表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/44

2 加瀬栄司(18)

 深呼吸を繰り返すと、勝手に出てきた涙が収まってきた。

 もう大丈夫だ、普通に話せる。鼻水が出てきたのが難点だけど、なんとか耐える。

 さあ、顔をあげよう、と思ったとき、肩を叩かれた。

 目の前に、ティッシュが差し出されていた。


 「加瀬くん、電車きてるよ」


 目の前にアンモがいた。

 ああ、そういえば。いたんだったな、とぼうっとしたまま考える。

 ティッシュを受け取って、思いきり鼻をかんだ。

「サンキュ」

 使わなかったティッシュを返そうとしたけど、それごとあげる、と言われたからありがたくもらっておくことにした。

 そんなことをしているうちに、ホームに止まった電車のドアが開いた。

 あわてて一緒に待合室を出て、電車に乗った。上りの電車だからすっかすかだったけど、暖房がきいてて暖かい。アンモは一番端っこにすわった。離れて座るのもへんだと思ったから、1つ分の席をあけた隣に座った。足元から、暖かい風がふきでている。

 アンモは本を開かなかった。かといって話しかけてくるわけでもない。沈黙が気まずくて、話しかけずにはいられなかった。ただ、本名はいまだに思い出せない。

「どうしてここにいるんだ?」

「電車、乗り過ごした」

 本当はどこで降りるはずだったのか聞くと、わりと自分の家の近所だった。こっちから行くと栄司の駅の2つ前だ。そこでもこの駅から30分以上あるけど・・・乗り過ごしたってレベルじゃない。

「よくあるんだ。夢中になると、止まらなくて」

 アンモがそっとカバンに手をおいた。たぶんあの手はカバンの中にある本に触れているんだろう。

「ふうん、何読んでたの?」

 軽い気持ちでそう聞いたのが間違いだった。小説家の名前と作品名がちりばめられたアンモトークがはじまった。正直ほとんど意味不明だった。だって文字だけの本なんて読まないし。

 こいつこんなにしゃべる奴だったのか、なんてことを考えながら適当に相槌をうって聞いてた。うん、うん・・・と言いながら、寒さに冷えた体に暖房の風がしみわたって、いつのまにか目を閉じていた。


「加瀬くん、僕は降りるから」

 肩をゆすられて、目を覚ました。返事をするより早くアンモは電車を降りて行ってしまった。起こしてくれてよかった。さすがにここからまた寝過ごして乗り過ごすのは勘弁願いたい。アンモのやつ、礼くらいいわせてくれてもよかったのに。

 てかあいつ、俺の名前よんだよな。俺のこと知ってたんだ。


 家に帰って、いつも通りにご飯を食べ、妹たちが寝静まった時分。

 俺は両親に、明日進路相談室にいってみるよ、と伝えた。

 妹たちのこれからの学費も必要だし。


 父親は目頭をおさえて、すまん、と小さくつぶやいた。

 

 そして部屋に戻るときに、なぜか思い出した。

 あいつの名前、「巻貝」だ。だからアンモナイトでアンモだった、と。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