表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/140

獣と狩人

 菱谷はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「先輩と私は、何度もキスをしました。何度も体を重ねました。何度も何度も何度も私と先輩は愛し合いました」

 菱谷は勝ち誇ったような口調で話す。

「もう、先輩は私の物です!身も心も先輩は私の物になりました!」

 貴方が入る余地は、もうありませんと、菱谷は笑う。

「……」


「私は、これから先輩の子供を産みます。十人も二十人も……そして、先輩と私、子供達とで永遠にこの世界で、幸せに暮らすのです!」


 菱谷は頬を紅く染め、幸せそうに話す。

 まるでお伽噺に憧れる少女のようだった。


 その話を聞いた三島は……。


「フウ」


 深いため息をついた。


「貴方……馬鹿じゃないの?」

「……何?」

 思いがけない三島の言葉に菱谷は眉根を寄せた。

「今……なんて言いました?」

「貴方……馬鹿じゃないの?って言ったの」

 周囲の温度が一気に下がる。

「優斗と貴方が愛し合っているなんて、そんなことある訳ないじゃない。だって……」


 優斗は私を愛してるんだから。


「……貴様」

 菱谷の雰囲気が変わった。菱谷は、まるで獣のような目で三島を睨みつける。

「ふざけたことを言うな!」

 菱谷の影が明かりとは関係なく、ユラユラと揺れ始めた。

「先輩と私は、愛し合ってるんだ!先輩がこの世界に来てから、私達は何度も何度も愛し合ったんだ!私と先輩は魂で結びついているんだ!」

「はぁ……」

 三島は再び、深いため息を吐く。


「“言霊の魔法”で操ったんだでしょ?さっき、王や貴族を操ったみたいに」


「―――ッ!」

 三島の言葉に、菱谷の口が閉ざされる。

「君は“言霊の魔法”を使って、優斗と無理やり関係を持った。嫌がる優斗の意思を無視して」

「……違う」

 菱谷は、か細い声で反論する。

「先輩は何度も私に『菱谷、愛してる』って言ってくれた。だから……」

「それも“言霊の魔法”を使ったんでしょ?」

 三島は狩人のように、菱谷を追い詰める。

「君は、優斗に無理やり『愛している』と言わせた。でも、それは“言霊の魔法”で言わせただけで、優斗の意思じゃない」

「違う」

「優斗は君なんか愛してない」

「違う!」

「優斗が愛しているのは……」


 私だよ。

 

