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蕾たち  作者: 風鈴
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曲がり角





戦時中、国はあらゆる事を民に隠していた。



戦況が劣勢であっても、

不測の事態に陥っても、

だれがその命を散らそうと、



ひたすら闇に事実を葬った。



それがこの結果なら、小さな力で出来ることは一体いくつあるのだろうか。




* * *




「"男尊女卑"……ねぇ、僕には物心ついた時から馬鹿げた考えにしか見えないし……」




その後続けたい言葉をとうに百瀬は気付いている。しかし、そんなことで先生に危ない橋を渡らせる訳にもいかない。



例え、もう彼が底なし沼に片足を突っ込んでいると知っていても。




「気にしないでください。私は私のまま、変わる事はありませんから」




先生は百瀬の意図を汲み、曖昧に笑みを浮かべる。



百瀬は大学へ入学した当初、研究者の夢を追いかけるつもりは毛頭なかった。




―――女の分際で




この時代にこの職業をとれば、そう貶されるのは火を見るより明らかだったからだ。



それでも、大学で勉強したくて頑張ってきた。一番の夢を叶えることはなくとも、家でじっとしているなど百瀬にとって耐え難い苦痛である。



それが理由という訳ではなかったが、正否はともかく選択に後悔はなかった。



選んだ一寸先も闇の道で、高中教授にもあの級友にも出会えたのだから。




「―――そうだったね。僕も君を信じると約束したのだから、約束は遂行されるべきだ」




言い方が固くなったのは、先生も何かに思いを巡らせていたからであろう。その何かが自分の事だったら良いのに、百瀬は思わずにはいられなかった。




「やだな、もっと砕けて下さいよ先生。先生が氷付けみたいだと私がラフに生きられなくなっちゃう」


「ホント、言うようになったよ君は」




朗らかに彼は笑うと腰掛けていた椅子を引き、例の本棚に手を伸ばす。



気が付いて慌てて代わりに資料を取ろうとした百瀬だが、やんわりと先生に拒まれた。その事に微妙に傷ついた気がしたが、百瀬は平然と振る舞いすっと身を引く。



そこで、先生は百瀬を横目に流し見て再びふっと微笑んだ。



百瀬が傷ついた事にも、その事を知られたくないという思いさえも、見透かされたような笑い方だ。



なんとなく不公平に感じ、少々膨れっ面になってしまう。けれども先生はどこ吹く風。それがまた、百瀬は面白くなかった。



しばし、小さな空間に紙が擦る音がこだまし続ける。時が穏やかにこの身を通り過ぎていく感覚が心地よい。




―――パラ……




唐突に、全てのものが呼吸を潜める。



少なくとも百瀬にはそう感じられた。



緑色のファイル、あるページを先生は眺めるように覗いていた。そのまましばらくピクリとも動かない。



パタタ、と部屋の割りに大きな窓を小鳥が横切った瞬間。先生が夢から覚めるように眼を見開いたのを百瀬は見逃さなかった。




「君に同行を願おうか、今この瞬間も悩んでいるんだがね……」




珍しく弱気な先生を目の当たりにして、良い予感などある筈もなかった。



運命というものがあるならば、これが第1の曲がり角。



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