三島由香里は、いつもの口調でこう言った
「お帰り、優斗!」
安藤が家の扉を開けると、三島が抱き付いてきた。
「寂しかったよ。優斗」
「……ただいま、由香里」
安藤も咄嗟に三島を抱きしめ返そうとしたが……出来なかった。
三島はしばらく安藤を抱きしめ、ゆっくり離れる。
「朝ご飯はもう食べた?」
「いや、まだ……」
「じゃあ、すぐに用意するね」
三島は、冷凍魔法で保存しておいた料理をあっという間に解凍して温め直すと、それらを皿の上に並べた。
おいしそうな匂いが漂ってくる。
「さあ、食べよう」
「……うん」
安藤と三島はテーブルに座り、一緒に料理を食べ始める。
「おいしい?」
「うん、おいしいよ」
「そう、良かった」
三島は嬉しそうに安藤を見つめる。
「なぁ、由香里……」
「何?」
「その……」
「うん」
「……俺と……俺と……」
安藤は目を閉じ、三島に頭を下げる。
そして、その言葉をハッキリと口にした。
「俺と別れてくれ!」
まるで、時が止まったかのように、家の中は静寂に包まれた。
***
ホーリーさんは言った。
『ユウト様がもし、私の事を嫌いだとおっしゃられるのなら、私を拒絶してください。ですが、ユウト様が私の事を好きだと思われるのなら、このまま私を受け入れてください』
俺は昨日の夜、ホーリーさんを受け入れてしまった。
俺は由香里の事も忘れ、ホーリーさんを求めてしまったのだ。
あの日の夜と同じように。
それは、俺が由香里ではなく、ホーリーさんを選んでしまったという事に他ならない。
俺は……また由香里を裏切った。
俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。俺はまた由香里を裏切った。
俺は……また……由香里を……。
裏切った。
(うっ……くっう!)
強烈な吐き気を催き、頭がグラつく。
もう由香里とは一緒に居られない。由香里を愛しているなどと、どの面下げて言える?言えるはずがない。
由香里が俺の事を愛しているとしても、愛していないとしても、もう一緒に居ることは出来ない。
二度も由香里を裏切った人間が、一緒に居て良いわけがない。
頭を下げ、目を閉じているため、由香里が今どんな顔をしているのか分からない。
驚いているだろうか?
混乱しているだろうか?
怒っているだろうか?
悲しんでいるだろうか?
それとも……喜んでいるだろうか?
もし、由香里が俺の事を愛していないのなら、「別れてくれ」と言われて喜んでいるかもしれない。
沈黙の時間は、実際にはとても短いものだった。
だが、安藤には途方もなく長い時間に感じられた。
「……聞いても良い?」
三島が安藤に話し掛ける。
安藤はスローモーションのようにゆっくりと目を開け、下げていた頭を上げた。
三島の表情が、安藤の目に映る。三島は……。
安藤が頭を下げる前と、全く同じ表情をしていた。
「どうして、私と別れたいって思ったの?」
「それは……」
安藤は正直に話そうとした。三島を裏切ってしまったことを……。
だが、安藤は話すことが出来なかった。
三島と別れたいと思う理由を喋れない。
(なんて、クズなんだ。俺は―――!!!)
この期に及んで、俺はまだ自分の保身しか頭にないのか?
由香里を二度も裏切ったくせに、俺はまだ自分の事しか考えられないのか?
安藤は何とか三島に、裏切ってしまった事を伝えようとする。
「あ……あっ……」
しかし、安藤の口はまるで金魚のようにパクパクと動くだけで、言葉が出ない。
そんな安藤を見て、三島は微笑んだ。
「分かったよ。優斗」
三島由香里は、いつもの口調でこう言った。
「私達、別れよう」