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4 再会―巻貝由有―

 3月に入ったとはいえまだ寒い季節なのに、新幹線の窓から差し込んでくる陽が暑いくらいだった。

 新幹線の駅からローカル線に乗り換えて、1時間。

 すいている電車のボックス席を占領して窓の外を見ていた。

 畑ばかりの風景が新鮮で、いくら見てても飽きなかった。

 着いたのは、小さな駅だった。ここで降りたのは、自分を含めて数人だけ。

 ホームに降り立つ。

 ガラス越しじゃない空は鮮やかに青く、フレームに阻まれない世界はどこまでも広がっていた


 今朝、カタンと音を立てて机に落ちた眼鏡が頭に浮かんだ。

 ついに壊れたかと冷静に受け止められるほど、自分でも不思議なくらい落ち着いていた。

 久しぶりによく眠れた効果かもしれない。朝まで1度も目覚めることなく、加温された繭の中みたいなところで眠ったのが効いたみたいだ。

 何も心配することなんてないぞと言われているみたいな温度での中で、ぬくぬくと丸くなっていればいいだけの幸せな世界。

 一晩繭にこもった効果は絶大で、今朝はもうすっかり短い前髪も気にならなくなった。寝れば忘れるなんて、自分がそんな単純な人間だとは思いたくなかったけど。

 いつもの癖で手に取った眼鏡を、かけようか、どうしようか考える余裕まであるなんて驚きだった。

 結局その迷いは、眼鏡の故障によって強制終了された。

 「神様の采配だな」と栄司が言った。そういうことなら、仕方ない。


 その駅のホームは、線路の両脇に足場としてコンクリートを固めただけのところだった。古びた一連のベンチと駅名表示の看板があるだけで屋根もないけど、反対側のホームにわたるための歩道橋があった。帰りはあれを渡らないといけないようだ。

 ほかの乗客たちは小屋みたいな駅舎のほうへ歩いていく。由有もそれに従ってゆっくりと歩き始めた。先にいったほかの数人が、駅舎の手前においてある箱に切符を入れているのを見て、その通りにする。自分1人だったらわからずに切符を持ち帰ってしまうところだった。

 その箱の向こうにある駅舎は、小さな待合室だった。そこを抜けると外に出られるようだ。

由有がその待合室に入ったのは、降りた人たちのなかで1番最後だった。

 そしてそこに入ると、椅子に座っていた男性が立ち上がった。

「由有くんやろ?まっとったよ」

 話しかけてきたのは、背が高くて、細い男性だった。その人の顔に覚えがなくて返事ができなかった。

「あ、ごめん。初対面みたいなものなのに。義弘です。君のお母さんの弟やから、叔父になるんかな」

 丸い眼鏡をして柔和に微笑んでいる。やさしそうな人だ。

「叔父さん、ですか」

 母の弟にしては、若そうな人だった。30代だといわれてもあっさり信じてしまえそうなくらいのひとだ。自分と十も変わらなそうに見えるその人を叔父さんと呼ぶのもなんか変な気がした。

「そやね。なんかそう呼ばれるのって新鮮やなあ」

 そう言って鼻をかくその人はちょっとうれしそうだから、まあいいのかと思うことにする。

「車で迎えに来たよ。あっちに止めてあるから乗って」

 叔父の迎えは断ったはずだったんだけど、どうしたんだろう。

 そう思ったのがたぶん顔に出たのか、何も言っていないのに答えてくれた。

「甥っ子が来るって聞いて、嬉しかったから。迎えはいらないって言われたらしいけど、はやく会ってみたくて。佳代子姉ちゃんとは2人兄弟やから、僕にとって唯一の甥っ子だし」

 甥っ子か。もうとっくにそんな年ではなくなってしまった気がするけれど。

 案内された車は青のセダンだった。

「悪いけど後ろに乗ってくれる?助手席ちょっと散らかってて」

 はい、と変事をすると、固いよ、と笑われた。

 もっと親戚っぽく接してほしいなあ、と言われてもどうすればいいのかわからない。

 でも、この人はなんかいいな、と思った。話をする雰囲気がちょっと栄司に似てるかもしれない。たぶん自分の思ってること全部口に出せる系の人だ。裏表がないっていうか・・・まあ、それ以上は言わないでおく。

「母さんの家までは車だと十分もかからんけど、歩くと30分はかかるから。東京の人から見れば不便なとこやろなあ」

 素直にはいと答えるのも申し訳なくて、返事に困った。

 でも、叔父はそんな由有を気にするそぶりもなく話を続ける。

「車がないと生活できやんし。もし必要ならうちにある車使ってな」

「でも・・免許ないんで」

 え!と驚きの声が運転席から上がった。

「はぁ、都会の子ってそうなんやなー。うわさにきいたことはあったけど。一時期『免許をとろう』っていうコマーシャルを車の会社がやってたくらいやしな。こういう若者のためかあ」

 叔父が話すことに相槌を打っていたら、あっというまに祖母の家に到着した。


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