1日目
登場人物
有沢淳也:喫茶店「アリサワ」マスター
有沢美琴:喫茶店「アリサワ」店員
柿原清美:平輪高校物理教師
境野里奈:平輪高校3年生
鷹取勝正:仁楼村駐在警察官
鷹取みのり:平輪高校3年生
名畑修二:小説家
名畑継治:仁楼村村長
林川凌介:平輪高校3年生
前田哲彦:平輪高校3年生
相関図
継「では最後に確認するぞ。我々の中には、残念ながら『人狼』が2匹紛れ込んでいることは事実だ。だがしかし、そんな人狼に対抗するための能力を授かった者もいる。昨日の夜を含め、毎晩生き残っている者ひとりを指定し、その者が人狼か否かを知ることのできる『占い師』。前日に処刑した者が、人狼か否かを知ることのできる『霊媒師』。毎晩、生き残っている者ひとりを人狼の襲撃から護ることができる『騎士』。ただし自分自身を護ることと、2日続けて同じ人を護ることはできないらしい。そして神がそんな能力を授ける代償として、ひとりの者は狂ってしまう。すなわち、人狼が村を滅ぼす手助けをする『狂人』となる。と、こんなところだ。分かったね?」
集会場の円卓の周りに座った10人は小さく頷いた。継治はそれを見ると、低く重い声で言い放つ。
継「それでは、会議を始めよう」
そうは言ったものの、しばらく誰も何か言葉を発しようとはしなかった。すると継治は周りを促すように切り出した。
継「みんな、覚悟を決めるんだ。この村に平和をもたらすために」
淳「でも村長さん。いったい何について話せば良いんだ? こんな――こんな場で」
淳也は円卓に座った者の顔を見渡しながら言う。すると哲彦が、渋々といったような感じで提案する。
哲「例えば神から能力を授かった者が名乗り出る、そんなのはどうですかね?」
清「でも前田君――いえ、哲彦君」
清美が冷静な口調で反論する。
清「そんなことをしたら、その者は真っ先に人狼に襲われてしまうわ! 騎士という能力の人は、同じ人を続けて守れないんだから」
凌「でも姉ちゃん。このまま大したことを話さないで投票の時間を迎える、そんなの俺は嫌だぜ。姉ちゃんは物理の先生だろ? ちょっとは合理的に考えてくれよ」
清「でも……」
み「みのりも、能力がある人に出てほしい。このままで何もしないで、能力のある人を投票しちゃうのは嫌だよ。せっかく神様がみのりたちに与えたチャンスなのに」
勝「よし私が出よう。私は霊媒師、その能力を授かった」
娘の不安げな声を聞いて、勝正は意を決したように声を張り上げ言った。
み「そ、そうなのお父さん!」
勝「あぁ。死んだ人から判断するというのは……あまり気持ちの良いものではないがな」
淳「待ってくれ、カツさん。俺が霊媒師ですよ」
勝正は思いがけない言葉を聞き、眉を上げた。だが勝正が何かを言う前に、淳也の隣の席の美琴がすぐに問いただす。
美「な、何を言ってるの淳也! 霊媒師はひとりしかいないんじゃ……」
凌「人狼か狂人が能力を持っているふりをして、オレらを混乱させようとしているんだろ、美琴さん」
美「そ、それじゃあカツさんか淳也さん、どちらかは……」
凌「そういうことだろ」
自然と勝正と淳也に視線が集まる。それに耐えられなくなったのか、みのりが勝正の前に出て大声を上げる。
み「みんなやめてよ! お父さんは本物! そうよね!」
勝「ああ。もちろんだ」
自信たっぷりに大きく首を縦に振る。それを見て、みのりは少し笑顔になった。
美「でもみのりちゃん。私だって淳也を信じているわ! 淳也、本物なんでしょ!」
淳「そうだ。この有沢淳也こそ、本物の霊媒師。カツさんは……おそらく狂ってしまった人なんだろう。人狼があんな風に先陣を切るとは思えないからな」
勝「私から見れば、淳也君。君がそれに見えるがね」
修「あの!」
淳也と勝正の言い争いに、修二が割り込む。
修「占い師はいないんですか? 僕は出てきた方が良いと思うんですが……」
継「そうだな修二、私もそう思っていた。今のところ一言も話していない里奈ちゃん。君なんかはどうかね?」
里「あ、あたしですか? あたしは別に……」
み「ちょっと村長さん! なんで里奈に話を振るの! 里奈はちょっと、こんなことになってナーバスになってるの!」
里「大丈夫、大丈夫だから。でもとりあえず、あたしは占い師ではないです。ただ占い師を出そうとした修二さんと村長さんは、少し怪しんでいます。だって占い師が名乗り出るのは、その分人狼に襲われるリスクが大きくなるでそしょう?」
