崩れた日常
「……あら?」
有沢夫婦は、平輪町と仁楼村をつなぐトンネルの前で立ち尽くす女性の姿を見つけた。ぼんやりとトンネルを見上げたり辺りを見回すその女性は、美琴の幼馴染の柿原清美だった。
「清美、どうかしたの? そんなに辺りを見回して」
美琴はそんな彼女に声をかける。ゆっくりと振り返った清美は、どこか不思議そうでどこか怖がっているような顔。らしくない焦った口調で、清美は答える。
「い、いや、実はおかしいのよ、美琴に淳也さん。私も自分では信じられないんだけど、平輪町に歩いていたと思ったら、なぜか仁楼村に戻ってきちゃって……」
清美は必死に説明するが、淳也がブッと吹き出した。
「そんな馬鹿な! 途中でうっかり反対に歩いちゃっただけだろう? 俺らと一緒に行こうじゃないか」
「そうね。丁度私たちも、平輪町に用事があったから」
◇
里奈は昨日の夜のことが気になり、哲彦、みのり、凌介の家を回った。そこにいたのは、いつもと何も変わらない様子の3人だった。でも皆、不安がる里奈を心配してくれ、一緒に学校へ行ってくれた。
「ふぅん……でも何も起きてないじゃない。そうでしょ?」
みのりが同意を求めると、哲彦は素直に頷いたが凌介は首をひねった。
「安野先生、帰ってきてないんだよ。親の話では、昼過ぎに出かけてったってことなんだけどよ」
「ただ遺跡の調査に没頭してるか、うっかり道に迷ったとかじゃないのか? 大人たちが探せば見つかるよ。この村には獣の類はいないから大丈夫だろ」
「だと良いんだけどな」
そんなことを話していると、もう村と町をつなぐトンネルについていた。なぜかそこには、3人の人物の姿があった。
「お姉ちゃん! 淳也さん!」
「姉ちゃんじゃねえか!」
里奈と凌介が声をかける。その声に振り向いた3人に、里奈たちはギョッとした。なぜなら、3人とも世にも恐ろしいものを見たような、不安に慄いたような顔をしていたからだ。
「柿原先生! 一体どうしたんですか!」
みのりがいち早く清美に駆け寄る。すると清美はみのりの肩をガシッと掴み、肩を震わせながら言った。
「村から……出れないのよ」
◇
山を越えることもできないため、仁楼村は陸の孤島状態だった。電話もなぜか村外には通じず、どうすることもできなかった。
仁楼遺跡の前では、安野吾郎の無残な姿が発見された。はっきりとした見立てはできなかったが、獣に襲われたことが死因であることだけは分かった。
そして毎晩、村人たちは夜10時頃になると急激な睡魔に襲われた。そして夜が来る度、ひとりの人間が命を落としていった――。
どうやら「人狼」がこの村に紛れ込んでいるらしい。誰かに成り代わっていて、毎晩誰かを襲っている。そんなことが書かれた文献が、殺された安野吾郎の荷物から見つかった。
◇
「この村の住人も、たったの10人……ですよ」
鷹取勝正は呟いた。すると背中を向けたままだった村長、名畑継治はゆっくりとこちらを振り向いた。
「カツさん、私に考えがあるのだよ」
「ど、どんな!」
勝正は思わず、継治を揺さぶりながら大声をあげていた。
「どんなことがあってもみのりは、みのりだけは守りたいんだ!」
「落ち着いてください、カツさん」
ハッとして勝正は継治の体から手を離す。取り乱したことが申し訳なくなり、帽子を深くかぶり直した。
「それで……どんな?」
勝正は改めて継治に問い直す。すると継治は、慎重な口調でこう告げた。
「……処刑するんです。我々の中に紛れ込んだ人狼たちを、自らの手で」
勝正は驚きのあまり声を失った。言いたいことが口からあふれてきていて、どれから言葉にしていいのか分からなかった。そんな中、継治はさらに続ける。
「驚いただろうね、カツさん。だがそれしかない。毎日議論ののちにひとりずつ、投票で選ばれたものを処刑する。我々は、何としてでも人狼を始末せねばならない」
「で、ですが村長! 誰が人間か分からない中、互いを殺し合うのは……」
「しょうがないよ、カツさん」
いつの間にか勝正の後ろには、名畑修二の姿があった。ドアにもたれるようにして立ちながら、こちらを見ている。
「修二君……」
「それに、全く人狼が誰か分からないまま処刑者を決めるんじゃない。そうでしょ? 父さん」
継治は息子の問いかけに神妙な面持ちで頷いた。
「そうだ。仁楼遺跡を調べていた、安野先生の荷物を調べていたらあることが分かったのだよ。村人たちが人狼に襲われ続け、10人になった瞬間。神はある能力を与える、とね」
「の、能力?」
「そうだ。毎晩生き残っているひとりを指名して、その人物が人狼か否が分かる『占い師』。その日に処刑した者が、人狼か否かが分かる『霊媒師』。毎晩、生き残っている者ひとりを人狼の襲撃から護れる『騎士』。ただし前日に護った人と自分自身は護れないらしいがね。我々村人は、そんな能力を授かった者の力を借りながらこの村に混じった2匹の『人狼』を処刑するんです。しかし神が我々に能力を授ける代償として、ひとりの人間は狂ってしまう。すなわち『狂人』として、人狼の味方をする」
「なるほど……では既にその能力というのは……?」
「あぁ。すでにその者たちに与えられているのだろう。私や修二、あなたやみのりちゃん、誰にだってその可能性はある」
「……わかりました。それでは村人たちを集めましょう。議論を始めなくては」