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霧の銀幕

作者: 夏実歓

たしか、掌怪談に応募したはずの作品。



 俄かに目を疑った。ここに引っ越してきてまだ半年もたっていないが、こんなに霧が出るとは知らなかった。近所には昔の海岸線のまま残された崖があって、それがちょっとした小山のようになっているから、風向きの関係でこんな風になったのかもしれない。カーテンも開けずにゴミ出しに外へ出たら白いカーテンを幾重にも重ねたみたいな霧が重々しく垂れ込めていた。今まで住んでいたところではこんな事はなかった。町場だったから。

 そんな自然の変化に少し感動しながら、サンダルをカラカラ鳴らしてゴミ捨て場のある塀の外まで溜め込んだゴミをぶら下げていく。道に出てみてふと気がついた。この道はこんなに広かったか? いや、そんなはずは無い。だって、霧でいくら向こうが見えないといっても、これじゃあ、まるで荒野にいるみたいだ。道の向こうに地平線まで見えるじゃないか!! くらくらと眩暈がした。どさっと音がして、両手に持ったゴミ袋を取り落とした事がわかった。そして、これが自然の神秘なんてものでもない事も。これはまずい! そう思って部屋に戻ろうとしたが、鼻っ柱にガツンとした感触を感じて、目の前がちかちかした。顔からコンクリートのパラパラした粉が落ち、ブロック塀に激突したのだとわかった。戻りたい一心で壁に手を這わせて進んでいくのだが、どうした事か一向に壁の途切れる気配は無い。一体なにが起こったんだろう? 朝から勇気を試される御伽噺の主人公にでもなった気分だ。もっとも、これが本当にそういうものならこの試練を乗り越えたらきっと何がしかの褒美が待っているんだろうけど……

“試される…… ”

そのフレーズに少し心が痛かった。この町にやってきた理由が、人生の試練からの逃亡だったように思うからだ。大学を卒業して、就職した私は焦っていた。就職できただけ自分はよかったのだと思いながら、漠然と自分の進みたかった道と違う事に不満もあったのだろう。中々会社に馴染めなかった。きっと、どこか納得していない気分が滲み出していたのだろう。他の同期はそんな空気に温度差を感じてどこかよそよそしく、先輩からは白い目で見られた。そんな環境の中でずっと頑張っていけるほど自分はしっかりしていなかったのだろう。一年も経った頃には会社を辞めることばかり考えていた。上司には体調不良の為と言って、辞表を出し、昔の友人のいるこの町でやり直そうと思ったのだった。あの時最初から頑張っていれば、あの会社に馴染めていたんじゃないか? それが本当は必要なことだったんじゃないか? 今、冴えないフリーター生活で思うのはそういうことばかりだった。

そんな事を考えていたら、ふっと壁が切れた。それと同時に目の前の霧にくらくら揺れる視界が映し出された。そこにはトラックが凄い速さで走るのが映っていた。まるで本物の地響きだ。あっと思った。私の人生の閉幕、まさかこんな事が! 銀幕を割って死が飛び出してきたのだった。


書いていて、もう少し長ければと思ったのだけど、まあまあ、まとまっていたのでそのまま短いのも掲載してみようかとあげてみました。

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