ブラッディ・ウエディング⑤
「『大魔法使い』……だと!?」
シルビアは目を見開く。
ラシュバ国の『大魔法使い』と言えば、ソウケ国の『大賢者』、イア国の『魔女』と並んで協会の『聖女』と同格の力を持つと言われている魔法使いだ。
ラシュバ国の『大魔法使い』はイア国の『魔女』に殺されたという噂もあるが……。
「何故……何故、大魔法使いが此処に居る?」
「何故って、決まってるじゃないか」
『大魔法使い』……三島由香里は倒れている『聖女』の傍で座り込んでいる人物に目を向ける。
「優斗を迎えに来たんだよ」
三島は幸せそうに笑った。
「ユウト……『聖女様』の伴侶になるアンドウ・ユウト殿のことか?」
「違うよ。優斗は『聖女』の伴侶になる人間じゃない」
三島は、シルビアの言葉をきっぱりと否定する。
「彼は、私の伴侶となる人間だ」
「何を……言っている?」
シルビアは混乱する。
『聖女』の結婚相手となるはずだった男を『大魔法使い』は、「自分の伴侶となる人間」と言った。
シルビアは、安藤に目を向ける。
「……由香里」
安藤は恐怖に怯えながらも、『大魔法使い』の名前を呼んだ。
確かに『大魔法使い』と『アンドウ・ユウト』は知り合いらしい。
そして、シルビアは、結論を出す。にわかには信じがたい結論を。
「まさか……お前は、アンドウ・ユウト殿を奪うために『聖女様』を殺したのか?」
「少し違うね」
三島は首を横に振った。
「優斗は最初から私のものだよ。私から優斗を奪おうとしたのは『その女』の方だ」
協会の『聖女』を三島は『その女』呼ばわりする。
「私と優斗は相思相愛だ。それを『その女』が無理やり奪おうとしたんだ。優斗の罪悪感に付け込んでね」
シルビアは鋭い目で三島を睨む。
「嘘だ!『聖女様』がそんなことをされるわけがない!」
シルビアは剣を大きく振った。
「全て、お前の妄言だ!」
シルビアは熱心な協会の信者だ。『聖女』のことも心から崇拝している。
ゆえに、今の三島の言葉は聞き捨てならなかった。
「ああ、なるほど。君は『協会』から何も聞いていないんだね」
「何!?」
「私が今言ったことは、全部本当だよ。ねっ、優斗」
「あっ……ああっ……」
三島は安藤に同意を求めるが、安藤は口をパクパク動かすだけで、何も話すことが出来ない。
三島は、悲しそうな表情で安藤を見る。
「可哀想に……でも、大丈夫。直ぐに私が怖い記憶を消してあげるからね」
そう言って、三島は安藤に近寄ろうとする。
「アンドウ・ユウト殿に近づくな!」
シルビアは三島に向かって叫ぶ。
「それ以上、アンドウ・ユウト殿に近づいてみろ。その首を斬り飛ばす」
シルビアは剣に闘気を纏わせる。
シルビア=ダーボン。
彼の剣士としてのランクは『中堅剣士』だが、それは決して実力が不足しているという訳ではない。彼の強さは『高等剣士』に匹敵する。
ただ、中堅剣士から高等剣士に上がるためには実力の他に、高貴な身分の家柄出身であることが条件となる。
シルビアの家柄はおせじにも高貴な身分とは言えない。そのためシルビアは『高等剣士』に上がることが出来なかったのだ。
しかし、その実力を協会の人間が見抜き、彼を『協会直属の剣士』とした。
それは、とても名誉あることだった。彼の身分を馬鹿にしていた者達の目も一気に変わった。
協会が自分を『協会直属の剣士』としてくれた恩を、シルビアは忘れたことはない。
(『聖女様』が愛した男を、『聖女様を殺した奴』に渡すわけにはいかん!)