継「私はただ議論を進ませようと……」
修「僕もだよ!」
すると哲彦の隣で、凌介が立ち上がった。
凌「俺が占い師。修二さんは人間だという結果が出ている。だからこれ以上疑わないでやってくれ」
清「待って凌介! わ、私が占い師よ……」
清美が遠慮がちに手を挙げた。
凌「姉ちゃん……な、なんで……」
凌介は清美をひどく残念そうな目つきで見ていた。清美もまた同じように凌介を見ていた。
里「柿原先生。気持ちは分かるけど、占った結果を教えてよ」
清「そ、そうね。美琴は人間だって結果が出ているわ」
継「ふむ……では他に霊媒師や占い師だという人はいないか?」
継治が呼びかけても、誰も何も言わなかった。占い師だと名乗ったのは林川凌介と柿原清美、霊媒師だと名乗ったのは鷹取勝正と有沢淳也のそれぞれふたりだった。
哲「凌介、それから柿原先生。人狼に襲われてしまうことは、考えなかったのか?」
凌「俺は考えたさ。でも人間だって分かってる修二さんが、疑われ続けるのは時間の無駄だから名乗った。それだけだよ。確かに人狼に襲われるのは怖いが、カツさんも淳也さんも、勇気を出して出てくれたんだ。俺が引っ込んでるわけにはいかないだろ」
清「私は凌介が出てきたから。凌介は信じていたかったけど……私から見て、間違いなく人狼か狂ってしまった人よ」
ふたりの言い分を聞き終えると、修二は少し声を張って言う。
修「ここで考えなくちゃならないのは、今日は誰を処刑すべきか。1つ目の案は占い師や霊媒師と名乗った4人と、占われた2人を除く人たちの中から選ぶ。つまりみのりちゃん、里奈ちゃん、哲彦君、父さんの中から」
凌「でも修二さん。もし姉ちゃんが人狼の美琴さんに人間だという結果を出していたら、その4人は全員人間じゃないか」
修「あぁ、分かってるよ凌介君。だから2つ目の案は、霊媒師か占い師の中から選ぶことだ」
継「おい、修二! お前は何を……」
修「確かにあまり褒められた方法ではないことは承知だよ、父さん。でも、50%の確率で人狼か狂人を殺すことができる」
哲「オレも賛成だよ」
里「哲彦……」
里奈は哲彦の腕に、不安な気持ちを抑えるようにしてしがみつく。
哲「里奈、ゴメン。でも、村が生き残るにはそれしかないんだよ。そしてオレは、霊媒師と名乗ったカツさんか淳也さん、どちらかに投票しようと思ってる。占い師に手をかけるのは、早すぎる気がするんだ。もちろん霊媒師を軽視しているわけじゃないが……」
み「哲彦! な、なんで……。お父さんには投票しないよね! 淳也さんだよね!」
みのりは勝正の手を握りながら、瞳に涙をためていた。
美「私も淳也を失いたくない! だって、だって淳也は……」
淳「美琴……」
淳也は、涙が止まらない美琴の肩にそっと手を乗せた。
淳「俺は覚悟を決めたよ。俺らは毎日誰かを殺さなくちゃならない。だったら――修二君の言うように50%の方法に乗るよ」
美琴は俯いたままブンブンと頭を横に振った。涙がポタポタと床に落ちる。そんな様子を見ていた勝正は、ゆっくりと口を開く。
勝「そうだな。必ず誰かが犠牲になるんだ。それがみのりだったら私は――本当に辛いんだよ」
み「お父さん! なんでそんなこと言うの! みのり、もっと一緒にお父さんと過ごしたい! なのになんで……」
泣きすがる娘の体に、勝正は優しく手を回す。そんなふたりを見ながら清美がぼそりと呟いた。
清「どちらかに決めなくちゃいけないなんて……」
継「そうだ、清美さん。村のために我々は、決断しなくてはならない」
清「でも村長さん! どちらかに投票したら、必ず誰かが愛する人を失うことに――」
修「覚悟を決めるしかないんだよ、清美」
修二が力強く言うと、ボーンボーンと柱時計の音が鳴った。
継「投票の時間だ。席順で時計回りに投票する。投票中は、投票する番の人以外は発言してはいけない。そしてもし同数になったら再投票して、それでも同じだったらその日の処刑は無し。ではまずは、村長である私から」
継治は大きく息を吐きだすと、淳也の方を向いた。
継「あとから出てきた淳也君。私は君が偽物だと思っている。もし本物だとしたら……この愚かな村長を好きなだけ恨んでくれ」
淳-1
美「私は、淳也を信じてる。だから……カツさんに投票するわ」
淳-1 勝-1
淳「俺は間違いなく本物の霊媒師。だからカツさん、あなたに投票する」
