4 再会―加瀬栄司―
「おやじと波瑠は?」
「お父さんは今日お仕事でそのあと付き合いの飲み会だって。波瑠姉はアルバイトに行ってる」
「あっそ」
おやじは、俺が大学1年のころに再就職した。
詳しくはわからないけど、小さい町工場みたいなところで事務をやっているらしい。
たぶん前の仕事より給料は低くなったんだろうけど、おやじは職が見つかっただけでも僥倖だと言って、毎日朝早くから夜遅くまでいなかった。
母が、あんまり無理しないのよ、と夜遅くに帰ってきた父を労っている姿をよくみかけたけど、ここ数年はそんなに遅くなることもなくなってきたらしい。
「おやじの仕事、順調なの?」
「そうなんじゃない?けっこう楽しそうよ」
母は興味なさそうに、テレビを見ながら答えた。
特に会話もなく、食べ終わるとそれぞれがごちそうさま、といって食器を流しへ運ぶ。
母が食器を洗うのを手伝った。
こたつでぐだぐだしている瑠里に向かって母が
「お兄ちゃんはえらいのにねー」
なんて言うもんだから、ここで親子げんか勃発されてはたまらないと思って
「まあまあ瑠里は勉強があるんだし」
とりなしてみたら、双方から「え?」と驚きの声が帰ってきた。
「お兄ちゃん、聞いてないの?」
「何を?」
「わたし昨日合格発表だったんだよ。合格しました!」
受験票と合格発表の掲示板が一緒にうつった写真を見せつけてきた。
「まじか!すごいな!おめでとう!」
受験票には、瑠里の第1志望の公立大学の名前が印刷されていた。波瑠と同じ大学だ。
「お兄ちゃんにはお世話にならないからね」
瑠里は勝ち誇ったような顔で笑った。
もし、私立の大学にしか合格しなかったらどうしようと数か月前に瑠里が悩んでいたときに、もしそうなったら俺がなんとかしてやる、とかっこいいことをいってしまったのだ。
俺の現状として生活に余裕があるわけじゃないから、完全な見切り発車発言だったけど、でももしそうなったら助けてやりたいと思っていた。
波瑠が受験するときにも、同じことを言ってやったけど、あいつも普通に公立学校の合格証書を取ってきた。波瑠はもう大学3年だ。就職活動が始まっているみたいで、なかなか忙しいみたいだ。
もう波瑠が就職活動で、瑠里もあと数か月で大学生になるなんて時が流れるのは早い。
「なんで瑠里はすぐに知らせてくれなかったんだよ」
「だって昨日の夕方、由有くんにメールしたら、すぐに『おめでとう』って返信くれたよ。どうせお兄ちゃん一緒にいたんでしょ?それなら伝わってるだろうと思って」
あいつ。あのアンモめ。言えよ!「瑠里ちゃん合格したらしいね、おめでとう」って兄である俺に一言くらいいえないものだろうか。
・・・まあ、昨日はしょうがないか。大目にみてやることにする。
「でも、俺にも連絡くれれば今日ケーキくらい買ってきたのにな」
そんな意地悪を言ってやると、瑠里は不満そうに
「えーお兄ちゃんにもメールすればよかった」
そんなことを言うんだけど、ケーキなしでも連絡くらいほしかった。
その晩、由有から『泊まっていくことになった』と一言メールが来た。
やっぱりな、と俺は1人で微笑む。
そうなったってことは、悪いようにはならなかったんだろう。
ふと思い立って居間にある父の本棚へ行った。
そこに巻貝由有の著書が並んでいることは、結構前から知っていた。
一番左にある本をとって、部屋に戻った。
本は苦手だから、寝物語にしてしまうかもな、と布団の中で読み始めたけれど・・・
眠れるわけがなかった。




