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本当の名前

「私のためって、どういうこと?」


「先生さ……ロカのこと、憲兵に報告しようとしてたんだ」

 サフィアは昨晩、医者と交わした会話の内容を全てロカに伝えた。

「先生はさ、『記憶が戻ったロカは、今のロカとは違う人間になるかもしれない。憲兵に引き渡すことも、考えた方が良いかもしれない』って言ったんだよ?そんなのさ……そんなの……」


 許せないよね?


「……サフィア」

 いつもと違うサフィアの様子に、ロカはゾッとした。

「で、でも、先生は『サフィアが信じるなら自分も信じる』って言ってくれたんでしょ?なのに、どうして?」

「……タバコ」

「えっ……?」

「先生さ。タバコ止めてくれないんだよね。私が何度言ってもさ。他人には『タバコを吸うな』っていつも言うくせに」

 サフィアは、自分の頭を抑える。

「私だってさ……先生を殺したくはなかったよ。お父さんが生きていた頃からの知り合いだし、とても良い人だから……でも、でもさ……私が何度言ってもタバコを止めてくれない人がさ……ロカのことを憲兵に黙っていてくれるとは思えなかったんだよね」

 

 だから、サフィアは医者を殺した。医者がロカのことを憲兵に伝える前に。


「先生と別れる振りをして一回離れた後、先生の後をつけた。そんで、人の気配が無くなったのを見計らって、後ろから先生を落ちてあった石で殴った。先生ビックリしてたなぁ……」

「……サフィア」

「でも、結局先生を殺したことで、憲兵がたくさん来て、ロカの事もバレちゃったね」

 サフィアは頭を下げる。

「ごめんね。ロカ……私、どうしても貴方を失いたくなかった。お父さんもお母さんも死んで私はひとりになった。でも、ロカが家に来てくれてからは、私、寂しく無くなった。まるでまた家族が出来たみたいだった。でも……でも、貴方が居なくなったら、また私はひとりに戻ってしまう」

 頭を下げるサフィアの目から涙が零れた。

「ひとりは、嫌。ひとりはもう嫌だ!そう思ったら……」

「サフィアは馬鹿だよ」

 ロカは泣き崩れるサフィアを、そっと抱きしめた。


「たとえ、離れ離れになったって、私は必ずまた貴方に会いに行った。必ず貴方の元に戻ってきた。馬鹿だよ……サフィアは……」

 サフィアを抱きしめるロカの目からも涙が零れる。


 しばらくの間、二人の親友はお互いを抱きしめ合い、涙を流し続けた。

 

