」
『金を引き寄せる特殊能力』を持っていたネマに『特殊能力』の事を教えていれば、もっと周囲を警戒していたかもしれない。
『雨を引き寄せる特殊能力』を持っていたレアに『特殊能力』の事を教えていれば、もっと洪水に注意していたかもしれない。
『自分と友人になる人間を引き寄せる特殊能力』を持っていたレンドに『特殊能力』の事を教えていれば、友人との争いに巻き込まれなかったかもしれない。
「結局、俺は怖かったんだ。『特殊能力』を持っている事をそいつに教えて、そいつの人生を変えてしまうのが。その責任を負う事が怖かったんだ」
「……カールさん」
「だけど、これからは『特殊能力』を持っているけど、その事を自覚していない奴に逢ったら、そいつに『特殊能力』の事を教えてやると決めたんだ。そいつが自己防衛出来るようにな」
カールは笑う。
「でもよ。その時、ふと思ったんだ。『特殊能力』を持つ人間の中にも当然、良い奴もいれば悪い奴もいる。自分が『特殊能力』を持っていると知れば、『特殊能力』を悪用しようとする奴も出てくるかもしれない。だから、教えてやるのは『お人好しな奴』だけにすることにした」
カールは安藤の目を見る。
「兄ちゃんがこの牢屋に入れられた時から、俺は兄ちゃんを見ていた。兄ちゃんは稀に見る『お人好し』だ。だから『特殊能力』について教えてやろうと思ったんだ」
「……そうだったんですね」
安藤はカールに頭を下げる。
「『特殊能力』の事、教えてくださってありがとうございました」
「へへっ、良いってことよ」
カールは、照れくさそうに頬を掻く。
「辛い事もあっただろう。苦しい事もあっただろう。それは、これからも続くかもしれない。だがな、決して自分から死のうとするなよ。甘くてお人好しな兄ちゃんが死んだら、俺は悲しいぜ」
何かあれば、いつでも相談に乗るからよ。とカールは言ってくれた。
「はい。重ね重ねありがとうございます」
安藤はもう一度頭を下げる。
「だけど、あまり俺と親しくすると、この檻の中を仕切っている奴らにカールさんも目を付けられてしまいますよ?」
「はっはっはぁ!そうだな。じゃあ目を付けられない範囲で相談に乗るようにするぜ!」
「そうしてください」
「はっはっはぁ!」
カールは笑う。それにつられて安藤も笑った。
暗く、絶望しかないと思っていた奴隷生活の中で、初めて仲間が出来た瞬間だった。
「そう言えば、兄ちゃんはどうして此処に?やっぱり、俺と同じで魔物に攫われたのか?」
「俺は……」
カールの質問に安藤が答えようとした時……。
「おら、人間ども!静かにしやがれ!」
突然、二体の魔物が檻の中に入ってきた。
魔物は三メートルを軽く超えており、頭に角を生やしている。
「今から呼ぶ人間は俺達と来い!」
魔物は紙を取り出す。そこには複数の番号が書かれていた。
この檻に入れられ、奴隷として働かされている人間には全員、番号が付けられている。
そして、何か用がある時は名前ではなく、付けられた番号で呼ばれる。
まるで囚人のように。
安藤に付けられた番号は……九八七七番。
魔物は紙に書かれた番号を読み上げた。
「九八七一番、九八七二番、九八七三番、九八七五番、九八七七番、九八七九番、九八八一番。今呼ばれた人間は俺達と来るんだ!」