深夜のロビーで
体中が痛い。痛み止めがキレてきたんだ。
私は、病院の誰もいない、外来のソファにうずくまっていた。
本当なら、高3で受験生の私・月山 理子は、テストの勉強をしてるはずだった。勉強に追いまくられるのもつらいけど、痛くて眠れないより、よっぽどましだ。
ある日、体中が、痛くなった。頭がガンガンするときもあれば、足の関節が痛いときもある。全身が痛くて、起きることも出来なくなって入院。原因は不明のまま入院してる。
今の痛みは、中よりちょい上くらいの痛みかな。もっとひどくなると、起き上がれない。
今、午後12時。病院の消灯時間をとっくにすぎてる。私は、また痛くなってきて看護婦さんに痛み止めをお願いしたんだけど、”先生に聞いてみるから”いわれ、30分、病室の中でじっと耐えた。体を動かしていないと、気が変になってしまいそうだ。
ジっとしてる事に限界がきて、誰もいない深夜の外来のソファに座った。時々、歩いたり、座って体をさすったり、寝転がったり。
なぜ、私だけこんな目にあうのだろう。納得いかない。見舞いに来てくれた友達がうらやましい
眠れない夜は、自分の不運が余計にうらめしい。
ソファで、一人、落ち込んでる時、かすかな声と、足音が聞こえた。
もしや幽霊?いやいや、幽霊には足がないはず。私のように眠れない患者さんが気分転換にきたのかもしれない。
でも、男性(含む、爺)だといやなので、私はソファの後ろに隠れた。
足音の主は、背の高い外国人の患者だった。なにやら手にもって、ブツブツいってる。日本語じゃない?何かのまじないなのか。
「おや、どうしましたか?眠れないですか?」隠れていたはずなのに、見つかった。
その外国人は、背の高いおじいさんで、日本語で、かがんで私の顔を見た。手には十字架があるのが見えた。
悪い人じゃないだろうけど、宗教の話とかされたら、イヤだな。見舞いに来る人の中には、
”~教”を信仰すれば、治ります”と、勧誘してくる人もいた。
「私は、歩きます。そしてお祈りします。疲れて眠れます。あなたは、どこか具合がわるいですか?看護婦さん呼びますね」
私は一瞬あせったけど、ここにはナースコールもないから、見つからないうちに病室に帰ろう。
「大丈夫、眠れなかっただけだから」
体が痛くて眠れないのだけ。このおじいさんも、きっと何かあって眠れないのかもしれない。
「眠れない。じゃあ、私、おまじないかけましょう」
外人のお爺さんは、立ち上がりながら、私の頭を触った。瞬間、体の中に通路ができて、それまでの、イライラした気分が 頭から抜けていくのがわかった。
私はおじいさんに笑いかけた。彼は、笑い返して、また、外来の廊下を祈りながら歩き出した。
病棟では、私がいなくなった事で、大騒ぎになっていた。私は看護師長に、外来のソファに座っていたと言い訳したけど、”外来はとっくに探しました。おかしいですね。外に出たのでもないのに”と。不思議がられた。ただでさえ忙しい看護師さんに、大迷惑をかけてしまった。
言い訳するなら、早く痛み止めの薬を出してくれれば、私は病室にいただろう。痛くて、うなり声がでそうで、同室の人の迷惑になると思って、外来まで行ったのだ。あそこなら誰もいないと思って。
痛み止めの注射の後、少しお小言もらった。痛みがウソのように収まり、看護師さんに、外国人のおじいさんの患者さんがいるんですね と聞いてみた。
「ああ、デュボアさんね。理子ちゃんは、知り合いだったのかな?6階にいる有名人神父さん。担当じゃないから、詳しくはよくわからないけど」
納得、神父さんだからお祈りしてたのね。
そんな出来事から1か月ほどして、私は退院した。痛みがなくなったわけじゃないけれど。
耐えられないほどの痛みや、それが持続する事が少なくなったから。毎日ずっと体中痛かったのが、4日ぐらいに一度の痛みの発作になったのだ。思えば、回復に向かったのは、あの神父さんに、夜にあった時からだ。
手を頭にのせられた時の、爽快感と、その時から、痛みが少しづつよくなっていった事で、神父さんとの夜は、私にとって特別な日になった。
*** *** *** *** *** ***
退院してから、学校にも通いだし、なんとかクラスに溶け込むことに成功した。
勉強のほうは、まだまだ努力が必要なようだけど。
ある日、ちょっと体が怠く、保健室で熱を測ってもらったら、微熱だった。
痛みの発作の事もあるし、私は大事をとって早退して家に戻った。
家では母の趣味にしてるパッチワークのグループが、お喋り会(本人たちは、女子会と称してる)をしてた。母の顔はひさびさに、はしゃいでいた。
(私が入院してるときも、明るい母だったけど、どこか緊張してるような作り笑顔の時も多かった。)
その会の人が、私にペンダントをくれた。銀色のいかにも安ものだ。
「これは、マリア様のメダイだから、願い事を聞いてくれるのよ」
その時、彼女のカバンから、きれいなカードが落ちてきた。拾ってふと裏をみると、写真が印刷されていた。それは、あの夜に会った神父さんの顔だった。すごい偶然に驚いた私は、母には秘密にしてたあの夜の事を、つい口をすべらした。
「私、この神父さんに 夜、眠れないときに会ったことある。お祈りしながら廊下を歩いてたよ」
母は怪訝な顔をした。「理子は、あの神父さんと病院で知り合ったの?でも理子ちゃんが入院してる時は、もう車椅子生活だったはずなんだけど・・」
カードには誕生日と共に、亡くなった日が書かれてあった。
そう、忘れもしない私が神父さんに出会った日は、神父さんの亡くなった日だった。
私の痛みを、少し、持っていってくれたのだろうか・・・
短編は、水曜深夜(木曜AM]1時ぐらい)に 投稿してます。




