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4 再会―巻貝由有―

「じゃあ、俺が心配しているあいだ、京都の名所をめぐってたってことなのか?」

「・・・うん。だって知らなかったし」

「携帯の充電器くらいコンビニで買えよ」

「え?コンビニで買えるの?」

「知らないのかよ!まじかよ。これだからアンモナイトとか呼ばれんだよ。絶滅するぞ」

「・・・アンモナイトはもう絶滅してるけど」

「そういうことじゃないんだよ!」

 意味が分からなかったけど、じゃあどういうことだとは聞き返さなかった。火に油を注ぐ必要はない。

 心配かけてごめん、ともう一度謝っておく。どうやらそれで気が済んだようだ。

「さっき出版社の高橋さんが訪ねてきた。メールの返信がなくて心配になったからってわざわざ来てくれたみたいだった。メールの返事は急いでないからいいみたいだけど、その人にも心配かけたんだから謝っとけよ」

「うん、わかった」

 説教が終わったようなので、奥の部屋へ行ってパソコンを開く。簡単な確認事項だったから、その場で謝罪と共に返信しておいた。

 リビングへ戻ると、夕飯はレトルトカレーでいい?と聞かれたから頷く。

「あ、それから来週も家を空けるって連絡しておいたほうがいいんじゃねーの?」

 お米を炊飯窯で洗い始めてくれた。

「来週はすぐ帰ってくる予定だからいいよ。日帰りかなって思ってる」

「そっか。まあ、ゆっくりできそうだったらそうすればいいしな」

 ゆっくりしていこう、と向こうで自分がくつろぐ姿は全く想像がつかない。逆に早く東京に帰りたいなと思う自分は簡単に想像がつく。でも、そんなことは言うもんじゃない。

「今度は携帯の充電器もちゃんと持っていくよ」

「ほんとに、それな」

 ごはんにレトルトカレーをかけただけの夕飯を2人で食べた。

 栄司がいるのにこんな粗食なんて何だか新鮮だった。


 その粗食分を取り戻すかのように、次の金曜日は豪華な食事になった。

 いつものようにインターホンを使ってやってきた栄司は一番に話した。

「おととい帰ったらうちの母ちゃんがいてさ。1人じゃ食いきれないくらいのおかず作りおいていったんだよな」

 というわけで、肉じゃがとほうれん草の胡麻和えはタッパで持ってきてくれたのをお皿に移し替えて、栄司は豆腐を買ってきて湯豆腐をしてくれた。

 ごはんとみそ汁のセットも出てきて、一汁三菜。

 体も温まるし、どれも美味しかった。

「行く準備できたか?」

「うん、準備するほどのものはなにもないけどね」

「いやー、1泊くらいしていけって言われるに1票。まあ、だまされたと思って翌日の着替えくらい持って行けよ。そんなに荷物にならないだろ?」

 まあ、インナーとシャツくらいなら。だまされた気持ちになって、大きめのバッグに詰めてみた。

「充電器はちゃんと明日の朝入れるから。もし忘れたらコンビニで買うよ」

「いーよ。どこにいるかわかってるのなら心配しないし」

「あ、そう」

 心配しない、って言われたのが何かひっかかって冷たく返事をした。

「ちゃんと帰って来てさえくれれば、いいよ」

 人の心を読んだみたいにそう言ってきた。

 食べ終わった食器を片付けながら、お湯を沸かす。

 食後にお茶を入れるのだけは由有の仕事だ。いつの間にかそうなっていた。せめてそうやって料理人を労うのだ。

 耐熱のポットに茶葉を入れてお湯をそそぐと、ほうじ茶の香りが立ち上った。この香りが好きだ。

 それぞれのマグカップに交互に注ぐ。今日は昼間に近くの商店街へでかけて和菓子屋さんで塩豆大福を買ってきた。

「お、めずらしいじゃん」

 喜んで食べてくれるのはいいけど、3口くらいで片づけてしまった。けっこう高級なのを選んで買ってきたからもうちょっと味わってくれても良かったんだけどな。

「商店街の『文千堂』さんだな」

 大当たり。栄司もたまに買ってきてくれる。でも、この塩豆大福はけっこうなお値段だから、普段は買ってくることはない。

「おばちゃん、おまけしてくれただろ?」

「そんなことなかったけど」

「あれ?俺が行く時はいつも『ハンサムなお兄さんにはおまけ』って言ってくれるんだけどな」

 大事なのは顔の良さみたいだ。まあ、商店街に栄司みたいな愛想のいい若者のお客さんはめったにいないから。おばちゃんも嬉しかったのかもしれない。

「由有も前髪切って眼鏡もとって、『こんにちは』って言ってみれば、大福もう1つ増えるんじゃねーの」

 なんてな、と軽く言って栄司は立ち上がった。

 前髪を切って眼鏡をとる、か。考えたこともなかった。

 それが当たり前になりすぎていたから。

「うん、やってみようかな」

 そうつぶやいたら、台所で手をすすいでいた栄司はばっと顔をあげた。

「え?まじで?」

「うん」

 突然、そんな気分になった。

 もう、いいんじゃないかと。

 この古びた装備品を捨ててもいいんじゃないかと思った。もう装備なんてなくてもたぶん守れるだろう。明日だってきっと大丈夫だ。守れないのなら、もう行かなければいい。おばあちゃんもそれでいいって言ってくれた。

 玄関に置いてあった眼鏡をとってきて、テーブルに置いた。


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