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4 再会―加瀬栄司―

 引っ越して家が少し遠くなってしまうと、頻度は下がった。引っ越し前は電車2駅だったのに、引っ越した先は電車で1時間ほどかかる街だったから。

 俺は知らなかったのだけど、このころ小説家・巻貝由有が誕生していたらしい。デビュー作の収入での引越しだったようだ。そのあとも順調に大学に行きながら仕事をして、卒業のころには小説家としての地位を確立していたようだった。知らせてくれなかったけど。

 俺はそのころ大学で、友達と遊んだりバイトしたり、勉強したりしてた。勉強は人よりも真面目にやったと思う。奨学金と自分で稼ぎ出した金でここに通っているのだから。単位も落とさないようにしたし、授業にも真面目に出席した。ここで学び取れるものは全部やってやろうと思って、授業もできるだけ空き時間が出ないように作った。

 そういう人はほかにも数人いて、自然と気があった。このころに出会った友達は高校の友達とも中学の友達とも違う特別な連帯感みたいなものがある。バイトの時間は大事、飲みに行くにも安さ重視、「金がない」は合言葉だった。今でも年に数回は飲みに行くし、ちょっとした旅行に行くこともある。

 大学時代は金もないし授業もきついし結構大変な4年だったよな、と思うけれど、終わってみれば高校のころにあこがれた通りの4年間を過ごしたんじゃないかと思う。

 大学に行けて、良かった。

 卒業の時に心からそう思った。卒業の時に両親と大学の校門前でとった写真は、母が作ったアルバムの最後にきちんと収まっている。


 由有にちゃんと礼を言わないとな。

 高3の冬に俺の人生を変えてくれたこと。おかげで俺はいまここでこうしていられるんだと。就職も決めて、大卒の給料を受け取ることもできる。

 あのときお前に会えてよかった、と。

 初の会話が俺のぼろ泣きだったのは今でも苦い思い出だけど、あのとき俺に泣ける場所なんてなかった。家族の前なんてぜったいごめんだし、学校の友達だってそんな雰囲気じゃなかった。

 由有は知らぬふりをしながら近くにいて、ティッシュを差し出してくれた。家に戻る電車で由有がいろんな小説について語ったのも、俺に気を使って苦手な会話をしようとしてくれてたんだな、と今ならわかる。そしてそのことを誰にも言わないでおいてくれた。

 本当に、俺はあの時お前に救われたんだ。


 いつか言おうと思っていたけど、なかなか言えなくてもう数年が経った。

 この恩を返したいと思って、由有が困ることがあるならその時には絶対に力になろうと思った。

 

 でも、そうはできないみたいだった。

 黙って姿を消すなんて。

 結局、俺はお前の力にはなれないってことなのかよ。


 

 合鍵で入った由有の部屋はがらんとしていた。部屋がいつもよりずいぶん広く見えた。

 リビングには薄い西日が差し込んでいた。

「由有・・・?」

 寝室兼書斎も覗いてみるけれど姿はない。きれいに整えられたベッドがある。普段、ふとんを整えたりなんかしないのに。

 机には、いつも仕事で使っているノートパソコンがきちんと畳まれていた。これも普段は開きっぱなしなのに。

 妙に身辺が整えられた部屋に、胸の奥がざわざわした。

 

 だって先週はあんなに元気そうだったじゃないか。

 田舎にいくことだって、そんなにいやそうじゃなかった。

 それとも、本当は、すごく嫌だったのか?1人で悩んでた?

 俺がそれに気づかなかったのか?

 田舎への電話をせかすようなことして、焦らせた?

 それとも、あの後にまた何かあった?

 

 いくら考えても、これだと確信できることはなにもなかった。


 なんで勝手にいなくなったりするんだよ。

 そんなことする前に俺に言えよ。お前のためなら、なんだってしてやる用意はあるんだよ。

 俺のこと、頼れよ。

 じゃないと、なんのためにそばにいるのかわかんねえじゃん。


 リビングのいつもの位置に座ってぼうっとしていた。


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