3 思い出―加瀬栄司―
ケーキをありがたく冷蔵庫に収めて、居間へ進むとテーブルには、所狭しと料理が並んでいた。ローストチキンに、たっぷりのポテトサラダ、鶏のから揚げに、フライドポテト。今日くらいは、豪華にいきましょう、と母は言ったけれど、たぶんこれは巻貝が来るから見栄を張ったに違いない。
「すごい・・・」
巻貝がテーブルをみてそうつぶやいた。自分から言葉を発するなんて珍しい。
「栄司も巻貝君も座って」
俺の隣に用意された客用の座布団に巻貝を座らせてこたつにいれる。妹たちはまじまじと巻貝を見つめた。巻貝はその視線に耐えかねたのか自分から挨拶した。
「こんにちは」
勇気振り絞りました、みたいな挨拶だった。妹たちはにぱっと笑って。
「いらっしゃい、アンモ君」
なんて言ったもんだから、隣からすげー睨まれてるような感じがした。
その視線を無視して妹たちを紹介した。
「こっちが上の妹の波留で、いま中1。そっちが下の妹で瑠里、小4」
「波瑠と瑠里でしりとりになってるんだよ」
自分たちでもお決まりの自己紹介をした。
いただきますとメリークリスマスをして、さっそくご飯を食べる。巻貝はその見た目によらず、けっこう食べた。作りすぎだろ、と思った居間の料理は全部なくなった。
「すごく、おいしいです」
巻貝にしては言葉を惜しまずにそういうもんだから、そんなこと言われなれてない母は、実の子どもたちと父親が引くほど喜んだ。
調子に乗って始めた料理の解説がひとしきり終わると、次は巻貝自身がターゲットになった。
「巻貝くんのお家は普段どういうものが出るの?」
たぶん、巻貝の中でその質問が来ることは想定されてただろう。すべり出るようにスムーズに、かつ決して重くならないように、あっさりと答えた。
「事情があって1人暮らしをしてるので、普段は買ってきたものとかファーストフードばかりです」
意外すぎる答えに、全員が箸を止めて顔を上げた。
父と母は言葉を失い、俺はただただ驚き、妹たちは
「1人暮らしだって。いいなー、かっこいいー」
少女漫画を読みすぎな妹たちのおかげで、助けられることになった。
「別に、かっこよくはないけど・・・」
と巻貝が妹たちの相手をし始める。
「もしかしてアンモ君は芸能人だったりするの?」
完全にいま流行ってる少女漫画の影響だ。ふつうの女子高生が、転校してきた男子高生(実は芸能人)のハウスキーパーのバイトをして、恋をするという・・・。『んなわけあるかっ!』と実際の高校生としては突っ込まざるを得ないストーリーだった。
妹たちがバカな質問を投げかけてるその横で、母が俺に『ちょっと聞いてないんだけど!』と怒りの視線を投げてくる。俺だって知らなかったわ!と視線を投げ返す。
妹たちは「あそびにいきたーい」とねだっていた。巻貝はどうしていいかわからないのか、おろおろしている。
「俺、ケーキ持ってくるわ」
「ケーキあるの?」
妹たちは巻貝を囲むのをやめて、俺の言葉に反応した。
母親がすかさず、
「冷蔵庫にあるからあんたたち持ってきなさい。フォークとお皿も一緒にね」
2人は台所までダッシュだった。
母は皿を片付け始める。
「あの、手伝います」
巻貝も立ち上がろうとするけど、母が止めた。
「いいのよ、座ってて。栄司も今日はいいから」
巻貝の相手をしとけと。了解。
「ケーキ、ありがとな」
そんな当たり障りのない会話から始めてみる。
「ううん、こんなに喜んでもらえるとは思わなかったからよかった」
「見てのとおり、大喜びだよ」
台所では妹たちがケーキをもって喜びの舞を踊っている。
俺が視線をやると巻貝もそれに気が付いたみたいで、うつむいて咳をした。笑いたかったら素直に笑えばいいのに。さすがに妹の鉄拳は巻貝までは飛んでこないだろう。
「なんか、いいね」
「え、なにが?」
「加瀬くんにとっては、これが当たり前なんだなと思って」
「え?うちって何か特別?」
周りに視線を巡らせてみるけど、特別なものはなにも見当たらない。
「いいんだ、気にしないで」
巻貝は満足げにそう言った。




