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4 再会―加瀬栄司―

 由有がいなくなった。


 ピンポーン、とインターホンを鳴らしても応答がない。おーい、と呼んでみるけれどそれも応答がない。

 今日で3日連続だった。

 ケータイにメールしても返信がないし、電話しても電源が切られているというメッセージが流れる。

由有が消えた。

 2月の終わりの週末だった。


 来週末の3月のはじめには田舎に行くことになっていたはずだ。


 おとといの金曜日の夜に来たら、留守だった。

 珍しいけど、まあそういうこともあるかと思って、その日は帰った。

 なんか嫌な予感がして、次の日も訪ねてみた。でも、留守だった。

 買い物に行ってるのかもしれないとおもって、時間をつぶしてからもう1度行ってみたけれど、それでもだめだ。

 そして今日。今度こそはいてくれよ、とマンションに入ってエレベーターへ乗り込む。6階まで上がって、エレベーターの降り口から3つ目のドアのインターホンを鳴らすけれども、応答はない。

 こんなこと今までになかった。

 留守にしていること自体がほとんどないのに。

 一体どうしたっていうんだ。


 もし今日も留守だったら使おうと思って持ってきた由有の部屋の合鍵をポケットから出した。由有のばあちゃんと俺のところに1本づつあるそうだ。

 何かあったときのために、と預かっているこれを使う日が来るなんておもわなかった。

 いつか母が言った言葉が頭に浮かんだ。

『アンモ君、いい子なんだけど、なんか儚い感じだったね。なんだかある日ふといなくなってしまいそうな、そんな気がするね』

 なんでこんな時にかぎって、そんな言葉思い出すんだよと首を振る。


 先週はあいつ、楽しそうだったのにな。


 から揚げをつくるからと加瀬家にほぼ強制的に呼び出された。

 大学3年の波瑠と高3の瑠里が珍しく両方そろっていて、由有が買ってきたケーキに大喜びだった。

 母は、俺が1か月も姿を現さないと心配して呼び出してくる。そして「由有くんもこれそうなら連れておいで」と言う。

 高3のクリスマスパーティーから由有は加瀬家にちょくちょく姿を現すようになった。

 きっかけはクリスマスパーティーの週明けにふと正月についてきいてみたことだと思う。

「正月は田舎に帰んの?」

 俺は当然、うんと返事が帰ってくるものだとおもって軽い気持ちで聞いた。

「受験勉強もあるし東京で過ごすよ」

 その答えは意外だった、と帰って家族に伝えたら、「元旦にうちに来るように言いなさい」と母から命令が下った。母曰く、おせちの1つくらい食べないとお正月じゃないし受験生なんだからあんたたち一緒に学問の神様のところへ初詣にでも行って来なさい、と。

 それを本人に伝えたら、ひとしきり恐縮したけれど、母の命令に逆らえない俺の顔をたててくれといったらうなずいた。

 うちの正月は元旦の朝9時だ。

 日本酒をついで、子どもはなめるだけか飲む真似だけして「あけましておめでとう」をする。

 ここに巻貝を呼んだことで、巻貝はもううちの家族の一員みたいになった。それに波瑠と瑠里に勉強を教えてくれるのもありがたかった。

 塾に行くわけにもいかないから、家庭勉強でなんとかするしかない。

 波瑠も瑠里も冬休みの宿題でわからないところを一生懸命巻貝にきいてやっていた。ついでに俺もわかんない問題があったからきいたら教えてくれた。俺より数段成績がいいんだよな。志望校も国立大学みたいだし。

 巻貝はすっかりうちの一員みたいになって、妹たちの家庭教師も務めてくれて、飯を食って帰っていく。そういう生活がずいぶん続いた。

 これは後から知った話だけれど、正月に巻貝を招待することに決まった数日後、由有のばあちゃんから、日本酒やおもちや野菜やお菓子などが箱いっぱいに送られてきたそうだ。そこには一筆、年配の人特有のきれいな行書体で由有が世話になることのお礼が書かれていたそうだ。そして、この荷物が届いたことを由有には伝えないでほしいと書き添えてあった。

 母が添え状の連絡先の電話番号に電話をしてお礼を言うと、「こちらこそ、ふがいない家族でご迷惑をおかけした上に勝手なことばかりで申し訳ありません」と謝られてしまったそうだ。三重から贈られてきた荷物のおかげで、質素にすごすはずだった正月はだいぶ豪華なものになったのに。

それからもたまに由有のばあちゃんはいろんなものを送ってきてくれた。時には高級なお肉だったり、たくさんの果物だったりした。うちとしては別に巻貝の面倒を見てるというよりも「波瑠と瑠里の勉強をみてもらったついでにごはんを食べて行ってもらう」くらいの気持ちだったから、荷物を受けとるのが申し訳なかったけど、ばあちゃんは送ってくるのをやめない。

 それなら、本人に還元するしかない、ということで由有をうちに呼ぶ頻度も徐々にあがり、おかずを持たせて家にかえし、なくなったころに容器を返せといってまた呼ぶ、というサイクルは由有が引っ越してしまうまで続いた。


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