とあるテレビの取説より
とびらの様主催「清純ギャグ短編企画」参加作です。
テレビを買った。奮発して、ちょっといいやつだ。
「うーん、やはり50インチは格別だ」
一人暮らしのマンションに、新型のテレビがどんと鎮座している。
値段も相応に高かったのも事実だ。しかし、その元を取れる位にはいい買い物をしたと思っている。
なぜならこのテレビ、
「最新の機能が沢山入っているらしいからな」
そう。このテレビ、大きな画面だけではなく、搭載された新機能も売りのひとつなのだ。
詳しくは知らないが、録画機能やデータ放送などが充実しているとのこと。楽しみだ。
「さて、早速取説とリモコンを……って妙にボタンが多いな、これ」
箱から新品のリモコンと取説を取り出すと、リモコンにぎっしりと付いているボタンに驚く。
まあ、でも地デジだなんだので多機能化が進んでいるから、こんなものなのだろう。ましてこれは最新機種。これくらい多くても仕方ないのかもしれない。
「どれどれ、まずは電源を……おお、やっぱ画質いいな」
リモコンの左上、電源ボタンを押すと大きな画面が鮮やかな映像を映し始めた。やはり最新機種、前のテレビよりも画質は格段にいい。
「どれ、次は録画機能だ」
俺は取説の目次から『録画』のページを探して開いた。録画のページには、こんなことが書かれていた。
『録画モードについて』
本製品は本体に記録媒体を内蔵しており、他社の製品と接続することなくお好きな番組を録画することが可能です。
『未来の番組を録画する場合』
リモコンの『番組表』ボタンを押すと、各放送局の番組表が表示されます。予約したい番組にカーソルを合わせ『録画』ボタンを押すことで録画の予約が完了します。
なるほど、よくあるテレビの録画予約とそう大差は無いようだ。これなら操作に困ることは無いな。そう思ってページを進める。
『現在の番組を予約する場合』
現在放送されている番組を予約したい場合は、リモコンの『録画』ボタンを押すことでその時点からの録画が開始されます。また、『改変モード』をオンにしている場合は、「番組の最初から録画をしていた」ことに過去改変することで番組の最初から録画することが可能です。
なるほど、便利だ……って、あれ?
何か、変な事書いてなかったか?
『過去の番組を録画する場合』
この機能は『改変モード』をオンにしている場合のみ使用できます。リモコンで『番組表』ボタンを押した後数字ボタンでお好きな日付を入力することで、その日付における番組表が表示されます。お好きな番組にカーソルを合わせて『予約』ボタンを押すことで過去改変によりその番組を『録画していた』ことにできます。
この機能で予約していただける番組はこのテレビが設置されてから放送された番組に限られます。それ以前の番組を予約したい場合は『統一銀河アカシックレコードアクセス権限』が必要になります。
おい、やっぱりおかしいぞこの取説!!なんだよ過去改変って!!アカシックレコードとか書いてあるし!!
「なんだこれ、未来のテレビでも買っちまったのか……?」
俺は恐る恐る次のページを開いた。
『長時間視聴支援機能』
本製品は長時間視聴支援機能を搭載しています。この機能はリモコンでオン/オフの切り替えが可能です。
俺はリモコンに視線を移した。確かに大量にあるボタンの中に『長時間視聴支援』と書かれたボタンがある。
「で、これは何をしやがるんだ……?」
この機能がオンになっている状態で視聴時間が90分経過した場合、
ごくり。
時空ポータルから蒸しタオルをお届けします。
凄い機能使ってる割に地味なサービスだ!!
(お届けする際、蒸しタオル一個につき50円が通信料に上乗せされます。ご了承ください)
そして微妙な値段だ!!