たとえ、聖女が死んだとしても、聖女が愛した者は必ず守る。
それが、シルビアという人間だ。
何より、三人の仲間を殺した『大魔法使い』をシルビアは許せなかった。
「はああああああ!」
シルビアはさらに、剣に闘気を纏わせる。切れ味が何百倍にも増したシルビアの剣はもはや『兵器』と化していた。
シルビアは三島に剣を向ける。
「『大魔法使い』。貴様は妄言を垂れ散らかす哀れな人間だ。おそらく、貴様はそこにおられるアンドウ・ユウト殿に対して、一方的に想いを抱いていたのだろう。そして、いつしか自分とアンドウ・ユウト殿が相思相愛だと思い込むようになった!そうだろう!」
「……」
「『大魔法使い』、貴様は妄想を拗らせた唯の『ストーカー』だ」
シルビアは三島を鋭く睨み、言い放った。
「アンドウ・ユウト殿に近づくな!このストーカー魔法使いが!」
「……フフッ」
三島は口に手を当て、笑った。
「『ストーカー魔法使い』か……前にも同じことを言われたな。まぁ、それを言った人間は二度と優斗に近づかないようにしたけど」
三島はシルビアを見つめる。
「優斗と私の仲を引き裂こうというのなら……君も敵だね」
「―――ッ!」
三島の雰囲気が変わった。明確な敵意がシルビアに向けられる。
「来なよ。協会の飼い犬さん」
「行くぞ!」
シルビアは、自分の体に身体能力向上の魔法を掛けるのと同時に地を蹴った。
まさに、神速。シルビアは一気に距離を詰め、『大魔法使い』の目前に迫った。
魔法を使われては、シルビアに勝ち目はない。だから、『大魔法使い』が魔法を発動する前にケリを付けようとした。
「死ね!」
シルビアはそのまま剣を振り下ろす。しかし―――。
「……くそっ!」
振り下ろした剣は、『大魔法使い』の体に触れる前にパキンと音を立て、真っ二つに折れた。
(俺の剣技でも、こいつの結界を破れないのか!)
シルビアはギシリと歯を強く噛みしめた。
「もうおしまい?なら、こちらの番だね」
三島はパチンと指を鳴らした。その瞬間、シルビアの体が浮き上がった。
「なっ!?」
二メートル程浮き上がったシルビアはそのまま空中で静止する。体を動かそうとするが、動かない。
そんなシルビアに魔女はそっと手を伸ばした。
此処までか……シルビアは死を覚悟する。
(申し訳ありません『聖女様』……貴方が愛したアンドウ・ユウト殿を守れませんでした……)
シルビアは顔を歪めた。
「どう?怖い?」
「……」
「ねえ、怖い?」
「……馬鹿にするな!『大魔法使い』!」
シルビアは、目を逸らすことなく、真正面から三島を見る。
「殺すなら殺せ!俺は『協会』に仕える者だ!死など恐れぬ!」
シルビアの言葉を聞いた三島は、フッと笑う。
「君には『協会』という拠り所がある。だから死も怖くないと?」
「そうだ!我が命、我が人生は『協会』のため、『聖女様』のためにある。『協会』と『聖女様』のために死ねるのなら本望!恐怖など微塵もない!」
「そう」
三島は、シルビアの額に軽く触れた。
「なら、その拠り所を消してあげるよ」
三島は、そのまま魔法を発動した。
「がああ!」
頭に凄まじい激痛が走った。同時に、宙に浮いていたシルビアの体が地面に落ちる。
地面に落ちたシルビアは受け身を取り、素早く立ち上がると、『大魔法使い』から距離を取った。
「おのれ……『大魔法使い』!俺に何を……」
「質問して良いかな?」
三島は笑いながら、シルビアを見る。
「此処はどこでしょう?」
「何?」
三島の質問に、シルビアは眉根を寄せた。
「此処がどこだと?決まっている。此処は……ここは……」
ここは……どこだ?
