1年後のアンモナイト *4* PM1:05
駅前の商店街はけっこう混雑していた。
休日だし、そんなものかもしれない。
商店街を抜けていくと、デパートと、大型スーパーと、専門店がたくさん詰まったビルがある。おみやげを選ぶのは、デパートの地下になるのかな。
がやがやと賑やかでカラフルな街を歩いた。
人混みは苦手だけど、こうやって人を眺めながら歩くのは嫌いじゃない。
あのカップルは付き合いたてなのかな、とか。
あの家族連れは父親のほうが子育てに熱心そうだな、とか。
あの女の子たちは恋愛の話で盛り上がってるんだろうな、とか。
また別のグループは、なにか真面目そうな話をしているのかな、とか。
「カップル」「家族連れ」「友達同士」言葉でくくれば同じだけど、その中身が全然ちがうのが面白くて好きだ。
デパートの地下には、むっとした熱気があった。
そして、かなりの数の高級お菓子店が連なっていた。
せんべい、ゼリー、ケーキ、どらやき、羊羹、クッキー、チョコレート・・・その他もろもろ。
「おにいさん、試食いかが?」
差し出されるつまようじを断ってしまう。
本当は食べたほうが選ぶのにいいのかもしれないけれど、食べたら最後。買わなければいけないような気がしてしまってうまく受け取れなかった。
おばあちゃんやお母さんや、おじさんは何が好きなんだろう?
おじさんは、お酒を嗜むっていってたから甘いものはいまいちなのかな?
お盆のときは、みんなでおまんじゅうを食べたような気がするから、和菓子は好きなんだろうか?
でも、和菓子って向こうでも手に入るものなのかな?
それだったら、東京のおしゃれなお菓子とかのほうがいいんだろうか。
・・・わからない。
迷っているうちに、栄司との待ち合わせを意識しないといけない時間になっていた。
とりあえず、ちょっと落ち着いたところで何がいいか考えてからもう一度戻ってこよう。
この熱気から逃れたくて、外に出た。
デパートを出た目の前に、公園がある。
その公園の中の遊歩道に沿ってベンチがならんでいる
ちょっと寒いけど、あそこに座ってすこし考えようか。
空いているベンチを探す。
一つだけ、誰も座っていないベンチがあった。
そこに座ろうと歩き出すと、その一つ手前のベンチに女性が一人で座っているのが目についた。
顔は横向きでみえないけれど、一人でいるってめずらしいな、とつい見てしまう。
大学生くらいの女の子だと思う。
いまどきの子にしてはめずらしいまっすぐな黒髪だったから、なおのこと目についたのかもしれない。
さらりとした黒髪が肩を超える長さだった。
襟のところにもふもふした飾りがついたグレーのコートに、ふくらはぎまでの茶色いブーツ。
普段人の服なんてまったく気にしないけれど、不思議と彼女の黒い髪にその服はよく似合うなと思った。
彼女は風が吹いて髪が乱れるのも気にせず、駅から続く道をじっと見つめている。
誰か待っているんだろうか。
時計をみると、14時を十分ほど過ぎたところ。待ち合わせをしているにしては中途半端な時間だ。
彼女から目を逸らして前を通り過ぎた。一つ奥の空いているベンチに座って、ちらりと横を見る。
綺麗な子だな、とぼんやりと思って目を逸らしたけど、もう一度振り返らずにはいられなかった。
「あれ、もしかして・・・」
いまいち、自信がもてない。
自分が知っている彼女とは、あまりに違って。
いま、隣のベンチに座っているのは、つやつやの黒髪をなびかせて、やわらかそうな肌に朱色の唇の女性だ。表情も憂いを帯びている感じがして、どうにも違和感がある。
自分の知っている彼女は、パーカーにジーンズで、髪の毛をポニーテールみたいに結んで、屈託なく笑っている。あそこにいる彼女とはあまりにも印象が違いすぎる。
でも、たぶん、同一人物。
声をかけようか、どうしようか。迷う。
いつのもパーカー姿なら、迷うことなんかないんだけど。
きれいにお化粧をして、きれいな服を着ている彼女はまるで僕が知っている人とは別人みたいで。同一人物として扱ってはいけない気がして。
ちらりと目線をやる。
その視線は、届いてしまったようだ。
いつもよりも強調された彼女の目がこちらを向いた。
目が合ってしまう。
「由有くん?」
彼女が、こっちに駆け寄ってきたから、自分も立ち上がる。
「波瑠ちゃん」
近くでみると、いつも通りの彼女の表情でちょっとほっとした。
多少、元気がないのが気になるけど。
「由有くん、偶然だね。一瞬、由有くんかどうか迷っちゃった。いつもと違うから」
波瑠ちゃんによると、いつも僕はもっと髪もぼさぼさだし服も適当らしい。
「そういう恰好してると、由有くんも普通の男の人なんだなって思うよ」
波瑠ちゃんも、きれいで別の人かと思ったよ、と言うのはやめといた。
なんか怒られそうな気がして。
「由有くん、なんでここにいるの?」
「栄司と買い物の約束してるんだ」
「そうなんだ」
波瑠ちゃんは、難しい顔で少し考えたあと、顔を上げた。
「由有くん、お兄ちゃんと買い物するなら私もついていってもいい?」