「何でいきなり庶民的な機能になってるんだ……」
どうせならその技術力でもっとすごい支援をして欲しかった。
少し呆れながら次の項目に進む。
『マッサージ機能』
リモコンの『マッサージ』ボタンを押すと、マッサージが開始されます。本製品のスピーカーから指向性ナノパルスが発され、身体の凝りをほぐします。
「すげえけどそれテレビに要る!?」
しかも無駄にハイテクな機能使ってるし!!本当に何で蒸しタオル使ったのかよく分からねえな。
(注意:外部スピーカーなどに接続していた場合、過剰な出力のパルスが発され身体などが破壊される場合があります。ご注意ください)
「何でいきなり物騒なんだよ!!」
それくらい出力調整してくれよ……ハイテクなんだから……。
「なんかもうよく分かんねえな、これ」
その後もぺらぺらとページをめくっていく。
また次のページに移る。
『アシスタントAI』
本製品にはアシスタントAI機能が搭載されています。リモコンの『アシスタントAI』ボタンを押すと、テレビの付近にアシスタントのホログラムが表示され、お客様の要望にお応えします。
おお、ついにSF家電っぽいやつが出てきたぞ。これは期待大だ。
ワクワクしながら項目をさらに読み進める。
長時間視聴支援機能との連動によって迅速かつ丁寧に蒸しタオルをお届けいたします。
「AIを使ってまで蒸しタオル届けなくていいだろ!!」
人類の夢をもっと大事にしてほしい。
もっとさあ、出来ることあっただろ。
呆れながら次の項目へ。
「次は……モニタリング機能?」
『モニタリング機能』
本製品はモニタリング機能を搭載しており、お客様のバイタルを常に測定しています。測定したデータからお客様の気分や体調に合った番組の選出や映像・音量の調整、最適な温度の蒸しタオルを提供いたします。
「蒸しタオルぅううううううう!!!!」
なんだよこの蒸しタオル推しは!!もっと別の方向にハイテク機能使えよ!!
「結局、何なんだろうなぁ、こいつ」
しかしまあ、外部のスピーカーを使わなければ地味に凄いだけのテレビのようだ。欲しいかと言われると微妙だが。
そこまで危険なものではない(外部スピーカーを繋がなければ)のに少し安心した俺は、また次のページをめくった。
『防衛用衛星砲』
本製品には衛星砲を内蔵した人工衛星が付属しています。衛星は常にお客様の上空を飛行し、お客様の付近を監視しています。リモコンの『Cannon』ボタンを押すことで衛星砲がスタンバイ状態になり、お客様に危害を加える可能性のある物体を発見し次第衛星砲による迎撃を行います。
「……なにこれこわい」
前言撤回。やっぱやばいやつだこれ。
何でただのテレビに衛星砲が付いてんの!?殺すの!?それともこれ持ってる時点で襲われるの!?
「未来ってテレビにこんなもんつけないといけないくらい物騒なのか……?」
そんなことを呟いても誰も答えてはくれない。だって未来だし。
しかし、こんな機能を知ってしまった手前、さっきまでと同じようにこいつを見ることはできない。
だって、衛星砲だぞ。どう少なく見積もってもやばい火力が出るだろ。明らかに個人の所有するブツじゃない。
「どうしよう、これ。もう返品した方がいいんじゃね?」
でも、どうやって?
買った店に持ってくの?そんで、
「さっき買ったテレビなんだけど、過去改変とか衛星砲機能とかいらないんで返品してもいい?」
とか言うの!?
「変質者じゃん!!どう見てもおかしい人じゃん!!」
こんな与太話誰が信じるというんだ。そもそもこの取説自体がジョークかもしれないのに。
「とりあえず、一度試してみるか……?」
そう思い、リモコンを操作しようとして――――
ピンポーン
「!?」
突然の呼び鈴に心臓が高鳴る。
「い、一体何だ……?」
いつもならそんなに驚きはしない。
しかし、今俺の部屋にはこのテレビがあるのだ。
もしこんなテレビが俺の部屋にあると知った人がいたとしたら……?
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……
呼び鈴は何度も押されている。これは、明らかに異常だ。
「マジかよ……」
どう見てもこのテレビが原因だ。こんなよく分からん物のせいで俺の生活は、ぶっ壊されてしまうのか?
「……だったら、抵抗くらいはしてやる」
俺はリモコンを強く握ると、『Cannon』ボタンを押した。そして、重い足取りで玄関に向かうのだった。
これが落ち着いたら、こんなテレビ絶対捨ててやるからな!!
『おかえりなさいませ、ご主人様』
仕事から帰った俺がドアを開けると同時に、玄関にメイドのホログラムが投影された。ホログラムは丁寧な仕草で俺に頭を下げると、アタッチメントの取り付けられた電灯を操作した。
廊下が手前から徐々に照らされていく。そしてその先のリビングに明かりが灯ると同時に、テレビの画面が煌めいた。
50型の大型ディスプレイが、最新型に相応しい画質で俺を出迎える。
「ただいま」
俺は一言AIを労うと、スーツを脱いでソファーに腰を下ろした。深いため息が漏れる。
今日も一日デスクワーク続きで疲れた。こんな日は、肩が凝る。
だから俺は、リモコンの『マッサージ』ボタンを押した。
「あー、気持ちいい……」
テレビのスピーカーから発するナノパルスが的確に俺の身体の凝りをほぐしていく。
さっきまでの疲れが嘘のように取れていくのを感じた。
「これで今日も快眠だな」
すっきりしたところで、テレビの画面に目を移す。
鮮やかなディスプレイにはバラエティ番組が流れていた。
「……お、結構面白いな、これ」
モニタリング機能によって俺の好みを完璧に把握したテレビは、常に俺が面白いと感じる番組を流してくれる。
だから、今見ているこれが面白いのも当然なのである。
「折角だし昔の放送も遡ってみるかな」
俺は『番組表』ボタンを押すと、バラエティ番組の名前をリモコンで打ち込んだ。
このキーワードに合致する番組をアカシックレコ―ドから検索します。
『統一銀河アカシックレコードアクセス権限』を提示してください。
俺はいつものように統一銀河のIDとパスワードを入力した。
承認されると同時、画面にはバラエティ番組の過去の放送の一覧がずらりと並んだ。
どうやらそれなりの長寿番組だったらしい。今まで見なかったことを少し後悔した。
だけど、そんな後悔をする必要は最早ない。俺には、統一銀河アカシックレコードアクセス権利があるのだから。
……ちなみにこれ、取説にあるガイド通りに操作したらあっさり取得できた。しかも年会費無料!
