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三、尺余の銃は武器ならず

 その日から、三週間が経った。

「では雀ヶ森さん、次はこれです」

「はいはい…って、これは流石に無理です、無理ですよ!」

「栗林さんの練成課程プログラムです。無理でもやるんです」

 中天に高く満月の浮かぶ、比叡山ひえいざんの山あい。杉木立の中に、なぜだかぽかりと存在した空き地に、俺と零子は向き合っている。

 零子は俺に、無造作に軽機関銃を向けた。かなり大きな口径だ。

「準備はよいですか?」

 答える間もなく、ばりばりと弾丸が射出される。その速度は音速を超えて、本来ならば二秒と経たぬうちに、俺の上半身がなくなっているところである。

 それを、眼を瞑って受け止める。

 この「能力」を使うとき特有の頭の熱にも、もう慣れた。

「――終了です。もうてのひらも要りませんか」

 三十発要りの弾倉マガジンを撃ち尽くして、零子が次の弾倉を取り付けている。その間に俺は眼を開けて、服の間に入り込んだ熱熱の弾丸を払った。

「どうですか? 無敵の超能力者サイコキネシストになった気分は」

「いやあ、しかしまだ実感が無いですね」

「まさかこんな能力があるなんて、私もひどく驚いていますよ」

 零子はあまり感情を出す方ではないが、この言葉の響きにはやや、労わる風が覗く。

 ――過酷な三週間だった。

「六連星」で「昴機関」に出会ったその翌日、向かった陸軍司令部にて。

 俺の能力は発見された。

「……運が良かったなあ。こんな土壇場で、ようやく能力を見せるとはな」

 俺に向かって何の躊躇もなく拳銃を撃った栗林は、にこにこと笑いながら言った。

「そう言って、いつも最後にはこれですよね」

 零子も心なしか機嫌が良かった。

「うん、まあな。結局これが一番手っ取り早い――命の危機が迫れば、人間が生物である以上は絶対に、生存のための手段を発揮するものだ。もちろんそういう能力がない場合の方が多いわけだが、雀ヶ森君にはまったく問題なかったようだ」

 つまるところ、普段は眠り切っていた俺の中の特殊な部分が、いざ銃口を向けられた瞬間にようやく覚醒し、そして固有の能力を示した――ということらしい。

 その後は形式的な書類をいくつか書いて、それでもう俺も機関員かと思っていると、そうではないようであった。

「見事、その能力を発揮した君はまさしく天晴あっぱれである。というわけで、すまんが明日からは訓練に移ってもらおう」

「明日から……ですか?」

「そうだ。玉石も混交してはただの石、磨かざれば金剛石ダイアモンドも石炭も変わりはない。存分に練磨してくれ――おっと、そうだ教育担当はぜろちゃんに行ってもらう」

 他人ごとのように見ていた零子が、一瞬ひどくいやそうな顔をした。

「私にも普段の職務があるのですが」

「かまわん、どうせ君の雇用主とて我々側の人間だ。理解はしてもらえるだろう」

「左様ですか……それならば」

「よろしく。では明日からは、陸軍の用意する教育施設を使用し給え。では、解散」

「りょ、了解です」

 明日から教育……急といえば急だが、それよりも自分が認められた嬉しさがある。

「ああ、ぜろちゃんは残らないか? 紅茶を飲もう。結局今日もろくに話ができなかった」

「それは命令ですか?」

 栗林は最高の笑顔で答えた。

「いいや、私個人からの贈り物さ。幸せな時間のね」

「――失礼します」

 返事を聞かずに零子は部屋を出て行く。俺は軽く会釈をして、その後を追った。

 ――翌日早く。

 荷物満載で迎えに来た零子の発動二輪オートバイに連れられて、夜明け前の都大路を走り抜け、別当町の交差点から東へ向かう。その先に市街地はすでになく、鬱蒼とした東山ひがしやまの山並みが広がるばかりだ。砂利道は細く、真っ白な霧がかかっていて、俺はある程度の覚悟は持っていたものの、少々の心細さを感じ始めた。が、運転中の零子はずっと無言である。幾つもの尾根や谷を、ひたすら林道に沿って進んだ。

 日が昇り切ったころ、ようやく到着したのはまるで孤島のような空き地で、その奥には朽ち果てた洋館があるだけである。まさか野宿で三週間かと思ったが、零子はその廃墟を指差して、あそこに泊るのですよと言う。ちなみに今日も使用人メイド服だ。

「栗林さんの手配によれば、ここは三十年ほど前に実験的に設置された、陸軍の化学部隊の研究所だったようです。主に病理系の」

「確かに、なんだか病院のような……」

「……ふむふむ、なるほど――部隊は創設から五年間ここを使用したが、皇歴千九百八十五年九月に発生した爆発事故により、死者十五名を数え、継続利用不可と判断して放棄――なんとも、ひどい物件を押し付けられましたね」

「ひどいというか、幽霊屋敷じゃないですか」

「まあ、住めば都と言いますし……ではこれから三週間、よろしくお願いします」

 ぺこりと零子さんは頭を下げた。

「あ、よろしくお願いします」

「それにしても……あなたも混乱しているとは思いますが、半ば脅迫的な展開になって、申し訳ありません。なにせ『昴機関』はいつでも人員不足ですし、それなのに『能力者』は極めて少ないのです」

「いえ、それはいいんです。俺だって、ちょっと普段の生活に飽き飽きしてきたところだったし……」

「――気にされないのは僥倖です。訓練は厳しいですが、大丈夫ですか?」

 零子が上目づかいで俺をじっと見る。

 そんな顔は初めて見たが……正直、かなりどきりとした。

「いやいや、問題ありませんって。これでも皇国男児のはしくれ、なんとかやってみせますよ」

 俺はへらへら笑った。零子も微笑んだ。

 ――若い使用人メイドと二人で暮らすという、ちょっと不埒な展開に内心わくわくしていた俺であったが(最初はそれどころではなかったが、零子は目つきの悪さ以外はかなり愛らしい見た目をしていることに気付いたのだ)、色色と浮上した桃色妄想は、そのすべてが断固として完全に打ち砕かれることになる。

「よお、やってるな。雀ヶ森よ、俺を覚えているな? 海軍第二○二航空隊所属、棺野だ!」

 昼過ぎ、徒歩でやってきたそのむくつけき大男は、がははと豪放に笑って、手にした巨大な樫の棒をぶんぶん振る。

「これか? これは海軍精神注入棒だ。こいつを食らって、まだ甘ったれたことを言える男なんぞおらん! 期待しておけ!」

「……」

「雀ヶ森さんをよろしくお願いします。では、私はあの施設を掃除してきますね」

「……よろしくお願いします」

 空き地には、大胸筋の唸る軍人と、絶望におののく俺だけが残された。


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