白む朝
「―――……もせくん、百瀬君」
遠くから、先生のしゃがれた声が聞こえる。
いつもなら、下宿先の叔母さまが通学時間ギリギリな百瀬をムリヤリ起こしてくれるのだからなんだかむず痒く感じた。
一体どうしたのだろうか、などとぼんやりとした頭のまま夢の世界で考えてみる。
「そろそろ起きなければ、目的地がもう近くだよ」
「……もくてき、ち」
ここで、漸く百瀬の瞳がうっすらと開く。まず見えたのはやはり、先生の皺だらけの面。
「もうすぐ夜が明ける。支度しようか」
「……あっ、はい」
だんだん脳が眼を覚ますのが分かった。百瀬が手櫛で頭をとかすと、短い黒糸が掌に何本かまとわりつく。些末な事だが心が揺れたのは事実で。
残っていた憐れな髪もいつしか埃共々どこかに旅立った。
「どのくらいここに滞在しますか?」
尋ねると、先生は微かに眉で八の字を作る。
それだけで返答としては十分だったが、先生は律儀にも応えようとしてくれた。
「帰るときまで、としか言えないね」
あの僅かな隙間から外を覗かなくとも、空が白んできていることは先生の白髪混じりの頭がはっきりと浮かんできていることで伺えた。
朝が待ち遠しかった。
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