「さて、じゃあ第一回から……っと」
リモコンを操作しようとした瞬間、窓から光がバシュッ!と流れ、テレビの画面の端に小さくテロップが表れた。
衛星砲を発射:命中。適性存在の沈黙を確認しました。
「毎度懲りない連中だ」
どうせこのテレビの存在を聞きつけた裏の連中だろう。だが、このテレビに搭載された衛星砲の敵ではない。
それにコイツは、危険な存在のみを瞬時に蒸発させ証拠も一切残さないという優れものだ。
俺の安全は、常に衛星が守ってくれているのだ。
俺があのテレビを買ってから、3カ月の時が経った。
あの日、インターホンを鳴らしたのは案の定というか、あのテレビの存在を察知した奴らだった。
何の組織かは分からないが、とにかくテレビを危険だと考えた奴らは、即座に俺のテレビを奪って隔離・収容してしまおうと考えていたらしい。
まあ、掴みかかろうとした奴は即座に衛星砲の餌食になったんだがな!
……とはいえ、俺だって別にこのテレビで世界征服をしたいわけじゃない。ただ、いいテレビで快適な生活を送りたいだけだ。
だから、俺はその組織と取り決めを交わした。
「お前らが俺を襲わない限り、俺もこのテレビで危険なことはしない」と。
しかし、噂というのは広まってしまうもので、どうしても俺のテレビの存在を知ってしまう奴がいる。
そんな奴らは遠慮なく衛星砲で蒸発していただいている、というのが現状だ。
まあ、つまり。
今の俺を脅かす存在は何もない、ってことだ。
「……っと、もうこんな時間か」
少しうとうとしてしまっていたようだ。時計を見ると、帰宅してから90分ほどが経とうとしていた。
となると、アレだ。
「ん」
俺は左手を掌を上にして横に突き出した。
俺の左横ではメイドのホログラムが両手を差し出して、そこからポンッ、とロールされた蒸しタオルが現れた。
蒸しタオルはメイドの動きと連動するように、俺の左手に乗せられた。
「おお、これだよこれ」
蒸しタオルは絶妙な温度で、握る手がじんわりと温もりを感じる。
俺はおもむろにロールされた蒸しタオルを広げると、それを自分の顔に押し付けた。
「ああ~~~~~~~~~~」
自分でも信じられないほどに気の抜けた声が口から漏れた。
いやしかし。
それこそが、蒸しタオルの魔力なのだ。
「これだよ、これ」
3ヶ月前、俺は何度も突っ込んだ。
「何故、こんなにハイテクなのに蒸しタオルにこだわるのか」と。
だが、今なら分かる。
技術を極めた末に辿り着いた極致こそが、蒸しタオルなのだ。
だって、絶妙な温度の蒸しタオルは今、こうして俺の目の疲れを嘘みたいに取り払ってくれているのだから。
とはいえ、不満がないこともない。
「タオルの肌触り……良すぎるんだよな」
いや、勿論これはこれでいいのだ。
でも、居酒屋とかで差し出されるちょっとゴワゴワした蒸しタオルにも捨てがたい魅力があるのだ。
たまには。そう、たまには、そんな時があってもいいのではないだろうか。
「どれ、ちょっと問い合わせてみるか」
俺は散々読み漁ったテレビの取説を取り出した。
最初は驚いたが、今ではここに書かれている内容の大半は知っている程に使い慣れてしまった。
俺はその裏表紙を見た。
『お問い合わせ』
製品やサービス、蒸しタオルに関するお問い合わせは以下の電話番号にーーーー
製品と蒸しタオルに真剣な彼らだ。きっと俺の要望も真摯に受け止めてくれることだろう。