絶対時間
1999年、ノストラダムスの大予言が世間を騒がせていた年の師走。
世界は否応なく変革の時を迎えた。
…らしい
詳しくは知らない。
そもそも、歴史の授業なんて半分以上寝てたわけだし、俺からすればわけのわからん化学だの物理だのの授業よりも『異能』の方がしっくりくる
『異能』 先生が言うにはこの世の物理法則を無視した現象。
異能を持つ人間は、その言語中枢の発達と同時に自分自身の異能を理解する。
自分のもつ異能とはこういうもので、何が出来るのかという事を誰に教わるでもなく知るのだ。
「あ、俺って人より足速いわ」
とかそういったレベルの気づき。
そう。異能なんてそれほど珍しいものでもない。
なんせ100人に1人だ。学年を探し回れば1人や2人は必ずいる程度のものでしかない。
世の中は『異能』なんて関係なく進んでいく。
先生のいう『異能』の凄さなんて全くピンとこない。
所詮『異能』なんて、単なるチョットした特技や個性程度でしかないのだ。
さて、ココまでざっくりとした異能の説明をしてきた訳だが、かく言う俺も異能者の1人である。
『絶対時間』
それが俺の能力名。
お、そこで鎖でも使うのかよとか言いたげな目を向けた君。君とは趣味が合いそうだ。
しかし、肩透かしになるようで申し訳ないが、この能力にあんな力はない。
というより、『異能』というものにさしたる力なんてないんだ。
俺の能力は『グリニッジ標準時間を零コンマ1秒まで正確に把握出来る』というものだ。
要はめっちゃ正確な体内時計を持ってるってだけの能力だ。
グリニッジ標準時ってのは簡単にいうと全世界の時間の基準で、今でこそ慣れてはいるが、子供の頃は時差の概念が理解出来なくて色々と苦労したもんだ。
…しょっぱいだろ?
でも、異能者の大半はこんな能力なんだよ。
右手親指の取り外しが可能だったり、蚊に噛まれた時の痒みが多少マシになったり。
ちょっと考えればわかるもんだが、こんな異能があった所でなにか周りに影響を及ぼせるわけでもなければ、俺自身になにかデカい得があるのかって言われたらそうでもない。
お前らと同じだ。
なんにも変わらない。
ただ、ちょっとばかり前提が違うだけの事だ。
最初の方に言った通り、異能者にとって自分のもつ『異能』は極めて自然なものなんだ。
俺にとっては、グリニッジ標準時がわからないやつの方が異常だし、親指が外せない方が異常なやつもいるし、蚊を目の敵にする方が異常な奴もいる。
自分の異能と、周囲の当然が馴染むまでに、そうそう時間がかかるもんでもないんだが、常に奥歯になにかがひっかかってるような違和感があるのもまた、事実。
ほら、自分以外の人間が全員歩けなくて、それが普通で、歩ける自分の方がおかしいみたいな目で見られる…そんな想像をしてみるといい。
嫌だろ?怖いだろ?
そういうことだ。
だからさ、そういうチョット違うってだけで全部が全部ダメっていう理屈はやめておこうぜ。
人間、受け入れるって事が1番重要だと思うぞ。それに、なんてもかんでも自分と違うってだけで拒否していくと、いつの間にか誰もいなくなっちまう。
まーすぐには無理かもしれんが、徐々に自分の許容範囲ってやつを増やしていくことは、勉強よりも重要な事だと、俺は思うな。