4 再会―巻貝由有―
「はいよ、チャーハンお待ちどうさま」
カウンターの向こうから、皿が出される。わかめスープのおまけつきだ。
テーブルに並べて、食べ始めた。食べてる間も栄司の視線はちょくちょく机の端にある封筒へ向かう。
「読んでいいよ」
そう言うと、じゃあ遠慮なく、と封筒を手に取った。
すぐに読み終わって、封筒はもとの位置に戻る。
「どうすんの?」
この結論を急ぐ癖は栄司の悪いところだと思う。本人にもそれは伝えたことがある。「だってすぐ動かねーとやんねーじゃん」と言い返されて何も言えなかった。
「考え中」
「何を?」
「えっと・・・おばあちゃんの家に行くことになるのかな、とか。この家に来てもらうっていうのはないな、とか」
「なんだ、もう会うことは決めてるんだ」
「あ。・・・うん」
気づいてなかったけど、そういうことみたいだった。
「食べ終わったら、ばあちゃんに電話しろよ」
「もう?」
「うん。早く決めたほうがたぶん楽だぞ」
栄司のいいたいことはわかる。物事には形を付けたほうが楽だ。やらなきゃいけないことをぼんやりと「やらなきゃな」と考えるているだけよりも「いつどこでどのようにこれをやる」と形を付けたほうがいい。そのほうがその時までそのことを考えなくていい。ふとしたときに思い出して憂鬱になることもない。
まあ、その形をつける作業もなかなかに面倒くさいことが難点だけど。
「明日にする。明日になったら電話するよ」
「わかった」
いろいろ強引なわりには引き際がいいのが栄司のいいところだ。これは本人に伝えたことはない。
次の日も結局電話はしなかった。
するまでもなく、朝の9時前におばあちゃんから電話がかかってきた。
この日は快晴だった。
いつもならまだ寝ている時間だったけど、栄司にふとんをはぎ取られていたおかげで電話に出ることができた。栄司はハウスキーパーばりに部屋に掃除機をかけてる。
「元気にしとるん?」
いつも決まった言葉から始まり、いつも通りにうんと返事をする。
「手紙、読んだよ」
「そうか」
「お母さん、僕のことちゃんと覚えてたんだ」
「当たり前やろ。近頃は由有のアルバムばっかりみとる。涙ぐみながらめくっとるよ」
「そう」
でもそこのアルバムに入っているのは、「祐一」を感じさせる前の姿だけだろう。
「おばあちゃん、僕って父親に似てる?」
父親だと言われた人のことをインターネットで調べてみたことがある。公式ホームページの写真は影がついてたりしてあんまり顔はわからなかった。
「わたしはそうは思わんけどね」
「僕がお母さんにあっても、大丈夫かな?」
「そんなこと、あんたが気にすることやない。会いたいっていったのは佳代子や。もし佳代子があんたを傷つけるようなことをしたのなら、それは全部佳代子が悪い。あんたが悪いことなんてひとつもない」
十年近くがたっても、相変わらず祖母の言葉はまっすぐな剣みたいだった。僕の心にはこびっていた蔦をみごとに両断してくれた。
「来月のはじめに、行こうかな」
約2週間後だ。1週間後にいま書いている仕事の締め切りが来る予定だ。それが終わってからのほうがいい。もし、向こうでなにかすごく心を乱されるようなことが起こったら仕事に影響してしまう可能性も否めないから。
「そうか。そんなら駅まで車で迎えに行くように義弘に頼んどこか」
義弘というのは、母の弟で僕の叔父だ。
「いいよ。自分で調べていくよ」
「うちの駅は急行も止まらんし、あるくと30分くらいかかるで?」
「そのくらい、なんてことないよ」
「そうか、そんならうちで待っとくことにするな」
日付とだいたいの時間を決めて、電話を切った。
電話を切ったあとにふぅ、と息をつくと、今度は栄司の電話が鳴っている。
「栄司、電話だよ」
掃除機をかけ終わって、お湯を沸かしている栄司に電話を渡す。
「ああ、母さんかー」
面倒そうに電話にでて、うん、うん、と頷いている。
「いま由有の家だけど。え?いやいや、うーん」
悩んでいたところで、電話を耳からはずした。
「由有、母さんがから揚げ大量に作るから来いって言ってるけど、どうする?なんか今日用事あるか?」
ちょうど出かけたい気分だったから助かった。
「ううん、ないよ。呼んでくれるなら喜んで行く」
溜まっていた家事を栄司に手伝ってもらいながらやって、お昼をまって布団を取り込んでから2人で家を出た。
途中で波瑠ちゃんと瑠里ちゃんが喜びそうなきれいなケーキを買った。
熱々のから揚げをおなか一杯食べて。
波瑠ちゃんと瑠里ちゃんがケーキをすごく喜んでくれて。
お父さんに少しだけお酒を分けてもらって。
お母さんはまたおかずを持たせてくれた。
夢みたいに幸せな時間を過ごして、決心できたことがある。
数日後、荷物をまとめて家を出た。