淳-1 勝-2
勝「言葉を返すようになってしまうが、私も自分が真の霊媒師であると知っている。間違いなく狂人、もしくは人狼の淳也君に投票する」
淳-2 勝-2
み「みのり、お父さんを信じてる。きっと神様は、村のお巡りさんとして頑張ってたお父さんに能力を授けたんだって。淳也さん、あなたは――なんでそんなことをするの?」
淳-3 勝-2
里「あたし、ずっとずっと悩んでる。カツさんは、大好きなみのりのお父さん。淳也さんは、大好きなお姉ちゃんの旦那さん。どうしよう、どうしようって、ずっと悩んでた。でもあたし、何も無理に投票することはないんじゃないかって思った。だから、少し怪しんでいる村長さん。あたしはあなたに投票する」
淳-3 勝-2 継-1
哲「そうか――いやでも、オレは最初に言った通り霊媒師に投票する。オレは村長さんとは逆に、場を動かそうとしたカツさんが偽物だと思っている。だからカツさんに投票する」
淳-3 勝-3 継-1
凌「里奈、みんな意を決してカツさんか淳也さんに投票しているんだ。だから、そういうことはしてほしくないと俺は思ってる。投票は淳也さん。哲彦とは逆で、村長さんと同じ意見だ」
淳-4 勝-3 継-1
清「私は――カツさんに投票する。美琴の旦那さんに投票することなんて、できないよ……」
淳-4 勝-4 継-1
修「これが、因果は廻るってヤツか? 言い出しっぺの僕が決定票を――命を奪ってしまうことになるなんて」
修二は顔を伏せ、ボソボソと低い声で話す。
修「カツさんか淳也さん、どちらを選んでも誰かが悲しむ。こんなにも辛いのは人生で初めてだよ。でも僕は――――淳也さん。後から出たあなたに投票する」
淳-5 勝-4 継-1
美琴はただただ泣いていた。そんな彼女を淳也は必死に抱きしめた。
それを見ていた周りの者たちも、事の重大さを改めて思い知ったのである。
◇
村人たちはぞろぞろと全員で、処刑場の前までやってきた。梁の中央には1本の縄がかけられ、その先端は輪になっている。
継「何か、言い残したいことはありますか?」
継治に尋ねられると淳也は妻に口づけして、弱々しい口調で言った。
淳「……美琴、愛していたよ。こんな俺を救ってくれて、ありがとう」
美「淳也……!」
泣き崩れる妻を後に有沢淳也は階段を上り、首に縄をかけた。
◇
「お姉ちゃん?」
里奈は喫茶店「アリサワ」を訪ねた。カウンター席でひとり突っ伏す美琴の姿が、そこにはあった。
「お姉ちゃん……」
里奈が呼んでも、美琴はこちらをチラリとも見ない。しかし妹の存在には気が付いたのか、か細い声で呟いた。
「里奈……何で、淳也が死ななくちゃならなかったのかしら……なんで、カツさんじゃなくて淳也が……」
美琴の手元を見ると、写真立てが握られていた。ふたりのハネムーンの写真だ。美琴がよく、ハネムーンの想い出をとっても嬉しそうに話していたことを里奈は思い出した。
「淳也……淳也……」
美琴はフラフラと立ち上がると、里奈の前を横切ってカウンターの奥に入る。その瞳からは生気が感じられず、里奈はギョッとした。妹がそんなことを思っているとも知らず、美琴は消え入りそうな声で言う。
「里奈……何か作るわよ? 何が良い?」
「え? え、えーっと……」
なんと返事をしたら良いか迷っていると、急に美琴の眼がギラリと光った。
「里奈……あなたがカツさんに投票していれば……淳也は死ななかったかもしれない!」
美琴はドスドスと乱暴に足音を立てながら、里奈に掴みかかった。里奈は驚いて手を振りほどこうとしたが、思いのほか美琴はがっちりと掴んでいるためほどけない。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん! 止めてよ!」
「淳也……淳也!」
美琴には声が全く届かない。なんとかしようとジタバタしていると、後ろで「アリサワ」のドアが開いてベルの音が鳴った。
「里奈!」
哲彦だ。
里奈がそう思った瞬間、哲彦は美琴の体を後ろから引っ張って強引に里奈から離した。その反動で里奈はドア脇の観葉植物の鉢植えを倒し、哲彦は美琴の体と床の間に挟まれた。
「美琴さん! 落ち着いて!」
哲彦は、床にぶつけた肘をさすりながら美琴をなだめる。里奈も急いで姉と哲彦に駆け寄る。
「お姉ちゃん、落ち着いてってば!」
「淳也……」
