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二、熱き血潮の冷めぬ間に(四)

「……」

「どうですかねえ」

 それはごく普通の身体検査のようだった。身長、体重、健康状態、運動能力などを矢継ぎ早に試験テストされる。中には変わったものもあり、星や丸の描かれた紙牌カードを裏返して、その図柄を当てろ、などという、いかにも超能力の診断のようなものもあった。それを栗林がひとりでじっと観察していた。零子はずっと(自分で淹れた)紅茶を飲んでいたようだ。

 栗林の部屋に真っ赤な夕陽が射したころ、ようやくすべての課題が終わる。栗林はしげしげと結果の書かれた書類を見つめた。

「……普通だな」

 もとより勉強こそ少々頑張ってはいたものの、身心その他に人よりも優れた部分なんて俺には少しもありはしない。そんなものが発見できていたならば、とっくにそれを活かした仕事なりなんなりしているはずである。紙牌カードの試験も、まるで正解しなかった。

「昔から、体力試験は『丙(不可)』ばかりでしたが……」

「ふん、徴兵がなかったことを喜ぶべきだな。もっとも私は徴兵反対派だったが」

 徴兵制度は五年前に廃止されている。頭数ばかりの士気低い兵士をそろえるよりも、志願してきた精強な軍人を増やすべきだとの意見が頻発したためだ。兵士の数は減ったが、既に人海戦術の時代ではない。おかげで市井には俺のような、職もなければ学校もないという若者がぷらぷらする事態となったわけであるが。

「ともかく、身体能力は平凡――それ以下だということはわかった。学業も記録を確認したが、中の上といったところだな。帝大浪人とのことだが、正直、帝大は厳しかったのではないか?」

「それは……」

 言い返すことはできない。ともかく昔から人並みにできたことが、勉強だっただけである。学校成績もそうぱっとしたところはなかった。皇都帝大は、そういう中途半端な人間が目指せる場所ではけしてなかったが、それでも浪人などという身分を許してもらえていたのは、ひとえに実家の資産のせいであった。

「まあ、そんなことは今は関係ないな。大切なのは超感覚試験、超能力試験のほうだが……正直、一般人の域を出ない」

「……そうですか」

 引け目のあるところだ。あまり追求されても、ましな気分にはならない。

「六連星」で、もしかすると人生が変わるかもしれない――と、少しでも期待感を思ったのは、もしかしなくとも、ただの勘違いで。

 あの葉書なんかも偶然の産物。結局俺には、この不愉快な現実を打破する能力なんて、備わってなどいなかったのかも、しれない。

 荒唐無稽な超能力サイコキネシス、近衛直属の秘密機関――本当に存在しているとしても、それは所詮、俺ごときには無縁の世界。ここに連れてこられたのも、なにかの間違い。

 そうであったなら、それはなんらかの才覚をこのような駄目浪人に見出した、月岡さんの不手際である。しかし、そうして他人にこの希望の落差を作りだした、その責任を押し付けるのは……あまりにも、男として不格好だ。

 どうかしている。

 ひどくうらぶれた気分になった。

「――こんな調子では、他に見るべきところもなさそうだ。期待はあまりしていないが、最後の課題を出そう。君、喧嘩はするかね?」

「喧嘩?」

「どつきあいとか、その手のやつだ」

「正直に言って、幼年学校以来は一切」

 栗林は少し肩をすくめて、「やれやれ」といったポオズをとった。書類を机の引き出しに納めて、そしておもむろに腰の拳銃嚢ホルスタアから黒光りする回転式拳銃リボルバを引き抜き、ぴたりと狙いをつける。

「え……え?」

「君に才能はないようだ。しかしここまで機密を知られてしまったからには、ここで能力を示すか、死ぬか――それ以外に私のとる手段はない。そして残念だが、君は能力を、その片鱗さえ示せなかった。だからこういうことだ」

「……」

 助けを求めるように、俺は零子を振り返ったが、しかしまったく興味のないような様子で、黙って見ているだけだ。

 弁解や、言い訳――そんな言葉が俺の喉から出る前に、栗林の指が動く。

 引金トリガがかちりと無機質な金属音を立て、撃鉄ハンマがなめらかに動くのを見た。

(冗談だろ……?)

 そんなことを考える前に、甲高い破裂音が鼓膜を揺らす。

 同時に銃口マズルが跳ね上がるのも、栗林の表情が少し歪むのも、今まさに顔を出さんとする鉛の銃弾も、俺は認識する。

 頭蓋の一部が焼けるように熱くなり、そこに弾丸が当たったのだと思った。反射的に右手が動いて顔を覆ったが、間に合うはずもない。

 視界が真っ暗になった。

(撃たれた……撃たれた! 死んだのか俺はッ)

 思考が、完全に停止する。

 感覚が遠のいて、音が消えた。

 なにもわからない。

 なにもわからない。

 なにも……。

「……あれ」

 気付けば、俺はこめかみが痛むほどに眼を瞑っている。発動機エンジンのように早い鼓動も、しびれる手足も、感じることができている。強く感じた頭の熱も、全くなかった。

(生きてるな)

 眼を開いた。栗林が満足げな笑みを浮かべて、「合格だ」とだけ言った。拳銃の銃口からは青い煙が立ち、間違いなく彼が撃ったことを証明している。

「空砲……ですか?」

「そんなことはありません」

 零子が立ち上がって言った。手に小さな、懐中時計のような器具を持っている。

「このとおり、七九ナナキュー式感知器は、あなたの超能力サイコキネスを確かに計測しています。あなたが能力者であることは、間違いありません。だいたい葉書に反応した者が、能力者でないことはあり得ないのです」

「そういことだ」

 自覚はまったくない。

「どういうことです?」

「私は確かに見たぞ――なるほど、君はかなり戦力になるかもわからんな」

 ぽかんとしている俺に、栗林は右手を見るように促した。

「……ッ!」

 開いたてのひらは、先ほどの急速な緊張でひどく汗をかいていたが、それ以外にはなんの変哲もない。それよりも異常なのは、そこに握りこまれていたものである。

「銃弾だ……」

 なんだか奇妙に、それこそ何かに叩きつけられでもしたように歪んだ、その弾丸はまだ熱を持っていた。

「――なんでこんなことが?」

「あなたは……あなたは、銃弾を受けとめたんです」

 零子もやや動揺している。

「で、でもそんなこと……」

 できるはずがない、と言おうとした時、栗林がまったくの無動作ノーモーションで二発目を撃った。

 また眼を瞑ってしまう。そして再度、頭にひどく熱を感じた。

「……」

 今度も、顔の前に手をかざしていた。無意識に防御をしたのかもしれなかった。そして眼を開いたのと同時に、弾丸が手から転がり落ちる。

「間違いないな」

「ええ。それにしてもすごい数値です。下手をすれば棺野さんくらいは……」

「そんなにあるか? ぜろちゃん、そりゃ見間違いじゃないのか?」

「ええっと……」

 昨日の夜からの混乱は、ここにきて極地を迎えたようだ。

「もう本当に、わけがわからない……」

 それでも。

 それでも、俺は失望から引き揚げられた。

 奇妙な高揚感が、混乱とまじりあう。

 なんだか、ようやく目が覚めたような――そんな感じだった。


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