4 再会―加瀬栄司―
それは、男子高校生の日常を描いた話だった。
その舞台の高校は、明らかに俺たちが卒業した高校で、校舎の描写があるたびに俺は思い出の場所が頭に浮かんだ。
毎日あくびしながら通った校門、狭い靴箱、朝の明るい廊下。
どれも、まんまで。
教室の風景だってそうだ。いつも教室の決まった場所に決まったグループが集まっていた。俺と仲いい奴らはよく同級生の噂とかしてたっけ。誰と誰が付き合い始めたらしい、とか。誰がかわいいとか、あの子と挨拶しちゃった、とかそんな話で盛り上がって。
ヒットしてる歌とか、人気のテレビ番組とか一生懸命追いかけてた。
流行っている漫画の展開に、みんなで一喜一憂した。
妹への愚痴が友達にうけるのがちょっとうれしくて、よくそんな話もしたっけ。
あのころ、世界の主役は自分たちだと思ってた。
恥ずかしくてあんまり思い出したくないけど、俺に降りかかった災難は世界で1番不幸だと思っていた。
自分がかわいそうで、たそがれながら電車にえんえんと乗ってみたり、降りた先の駅で空を見上げたり、ぼろ泣きしたり・・・。うわ、ほんと恥ずかしい。
しかも、悲劇のヒーロー気取りで翌日あいつに「昨日のことは誰にも言わないでくれ」って・・・。しかもその相手は実は自分より格段に重い事情抱えてたとか。
本当に、あのときの俺、痛すぎる。思い出すのもダメージが半端ない。
あの場に今の俺がいたら、間違いなく自分のことを蹴り飛ばして「それより先に調べることと考えることがあんだろーが、ばかやろう!」と言ってると思う。
あの年の冬の風は冷たかった。
電車の暖房が、やけに体にしみた。
屋上に上がったあの日は、よく晴れていた。
教室に差し込んでくる夕日がまぶしかった。
その本を読むのは、まるで、すぐそこに高校生活が戻ってきたみたいだった。
なつかしさに胸が締め付けられる思いがして、 あっという間に、指が本の最終ページをはじいた。
その余韻はなかなか抜けて行かず、しばらくぼうっとしていた。
時計の針が動く音が、やけに大きく部屋に響いていた。
本を布団に置いた。
巻貝由有の名が目に入った。
ああ、そうだ。由有が書いた本じゃん、と思って、ん?と思考が立ち止まった。
由有がこれを書いたって・・・?
だって、でも・・・あいつは。
家族とか、友達とか、仲間とか・・・。
そういうのを全部諦めていたじゃないか。
なんで・・・。
どうして・・・。
こんな高校生活が描けるんだ。
ぼとり、とふとんに水滴が垂れた。
次から次へと、ぽとぽと垂れてくる。
俺はあのころ「1人が好きなヤツもいるんだな」って思ってた。
勉強しかしていない暗いヤツってちょっとバカにしてた。
休み時間も本とか読んでるし。頭いいですアピールかよ、とか思っていた時もあった。
あのときの自分を、ばかやろう、と殴ってやりたくなった。
あそこにいるのが今の俺だったら。
「この漫画読んでみれば?」って流行ってる漫画を渡してやった。
「昼飯、一緒に食う?」って誘ったよ。
なんで、あの時、そうしなかったんだろう。
いくら悔やんでみても、あの時に戻れるわけじゃない。
目頭からも目じりからも、顔に筋を作って、涙が布団に落ちた。
どうしようもなく、由有のことを考えた。
なんだかすごく、会いたくなった。