「……殺す」

 菱谷は静な声で宣言する。


「『死ね』」


 そして三島に対して“言霊の魔法”を発動した。


 言霊の魔法。

 相手を意のままに操る魔法。どんなに頭の中で拒絶しても、必ず命令した行動をとらせる恐ろしい魔法。


 その“言霊の魔法”で三島は『死ね』と命じられた。


 三島は落ちていた剣を拾い、それを自分の喉に向けた。

 そして、剣先を自分の喉に向かって動かした。


 三島の喉を剣が貫通した。


 ように見えた。


「なんてね」

 三島はおどけた口調で笑うと、剣を放り投げる。喉を貫通したように見えた剣だったが、実際には三島の喉の横を通り過ぎただけだった。


「チッ……」

 菱谷は軽く舌打ちをする。

「やはり、お前……」

「そうだよ」

 三島は軽く頷く。


「私に“言霊の魔法”は効かない」


「……」

 菱谷は思い出す。

 先程、菱谷は“言霊の魔法”を使い『全員、死ね』と言う命令を下した。この『全員』というのは、『玉座の間にいる人間全員』という意味だ。

 それは、当然、玉座の間にいた三島も含まれる。


 王は死んだ。貴族も兵士も菱谷の“言霊の魔法”で命じた通り、死んだ。

 しかし、三島はだけは、生きている。


「君が使う魔法はすでに調査済みだ。君が使う魔法で最も恐ろしいのが、その“言霊の魔法”だ。だから、対策を取らせてもらった」

 菱谷は目に魔力を集中させる。三島の体が光輝いて見えた。

「新魔法か!」

「その通り」


『新魔法』……文字通り、新しく開発された魔法のことだ。


「そう、新しく“言霊の魔法”を無効にする魔法を開発した。何日も徹夜してようやく身についたよ」


 その魔法は、自分の体を薄い魔法の膜で覆うというシンプルなものだった。

 ただ、効果は絶大だった。この魔法は、あらゆる魔法を遮断し、術者を守る。それは“言霊の魔法”も例外ではない。


「開発したばかりだからまだ名前はないんだ。後から考えておくことにするよ」


 軽い口調で言うが、三島がしたことは、魔法史に名が残る程のとんでもない偉業だった。

 凡人の魔法使いは、何人集まっても“言霊の魔法”を無効化する魔法を開発するどころか、どういうメカニズムで“言霊の魔法”が発動しているのかすら、理解できない。

 三島は、それを一人で成功させた。『大魔法使い』と呼ばれる程の天才である彼女にしかできないことだった。


「なら……直接殺す!」

“言霊の魔法”が効かないことが分かると、菱谷は即座に別の攻撃に移った。

 菱谷の影が玉座の間に広がる。影は枝のように細かく分岐し、玉座の間にある死体に触れた。

「オオオオオオオ」

「ゴオオオオオオ」

 死体が、ゆっくりと起き上がる。起き上がった死体は不気味なうめき声を上げながら、武器を拾い、それを三島に向けた。

 動く死体の中には、王や貴族の死体もある。


「お前さえいなければ、お前さえいなければ、お前さえいなければ、お前さえいなければ、お前さえいなければ……」


 菱谷はブツブツと呟き始める。


「先輩は私の物だ。私の物だ。私の物だ。私の物だ。私の物だ。私の物だ。私の物だ。私の物だ。私の物だ。私の物だ。私の物なんだ!」


 菱谷は三島を指さす。

「殺せ!」

「グアアアアアア!」

「ガオウアアアア!」

 菱谷が命じると、動く死体達が一斉に三島に襲い掛かった。


「あの時も言ったよね」

 三島はパチンと指を鳴らす。その瞬間、まばゆい光が玉座の間を照らした。

「ウギャアアアアア!」

「ギギャアアアアア!」

 光に当てられた動く死体達はこの世の物とは思えない悲鳴を上げ、バタバタと倒れ出した。

 そして、二度と起き上がることはなかった。

「お前えええええ!」

 狂乱する菱谷とは対照的に、三島は静かに言葉を紡ぐ。


「たとえ、君が優斗を奪ったとしても、必ず奪い返すって」


                ***


「死ね」


 菱谷は迷いのない動作で、三島にナイフを振るった。


 次の瞬間、菱谷の持っていたナイフは宙を舞っていた。

「―――ッ!?グハッ!」

 いつの間にか、菱谷は地面に倒れていた。地面に打ち付けられた顔、そして腕に痛みを感じる。

「だから、落ち着いてって言ったでしょ?」

 菱谷の上から声が降ってきた。そこで初めて、菱谷は自分の身に何が起きたのかを知る。


 菱谷は三島に腕を取られ、地面に組み伏せられていたのだ。


 持っていたナイフが宙に舞ったのは、三島がナイフを蹴り飛ばしたからだった。


「ぐっ!」

 菱谷はなんとか拘束から逃れようと暴れる。

 しかし、三島の拘束は全く緩まない。

「暴れても無駄だよ」

 三島は静かに呟く。


「菱谷忍寄さん」


「ッ!?」

 菱谷は目を大きく見開いた。

「どうして、私の名前を……」

「もちろん、知っているさ。優斗の周りにいる女は、全員調べてあるからね」

 微笑みながら、三島は菱谷に告げる。


「まさか、優斗の周りにいる女の事を調べていたのが、自分だけだと思った?」

「くっ!」

「彼氏の周りにいる女の事を調べるのは彼女として、当然の事でしょ?」

 三島はギリギリと菱谷の腕を締め上げた。

「ぐっ、があああ!」

 あまりの痛みに菱谷は悲鳴を上げる。三島がもう少し、力を込めれば、菱谷の腕は確実に折れる。

「ぐっ!」

 菱谷はまたしてもポケットに手を入れた。今度は小さなスプレー缶を取り出すと、三島の顔めがけて、勢いよく噴きかけた。

「!!」

 菱谷がスプレーを噴き出す前に、三島はとっさに菱谷から離れた。

 菱谷は動作で素早く立ち上がると、腕を抑えながら叫んだ。


「奪ってやる」

 手負いの獣のように菱谷は吠える。

「必ず、お前から先輩を奪ってやる!」


 喚き散らす菱谷に三島は答えた。

「いいよ。やってみなよ」

 三島も叫ぶ。


「たとえ、奪われても必ず奪い返す」


「クッ」

 菱谷はギリッと歯ぎしりをすると、そのまま夜の闇に消えた。


                ***


「あの後、君は優斗と無理心中をしたんだよね」


「死ね!死ね!死ね!」

 菱谷の影が茨のような形状となり三島を襲う。だが、菱谷その茨は三島の体を覆う光に全て弾かれた。

「くそ!」

 怒り狂う菱谷に三島は問い掛ける。


「ねぇ、どうして、君は優斗と死んだの?」


「―――ッ!」

 三島の言葉に菱谷は顔を歪めた。

「君はあの時、言った。優斗を奪うと。確かに君は優斗と死ぬことで私から優斗を奪い去った……でも、死ぬことはなかったんじゃないの?」

「くっ!来い!」

 菱谷が命じると、突如、何もない空間から魔物が現れた。

 骸骨の姿をした魔物は布で体中を覆っている。

「創造魔法……マジック・スケルトンを造ったか」

「ウカマウナウアオナウアウナウ」

 骸骨姿の魔物は不気味な言葉を発し、三島に魔法を放つ。

 全てを燃やす暗黒の黒い炎の塊。


「マジック・スケルトンのブラック・フレイムか……」

 そう呟いた三島の手から、光の剣が伸びる。


 三島は長く伸びたその光の剣で、骸骨姿の魔物ごと黒い炎の塊を斬った。


「グアヤアエイエアアア」

 光の剣で切られた骸骨姿の魔物は、そのまま塵となって消える。黒い炎の塊も一瞬で消えた。

「チイイイイイ!」

 菱谷はイラつきながら、攻撃を繰り返す。しかし、その攻撃は三島には届かない。


「君はあの夜、気付いたんだ。私には勝てないって」

「黙れ」

「だから、君は優斗と死んだ。私がいる限り、優斗を自分の物にできないと理解していたから……」

「黙れ」

「もしかして、こう思ってたんじゃない?『この世界なら、魔法がある。魔法を使えば、私に勝てるかもしれない』って。でも、残念だったね。この世界でも私の方が君より上だったみたいだ」