美琴は床に手をついて、ポタポタと涙を流していた。里奈は、こんなにも取り乱す姉の姿を初めて見た。それほどの愛の深さだったのだと実感する。
「里奈、そっとしといてあげよう」
「そうね……」
里奈と哲彦は、「アリサワ」を後にした。
◇
里奈と哲彦はただ歩いていた。ただ並んで歩くだけで、幾分か気持ちが安らぐ気が里奈はしていた。でもこの不安な気持ちというのは、心の大部分を占めていた。
「……ねぇ、哲彦」
思わず里奈は、哲彦の手を取った。哲彦は一瞬驚いたような表情だったが、すぐに優しい顔を向ける。
「なんだい? オレで良ければ何でも話してくれよ」
「……あたし、怖いの。あたしの大好きなお姉ちゃんの旦那さん、淳也さんが殺されてしまって――もしかしたら、本当にただの淳也さんだったかもしれないのに――なんで、なんでこんなことしなくちゃならないの――」
里奈の瞳からは、涙が流れだしてきて止まらなかった。一旦泣き出すと、気持ちがドンドン溢れ出してくる。
「もう嫌なのよ! こんな――こんなことが! あんなお姉ちゃん見たことなかったし、もうあんな思いをする人が出てきてほしくない! それにいつあたしも死ぬか分からないなんて――」
哲彦は優しく里奈の肩に手を回した。そして温かい手でポンポンと背中を叩く。
「大丈夫、オレがついてるさ。きっと、きっと大丈夫。そう信じるんだ。もちろんオレだって怖いし、あんなこともう2度としたくない。でも――大丈夫。オレがいるさ」
里奈は哲彦の顔を見ようと、涙を拭いながら顔をあげる。
その瞬間、里奈の唇に優しい感触があった。
「……ゴメン。何とか、したくてさ。それに――いつまでも泣いてちゃ、前を向けないよ」
哲彦はハンカチを差し出した。里奈は恥ずかしさのあまり、それを受け取ってそれで顔を隠す。心臓が今までにないくらいにバクバクしているのを里奈は感じていた。
「じゃあ、家まで送るよ。里奈」
ふたりは下を向いたまま、歩き出した。
◇
「あのさ凌介」
凌介は清美に声をかけられ、振り向いた。清美からはとても暗い眼差しを向けられていた。深い深い悲しみの宿ったような眼差しを。
「どうした、姉ちゃん?」
凌介はあえて、普通に返事をする。互いに言いたいことを我慢している様子は、誰かが外から見ていても分かっただろう。
「私、出ていくわね。村長さん家の客間を貸してもらうことにしたの」
「そう、なのか。まぁ、俺も正直出て行ってほしかったよ」
「うん……。あなた、人狼なの?」
「それはこっちのセリフさ。とっても残念だよ。俺の姉ちゃんを返してくれ、演技上手の人狼さん。それとも姉ちゃんは狂っちまったのか?」
「私は弟を返してほしいわ。いつまでも、凌介を見守っていたかったのに」
清美はそう言って林川家を後にした。
◇
「修二。そう気を落とすな。誰か必ずそういう思いをするはずだったんだ」
継治は息子の肩に手を置いた。修二は、ひどくおびえている様子だった。
「だ、だって父さん。僕が……僕が淳也さんを殺しちゃったんだ。美琴が愛していた、淳也さんを」
「確かにその罪は一生背負っていかねばならないだろう。だがそれは私も同じだ。この名畑継治も、彼を殺したことに変わりはない。だから修二。ひとりで背負い込まないでくれ。お前には私も、清美さんもいるだろう」
「父さん……ありがとう」
修二は控えめな笑みを浮かべた。それが今の彼にできる精一杯の感謝の伝え方なのだと、継治は思った。
「それにそろそろ、清美さんも来る頃だろう。清美さんはお前が守ってやるんだぞ」
「あぁ、もちろんさ」
修二は顔を引き締め、力強く頷いた。
◇
「お父さん……みのり怖いよ……。なんで、なんで殺さなくちゃならないの……」
みのりは肩を震わせて言った。勝正はそんな娘をギュッと抱きしめる。
「大丈夫だ。お父さんがついているさ」
「お父さんも、里奈も、哲彦も、凌介も、みんなみんないなくなってほしくないよ……」
「一刻も早く、人狼を殺さなくてはならないな。しっかりやるんだぞ、みのり」
勝正はみのりをさらに抱きしめる。その時みのりは、勝正の手が震えていることに気が付いた。ブルブルブルブルと、ずっと震えている。
「お父さん……お父さんは、みのりが守るからね」
「ありがとう、みのり」
ふたりの瞳からは、涙がこぼれた。
今夜もまた、村を濃い霧が包んだ。
~~まとめ~~
占 林川凌介 名畑修二○
柿原清美 有沢美琴○
霊 鷹取勝正
有沢淳也
処 有沢淳也
犠