***


「私、自首する」


 サフィアは目元の涙を拭い、ニコリと笑った。

「ちゃんと罪を償って、またロカに会いに来る……

「うん」

「ロカが憲兵に私の事を言わなかったのは、私を説得するためだったんでしょ?私が自首するようにって」

「……うん」

 ロカは首を縦に振る。

「ねぇ……ロカ」

「んっ?」

「私が戻るまで、本当に……待っていてくれる?」

「もちろんだよ。サフィア」

 ロカも涙を拭い、笑った。

「さっきも言ったでしょ。ずっと、待ってる」

「ありがとう。ロカ」

 サフィアは、ロカにじっと目を向ける。

「自首する前に、ロカに頼みたいことがあるんだけど……いい?」

「何?」

「一緒に、ご飯を食べて欲しいんだ。捕まったら、しばらく一緒に食べられないからさ」

 サフィアの願いにロカは笑顔で「もちろん、いいよ」と答えた。


「いただきます」

「いただきます」

 二人は一緒に料理を作り、一緒に食事をした。

 料理の内容は海でとれた沢山の魚を調理したもの。どれも新鮮でおいしかった。

 ロカとサフィアは、出会ってから、今までのことを語り合う。

「その時、ロカが助けてくれたんだよね。いやぁ、ロカが居なかったら私達全員海賊に殺されていたよ」

「サフィアもカッコ良かったよ。海賊相手に一歩も引かなくて」

「海獣に襲われた時もあったよね」

「うん、サフィア。『何があっても絶対にロカだけは守る!』って言ってくれたよね。嬉しかったよ」

「あはははっ、なんだか照れるね」

「私も、恥ずかしい」

 二人は、ぎこちなく笑う。

「私……幸せだったよ。サフィアに出会えて」

「うん。私もだよ」

「いつも、いつも……助けてくれて……私……いつも……サフィアの……こと……感謝……して……」

 突然、ロカがふら付き始めた。持っていたナイフを落とす。

「あれ?……私……なんだか……気分が……」


 ロカはそのまま、料理と共に椅子から落ちた。


 サフィアは、椅子から落ちたロカを見つめる。

「サ……サフィア」

「ごめんね。ロカ……」

 サフィアは椅子から立ち上がり、床に倒れたロカに跨る。

「ロカの料理に睡眠薬を入れておいたんだ。お母さんが病気で眠れなくなった時にもらった薬が余ってたから、それを使ったの」


 そう言うと、サフィアは横たわるロカの首をゆっくりと絞め始めた。


「ぐっ……ぐっ……サ、サフィ……」

「大丈夫だよ。怖がらないでロカ。貴方を一人では逝かせはしない」


 私も、直ぐに後を追うからね?


 サフィアはニヤァと凶悪な笑みを浮かべた。

「ぐっ……がっ……」

 ロカは、何かの魔法を発動しようとした。しかし、魔法は発動しない。

 サフィアは「はっ!」と楽しそうに笑う。


「先生を殺した時なんだけどさ。私が殴った時、先生、回復魔法を使おうとしたの。でも、使えなかった。多分、殴られたダメージで魔法が使えなかったんだと思う。その時、気付いたんだ『魔法使いは意識が朦朧とした状態では魔法が使えないんじゃないか?』って。どうやら当たりみたいだね」


 サフィアは、ロカに魔法を使わせないため、睡眠薬入りの料理をロカに食べさせたのだ。

「うっ……ぐっ……」


「愛してる。愛してる。愛してるよ!ロカ!」


 サフィアは腕の力をさらに強める。ロカは苦しそうに悶えた。

「離れ離れになんてなるもんか!私達は、ずっと……ずっと一緒にいるんだ!私達ずっと一緒だよ!ずっと、ずっと、死んでからも一緒になるんだ!」

 ロカの腕から力が抜け、床に落ちる。


 ああ、私、此処で死ぬんだ。ロカはそう思った。


 それも良いかな?

 自分には記憶がない。もし、サフィアが逮捕されたら、私はひとりになる。だったら、このまま生きていくよりも、大好きなサフィアと一緒に死んだ方が良いのかもしれない。


 ロカの意識が消える。辺りが真っ暗になった。


 その時、暗闇の中に一人の男性の姿が見えた。


 その瞬間、黒い光が走る。


***


 黒い光が走った。同時に、サフィアの体は吹き飛ばされた。

 

「がっ!」

 吹き飛ばされたサフィアは壁に叩きつけられ、全身を強打した。

「一体、何が……」

 サフィアは、ゆっくりと目を開ける。


 そこには、立ち上がっているロカの姿があった。


 ロカは首を抑えながら「ケホッ」とせき込む。

「ああっ、苦しかった」

 ()()()()()()()()使()()()。首を絞められた苦しみが一瞬にして消える。

 サフィアは驚いた表情でロカを見る。

「ロ、ロカ……ど、どうして?魔法は使えないはずじゃ……?」

 なんで、回復魔法が使える?呆然としているサフィアにロカは言った。


「魔法の中には、意識が朦朧としていても使える魔法があるんだ。

今の魔法は、私の周囲のものを吹き飛ばす魔法だよ。使える人間は少ないと思うけどね。まぁ、()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()。」


 ロカはサフィアを見る。

「ありがとう、サフィア。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ロカの言葉にサフィアは目を大きく見開いた。

「記憶を……?ロ、ロカ、貴方まさか、記憶が!」

「違うよ、サフィア。私は……『ロカ』じゃない」


 黒髪の少女は、サフィアに近づき、自分の名を告げた。

 自分の本当の名を。


「私の名前は『菱谷』」


 少女は美しい黒髪をかきあげる。


「『菱谷忍寄』、それが私の本当の名前だよ」

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