1年後のアンモナイト *8* PM3:45
ポットにお湯を注ぐとハーブの香りがポットから立ち上ってきた。
栄司が持ってきた茶葉だ。
「昨日、会社でもらったんだ。ちょっと香りきつい?」
「そうでもないよ。いい匂いがする」
会社で同じ係のおねえさんが係員みんなにくれたクリスマスプレゼントらしい。
「ずいぶん気前のいいおねえさんだね」
缶に入った立派な茶葉だ。
係員みんなにってことなら、けっこう出費もかさむだろう。
「まあ、もう50過ぎだから、母親みたいな感じだけど」
「それでも、『おねえさん』?」
「そういうもんなんだよ」
「難しいんだね、女の人って」
今までそんなこと意識したこともなかったけど。
今日思い知ったのは「女の子」から「女性」になるのってあっという間だってこと。
「由有は、あれでよかったのか?」
手元のマグカップを玩びながら、栄司が言った。
「なんのこと?」
ポットの蓋を開けてお茶の色を確認するふりをして、そう聞き返した。
「まあ、いいならいいんだけど」
栄司がポットの横にマグカップを置いた。
二つのマグカップにお茶を注ぐ。
ポットの中身を全部注ぎきってもマグカップは二つとも半分ちょっとの量だけ。
最後の一滴までお茶を出しながら、そういえば、と思い立つ。
「駅で待ち合わせなのに、なんで栄司はあそこにいたの?」
あの喫茶店は、駅を出たところの商店街の並びにある。
駅の改札で待ち合わせだったら、あそこを通るわけないのに。
「おれも由有に会う前に買いたいものがあってさ」
「ふうん。何買ったの?」
そう聞くと、栄司は自分のバッグから袋を取り出した。
「由有にクリスマスプレゼント」
「え?僕は何も用意してないけど・・・」
「いいよ。プレゼントといいつつも俺のためのものでもあるし」
赤い不織布の袋は緑とゴールドのリボンで口を結んである。
リボン結びを解いて、袋の中を覗いてみる。
「あれ、もしかして・・・」
中身を取り出す。
ポットだ。今の倍以上はお湯がはいりそうな大きいやつ。
しかも持ち手と蓋以外は透明なプラスチックでできている。
茶葉の開き方が見やすくて、新調するならこれがいいなと思ってたやつだ。
「ありがとう。ほしかったやつだ」
「ま、これからもそれでおいしいお茶淹れてくださいってことで」
ふふ、と笑ってしまう。
「これからは、たっぷり淹れるよ」
「おう、よろしく」
目を合わせて笑う合う。
新しいポットを見ながら、コップ半分に注いだハーブティーをすする。
淹れたてのまだ熱いお茶からは、さわやかなミントの香りがした。
END
再びお付き合いいただきありがとうございました。




