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1年後のアンモナイト *1* PM2:42

友人に「巻貝君たちの番外編をかいて」と頼まれたので書いてみました。

彼らをまた少し可愛がってやっていただければ幸いです。

ガラス張りの喫茶店の窓際の席。

何もこんな席に案内しなくても・・・と苦い気持ちで店員さんを見たあと、目の前の泣いている女の子に目をやった。


目を真っ赤にして、ぐすぐすと嗚咽の収まらない彼女を見ながら、僕は誰かに助けを呼びたい気持ちだった。

 お昼過ぎの喫茶店はけっこう混んでいて、席は満席。仕方がないとはいえ、外から丸見えなのは困る。


目をハンカチで押さえながら、息を殺している彼女にどうしてあげたらいいのかわからない。

「えっと・・・何か食べる?」

 ケーキでもパフェでも何でも好きなのを頼んでいいよ、と言ってみる。いつもなら「本当に!?やった」といってぱっと笑顔になるはずの彼女はうつむいたまま首を横に振って、カフェオレと一言だけつぶやいた。

 コーヒーとカフェオレを店員さんに頼む。

店員さんが去ると、店に流れるBGMがいやに大きく聞こえてきた。

クリスマスソングのピアノアレンジ版だ。もうそんな時期なのか、と考える。

 この子が泣いている理由には、それもけっこうあるんだろうな。


「ごめんね」


 向かいから絞り出すよな声がきこえた。

 なんと答えればいいいんだろう、と考え始めた矢先、背にしている入り口から客の入店を知らせるベルがきこえた。急いでドアを開けたような荒い音がする。いらっしゃいませ、という声は聞こえず、客は店の中にずかずかと入ってくるようだ。足音はずんずんとこっちに近づいてくる。

 このまま通り過ぎるのを待つはずだったけれど、その客の足は僕たちのテーブルの前でぴたりと止まった。

 なんで?と思って顔を上げる。

 その客の顔をみて、納得した。

 そりゃあ、怒鳴り込んでも来るよ。


「おい、これ、どういうことだ?」

 

 新たな客である彼は、僕と彼女の顔を見比べて、机に手をついた。

 

よりによって、今見つかるのか。

 タイミングとしては最悪だ。


「大きい声出さないでよ、栄司」


 すでにほかの客がちらちらとこちらを向いている。

 落ちついて、と席をすすめたくてもこの席は二人掛けだ。


「なんで由有が波瑠のこと泣かしてるんだよ!?」


 落ち着いてと言ったのに、それは聞き入れられなかった。

 周りのお客さんの視線が痛い。

 さて、どうしようかな、と思った矢先にバン、と机をたたく音が向かいから聞こえた。


「お兄ちゃんには関係ないでしょ!ほっといてよ」


 波瑠ちゃんが、涙を浮かべた目で栄司のことを睨んでいた。

 栄司がさらに表情をこわばらせる。

 ああ、なんか事態はどんどん悪い方向に傾いていく。


「由有っ、どういうことだよっ」


 どういうことかといわれても・・・僕にもわかってないんだけど。


「由有くんは、関係ないから!お兄ちゃんは本当に、もう、うざい!」


 コートとカバンをもって波瑠ちゃんが出て行ってしまった。


「おい、波瑠っ!」


 栄司は追いかけようとしたけど、僕は栄司のコートを掴んで止めた。


「栄司、落ち着いてよ。とりあえず座って」


 栄司を無理やり椅子に座らせると、コーヒーとカフェオレが運ばれてきた。

 店員さんの視線も、周りのお客さんの視線も痛い。

 栄司は相当動揺しているみたいで、そんな周りの視線にも気づいていない。僕が何かを話しだすのをいまかいまかと待っているだけだ。


 コーヒーを一口飲んだ。けっこう美味しい。

栄司にもカフェオレを勧めたけど、返事だけで実際に口をつけることはなかった。


「由有」


 名前だけを呼ばれる。

 どんな言葉よりも強烈な催促だ。


「とりあえず、出ようか。話せることは話すよ」


 なんだか変なことになったな、と思いながら伝票をもって席を立った。

 携帯電話が短い着信音を鳴らす。

 目をやると、波瑠ちゃんから「本当にごめんね。カフェオレ代は今度払うから」とメッセージが届いていた。あとで、そんなことはいいよ、と返信しよう。

 とりあえず今は、目の前で猛獣みたいになっているこの友人をなんとかすることが先決だ。

 

 会計を済まして外に出ると、乾いた冷たい風が髪を揺らした。

 空はどんよりと曇って、まだ年も明けていないのに雪が降りそうな天気。

 商店街のスピーカーからは天気と不釣り合いな陽気なクリスマスソングが流れてきた。


 家から一番近い繁華街。

電車に乗って十分ほどだけど、賑やかなこの街に来ることはあまり多くない。

その中でも今日はひときわ混んでいる気がするのは年末だからか。


 栄司は黙って駅に向かって歩き始める。その後ろをついていくように歩き始めた。



 どうして、こんなことになったんだろう。



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