「なんだ?これは?」
シルビアには分からない。此処がどこなのか、自分がどうして此処に居るのか?
いや、それだけではない。
「お、俺は……俺は……誰だ?」
俺の名前は? 俺はどこで育った?親は?兄弟は?友人は?恋人は?伴侶は?
「分からない……何も……分からない!」
分かるのは一つだけ、目の前に居るのが『大魔法使い』と呼ばれている魔法使いであるということ……。
そして、その『大魔法使い』に自分は敵意を向けられているということだ。
「君の記憶を、ほとんど消させてもらったよ」
「なっ!?」
シルビアは目を大きく見開く。
「お、俺の記憶を……消しただと?」
「そう。君が覚えているのは『大魔法使い』……私に関することだけだ。君はもう自分のことも、『協会』や『聖女』のことも覚えていない」
三島の言葉を聞いたシルビアは、キョトンとする。
「キョウカイ?セイジョ?何だ?それは?」
三島は笑う。凄惨に。
「君は先程まで『死ぬのは怖くない』と言っていたよね。さて、今はどう?」
「えっ?」
「君にとって最大の拠り所であった『協会』や『聖女』の記憶は消えた。どう?まだ死ぬのは怖くない?」
シルビアの体が、ガタガタと震えだす。
「あっ……あっ、あああっ……!」
怖い。怖い。死ぬのが……怖い!
『死など恐れぬ!』。『大魔法使い』に向かって、そう言った記憶が確かにある。
だが、どうしてそんなことを言ったのか、その理由がどうしても思い出せない。
死が……怖くないはずがないじゃないか……。
「ひいいいいい!」
シルビアは折れた剣を投げ出し、逃げ出した。
「嫌だ!嫌だ!助けて!助けて!」
シルビアは必死に足を動かす。しかし、動かしても、動かしてもその場から一歩も移動できない。
いつの間にか、シルビアの体はまたしても空中に浮いていた。
「嫌だ!嫌だ!助けて!助けて!助けてください!嫌だ!死にたくない!死にたくない!死にたくない!助けて!助けてえええええ!」
涙と鼻水を流しながら、シルビアは必死に懇願する。そこに誇り高い『協会直属の剣士』の姿はない。
「そうだよ。そうでなくっちゃ」
三島は満足そうに微笑む。
「私と優斗の仲を裂こうとする人間は、たくさん怖がってくれなきゃダメだ」
三島はパチンと指を鳴らした。シルビアの体はどんどん浮いていく。
「やめて!やめて!お願い、やめて!嫌だ!死にたくない!死にたくない!助けて!!やめて!やめて!嫌だ!嫌だああああああああああああああああああああ!」
バン。
シルビアの体は空中で破裂した。血は雨となり、式場の壁や椅子を赤く濡らした。
***
シルビアの体が破裂するのを見た三島は、次に『トゥルードラゴン』に視線を向けた。
「グルルルル!」
『トゥルードラゴン』はじっと三島を見つめ、唸り声を上げる。
三島の方も『トゥルードラゴン』を見つめる。
「グルルルル!」
「……」
「グルル」
「……」
「グル」
「……」
「……」
『トゥルードラゴン』は三島から視線を外すと、静かに床に伏せた。
それは、相手への服従を示す行為だった。
「うん、良い子だ。やっぱり、ドラゴンは賢い」
自分より強い相手とは、決して戦わない。負ける戦いを決してしない。それが、長く生きるコツだと知っている。
三島はパチンと指を鳴らす。すると『トゥルードラゴン』の首輪が外れた。
「さぁ、君は自由だよ。これからは好きに生きれば良い」
「……」
床に伏せていた『トゥルードラゴン』は静かに立ち上がる。
そして式場の出口に向かい、走り出した。
式場の外に出た『トゥルードラゴン』は群衆をかき分け、あっという間に見えなくなった。