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つい先日まで魔王をやっておりましたが、現在は姫をやっています

つい先日まで魔王をやっておりましたが、現在は姫をやっています 外伝 王都の収穫祭

作者: 白波

 秋も終わろうかというこの日、王都の町はいつも以上に活気に満ち溢れていた。

 仮装をした子供たちがお菓子をもって駆け回り、大人たちは収穫に感謝して、冬に訪れる魔を払うための置物を置く。

 王国全土で一斉に開催されるこの祭りは収穫祭と呼ばれ、秋の神々に今秋の豊穣を感謝するとともに無事に冬を超えられるようにと祈る祭りだ。


 もっとも、仮装をして走り回り子供たちやそんなことも知らずにこっそりと城下の顔を出したお姫様には環形のない話だったりするのだが……


「なんだか今日はすごい騒ぎね。何かあったかしら?」

『何かも何も今日は収穫祭よ。あなたの国ではそんな習慣はなかったの?』

「……なかったわね。収穫も何も一年中冬だったからいかに国民が凍死しないかの方が大切だったし」


 一年を通して十日ほどしか暖かい日のない魔族領と春、夏、秋、冬という四季が存在している王国とでは風習や慣習は違って当然だ。

 もちろん、魔族領にも祭りというものは存在していているのだが、こういったものとはまた趣旨が違って暦の上で冬の一番寒い日に皆に暖かいものを振舞ってその日を無事に越す祭りだったり、氷で彫刻を作ってそれの腕で競うなど寒い国ならではのモノが中心だ。

 作物などまともに育たない不毛の大地では収穫祭などまったく縁のない話になるのは当然である。


『だったらさ。あなたも仮装してみたら? きっと楽しいわよ』

「私はいいよ。だって、それは子供たちがすることでしょう? 私だって、一応大人に近い体だし、中身に至ってはねぇ……」

『大丈夫よ。仮装してはしゃいでいたところで、みんないつのもクリスなんだなぐらいにしかとらえないわよ』

「あなたは普段どんな生活をしていたのよ」


 クリスの言葉にメイはあきれを隠せない。

 魔王城にいた頃から、城を抜けだ出して町に出ていたとは聞いているが、これでは完全にただの遊び人である。

 そんな困った王女に付き合わされる使用人たちも大変なのだろうとも思ったが、そもそも、クリスが城内でほぼほぼ面倒を見ていなかったことに起因するのだろうから、なんとも言いがたい状況である。


「とにかく、コスプレなんかしないわ」

「あー! クリスだ!」


 突然、メイとは違う子供の声が聞こえてくる。

 その声に反応するようにして、振り向いてみると何人かの子供たちが立っていた。


「あーえっと、こんにちわ?」

「こんにちわ! ねぇ一緒に仮装しよう! クリスの分もちゃんとあるからさ!」

「えっいや、その……」


 どうやらクリスが仮装するのは毎年の事らしく、子供たちは当たり前のようにクリスを連れて行こうとする。

 どう反応すべきかと困るクリスに空を飛ぶメイはとりあえず行けばいいとジェスチャーを出す。


「えーとね。今年は……」

「いいじゃない。仮装ぐらいすれば」


 ただそれでも仮装することに抵抗があるクリスは断ろうとするが、突如として子供たちの向こうから聞こえてきた声に遮られる。

 その声の方に目を向けてみれば、子供たちの中に見知った顔が一つあった。


『アンズ。あなたなにやってるの?』

「別にいいでしょ。収穫祭では子供はこういった格好をするものよ」


 クリスの代わりにメイが彼女に話しかける。

 黒い三角帽子に黒いエプロンドレス、さらに竹ぼうきまで持っている彼女の風格はまさしく魔女である。いや、魔法使いが魔女の仮装とはどうなのかと思ってしまうが、彼女的にはありなのだろう。


「はぁ付き合ってあげるわよ。それで? どこに行けばいいの?」


 ここまで来て、断るというのもなんだかつまらない。

 とりあえず、やるだけやってみようと考えてクリスは子供たちについていくことにした。


「やった! こっち着てこっち!」

『まったく、素直じゃないのね』


 メイの声に対して聞こえないふりをしながらクリスはアンズたちについていった。




 *




 夜の王都。

 頭にけものの耳をかたどった帽子をつけ、けものの皮で作られた服を着たクリスは町を歩いていた。

 すでに遅い時間ということもあり、町の人々は収穫祭の片づけに追われている。


 そんな中でクリスは子供たちとともに集めた大量のお菓子を抱えているのだが、それを見た町の人たちがさらにお菓子を乗せていくものだからすでに両手に抱えきれないほどの量になっていた。


『ほら、収穫祭に参加して徳をしたでしょう?』

「徳って……私はこんなにお菓子食べないし……アニーにでもあげちゃおうかしら?」

『アニーだけじゃ食べきれないでしょうし、どうせなら使用人みんなに配ってもいいかもしれないわね』

「そうなったら、一足遅い収穫祭ね」


 もしかして、彼女が使用人から好かれていたというのはこういった一面があるからなのかもしれない。

 誰に対しても偉そうにするわけでもなく、一緒の視点に立って接することができる。賄賂の事ばかり考えている国王よりも、魔王を倒すことしか頭になくて話を聞かない勇者が持っていない人間として大切な何かを彼女は体現しているような気がする。


『どうかしたのじっと私の顔なんか見て』

「……別に。メイはすごいなって思っただけよ」

『どうしたのよ急に』

「なんでもないわ」

『まったくなによ……』


 メイのため息交じりの声を聴きながらクリスは最初とは違い満足げな表情を浮かべて帰路についた。

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