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薄暮昔語之巻  作者: 神奈保 時雨
第一章 深山の里の話
8/11

望みと転機

「紅霞。何度も言ったけど……」

「外が危険だってのは、知ってるよ」

 叔母の言葉を遮り、その続きを引き取った。(あやかし)は外では嫌われている。退治と称して殺されることもある。サチに、父親に、叔父にも叔母にも聞いて知っていた。

 さらにその上に積み重ねられた、サチの父親や、弟や、時折外からやってくる行商人、外から嫁いでくる人間たち、そうしたいろいろな人間のもつ情報を聞いて寄せ集めた、知識ともいえない知識。それによれば――仏教に帰依する法師、神に仕える神主や巫女、そういった人間たちは、人の身でありながら不思議な力を持っていて――妖怪でも、簡単に太刀打ちできる存在ではないらしい。異能力のようなものを使えるのは、妖怪に限った話ではないというわけだ。そう言われると、まあ、外に出ても死なないとは言い切れない。巫女との協定なんて知らないって言われたら一巻の終わりだし。叔母の心配はごもっともだ。

それでも、自分の目で見てみなければ分からないと思ってもいた。この里はこんなに平和なのに、人間と妖怪が共存できているのに、この山を出ただけでそんなにも変わるものなのか。


 それに、外に向かいたい理由はそれだけではなかった。

「……でも、いつかは出掛けないとならないし。親父殿は外で鉄を手に入れてたし、仕事での付き合いも少しはあったんだろ。それとおんなじようにさ」

 ここでは鉄が手に入らない。この山は鉱山ではないのだから。オレが鍛冶を生業にしていくなら、それをどうにか手に入れるしかないわけだ。

「外の物資が欲しいなら、人間の商人が……」

「それはそうだけど、欲しいときに必ず手に入るわけじゃないし」

 叔父が呟いた言葉も、確かに尤もだ。里にも商いを生業にしている人間はいるし、外からも時折商人が入ってくる。ただ、定期的に出入りがあるわけじゃない。

 ただ、色々言ってみてはいるけど。外に行きたい理由なんて、結局はたったひとつの言葉に集約されるのだ。


「……まあ、尤もらしいこと言ってるけど、要は、行ってみたいんだよ。その選択の責任は取る。帰ってこないなんて言わないさ。帰る場所がここだってことくらい知ってる。でも、一度行かせて」


 行ってみたい、ただそれだけ。自分の目で外の世界を見てみたいこと。出る必要も、ないわけじゃないこと。それも本当だけど、実際のところ、何がこんなにオレを突き動かしているのかなんて分からない。何故今行こうとしているのかも。分からないけれど、落ち着かないのだ。見えない何かに背中を押されているような気さえするくらいに。

もしかしたら父親の死から逃げたいのだろうかとか、考えなくはないけれど――その考えにしっくりこない自分もいる。逃げたって、父親が死んだって事実は変わらない。親父殿が「仕方ないやつだ」なんて黄泉から戻ってきてみろ、そっちの方が驚きだ。

「……説得しろって言われると、難しいんだけどさ」

 叔父も叔母も、おしゃべりな操さえ何も言わないものだから、だんだんと気まずくなってくる。小さく付け加えた言葉にも返ってくる声はない。さすがにそんな状況で誰かと目を合わせる勇気もなく、俯きかけたそのとき。


「――一、二年に一度は帰ってこい」

 はあ、と息をついて、叔父がそう言った。


「文も出してくれ。危ないって思ったら逃げるんだ」

「お前さん……いいの?」

「風巻……先代の風巻が、紅霞の願いを認めたんだ、ならおれたちに止められる道理はないだろ?」

 心配そうにオレを見つめる叔母と対照的に、叔父はただ目を瞑って頷いた。わりと突然のことだったから、まだどうにも喜びは湧いてこないけど――どうやら、外へ出ることは許されたらしい。

「まあ……紅霞はあにさまに似て頑固だからねえ……」

 そのつぶやきからして、思うところがないわけではなさそうだけど、叔母も文句は言わなかった。

「えぇ……紅兄ぃばっかりぃ……」

 こいつ、操だけは、いつも変わらないな。誰に似たんだか、と思わないでもないけれど、オレと同じ血が入ってるだけはあると思う。オレだってまともなら、こんなときに外に出たいなんて言わないだろう。



 それはともかくとして、オレは定期的に里に帰ること、文を出すこと、それに加えて最初は遠くまで行かないこと――それを条件に、とうとう外の世界へ行くことを許された。


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