「黙れえええええええええええ!」

 菱谷は狂乱して三島に襲い掛かる。


 その焦りこそが、三島の言葉が真実である事を示していた。


 あの夜。菱谷は安藤と別れさせるつもりで、三島を襲った。だが、菱谷は逆に返り討ちにされてしまった。

 その時、菱谷は本能的に気付いていしまったのだ。


 自分はこの女には勝てないと。


 あの日、電車の中で菱谷は安藤を自分の物にするべく、彼を誘惑した。

 しかし、菱谷は安藤に完全に拒絶された。安藤の頭には三島由香里がおり、菱谷には入る隙がないことを思い知らされた。

 菱谷が安藤を自分の物にできる手段は、もう一つしか残されていなかった。


 それは、三島がいない場所に安藤を連れて行くこと。


「お前さえ、お前さえいなければ……!」

 菱谷の怒号は玉座の間どころか、王宮そのものを揺らした。

「せっかく、お前のいない世界に来れたのに!せっかく、先輩と二人になれたのに!異世界にまで追ってきやがって!」

 菱谷は人間とは思えない形相で三島を睨む。


「また邪魔しやがって!何が『大魔法使い』だ!お前なんて……お前なんて『大魔法使い』なんかじゃない!先輩に付きまとう唯のストーカーだ!」

 憎悪を込めた声で、菱谷は叫ぶ。


「この……“ストーカー魔法使い”が!」


 菱谷の怒りが爆発する。黒い影が玉座の間を暗く覆った。


               ***


 彼に会いたい。


 早く彼に会いたい。

 屋敷に行ってみる。彼は、いなかった。どこに行ったのだろう?

 私は魔法で、彼の痕跡を辿ってみた。どうやら、彼は森へ逃げたらしい。


 私は迷わず彼の後を追った。


 彼の後を追うと、森の中にある家に辿り着いた。

 こんな森の中に何故、家があるのか。そんなことは、どうでもよい。彼はまちがいなく、この家の中にいる。

 家には鍵が掛かっていた。私は、魔法で鍵を開け、中に入る。


 魔法で探索する。地下室を発見した。

 そこに、二人の人間がいた。


 私は、迷わず地下室の階段を下りる。


「だ、誰だ!?」

 地下室から、声が聞こえた。

 彼ではない。無視して階段を下り続ける。私は、地下室の扉の前で止まった。


 血の匂いがした。彼の血の匂いだ。


 私は怒りに体を震わせる。

「だ、誰だ!?誰だって聞いているだろう!」

 扉の向こうから、また声がした。彼ではない。

 こいつが、彼を傷つけたのか?怒りがさらに燃え上がる。


「く、くそう!」

 地下室の扉が開き、ナイフを持った男が出てきた。

 私は魔法を発動させる。


 男は真っ黒に焦げ、床に倒れた。


 黒こげになった男を無視して、私は地下室を進む。


 いた。彼だ!

 

 彼は、椅子に拘束され動けないでいた。目を固く閉じているのは私の魔法のせいだろう。悪いことをしてしまった。

 彼は怯えていた。


 私は、彼を落ち着かせるため、耳に息を吹きかけてみた。

「フッ」

「―――ッ!?」

 彼の体がビクリと震えた。可愛い。

「なっ!?うっ!」

 気が付くと、私は彼の唇を自分の唇で塞いでいた。

「くっ、や、やめ……んんっ!?」

「んっ」

 私は彼の唇にさらに自分の唇を押し付けた。彼が首を逸らして逃れようとする。私は彼の頬を両手で挟み、抵抗を防いだ。


 幸せだ。まるで、天国に来たみたいだ。


「んっ」

「んっ、くっ……ふはぁ……ハァ、ハァ」


 数分後、私は彼の唇から自分の唇を離した。本当はもっとしたかったけど、今はこれくらいにしておこう。

 これ以上すると歯止めが効かなくなる。


 私はパチンと指を鳴らした。彼を拘束していた手錠と鎖が切れ、地面に落ちる。


 彼がゆっくりと目を開ける。

 私は満面の笑みを浮かべると、彼に手を差し出した。


「さぁ、行きましょう!」


 私がそう言うと彼は私の顔を見て、こう言った。







「由香里……?」


 私の名前を呼んだ彼……優斗に、私は笑顔で応える。

 驚き、目を丸ている優斗は、とても愛らしかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