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四、玉散る剣抜きつれて(四)

 時計が零時の鐘を打つ。

 綾歌あやうた鶇美つぐみは未だ、見つからない。

 零子は何気ない風で、いつもの通りに拳銃ピストルを分解しては掃除しているが、指先が時折ぴくりと動くのがわかる。

 いらついているのだ。

 鶇美が逃走し、冥冥メイメイが姿を消したその時、俺の言葉に反応して飛び出してきた零子は、状況をすぐさま理解するなりに、脱兎のごとく鶇美を追った。

 俺は消えた冥冥の姿を追い、いつの間にか開け放たれていた窓に駆け寄る。所詮は痛めつけられた捕虜、まだそう遠くへは行っておるまいと考えたのが甘かった。

 階下の暗い石畳を、排気音も高く唸る黒塗りの自動車が見える。そのドアに、鶇美がまさに飛びつかんとしている。

 ――こういう時こそ、俺の能力の使いどころだ。

 一瞬つばを飲み込んで、息を止めつつ足を窓枠にかける。

 そのまま一気に飛び降りた。

「――ッ!」

 着地衝撃が両足の骨を砕く前に、全力で「十万億土セブンスター・マインド」を発動。

 無様に腰をぶつけながらも、五階の高さから落ちて無事なのはまったくもって「能力」さまさまである。

「そこの自動車、停まれッ!」

 大音声を張り上げたが、相手はもちろん無視をして、車輪タイヤをきゅきゅと鳴かせて走り出した。

 外套オーバふところから、細身の回転式拳銃リボルバを、俺が取り出しざまに構えたのも同時ではあったが、間髪いれずに撃った弾丸は後部窓リア・ウィンドに弾かれた。

強化硝子ぼうだんか!」

 ひとりごちて駆け出そうとしたものの、既に自動車は街路の向こうに消えようとしている。

 その時背後に、低い排気音エキゾーストが響いた。

「雀ヶ森さん、乗ってください」

 玄関脇の車庫から、黒々とした巨大な発動二輪オートバイを引き摺りだして零子が言う。じゃきり。と、零子は七粍ななミリ軽機関銃をかついだ。

「……了解!」

 白煙を噴き出して疾走する発動二輪は、二人乗りとはいえ速い。

 みるみる内に自動車が視界に迫ってくる。

「あなたはこの軽機でおねがいします」

 零子の肩を支えにして、俺は軽機関銃の引金トリガを引いた。

 五発! 乾いた炸裂音が響いたが、既に夜半を過ぎるころ。道々に人影はなく、行き交う車も皆無だ。誤射の危険性はない。

 そう安心して撃った弾丸は、しかし自動車の足元を弾けさせただけだ。

「もっと狙って!」

「狙ってますよッ」

 ごうごうと猛る発動機エンジンの機関音に邪魔されながら、必死に撃ちまくる。

 向こうも身体を乗り出して、拳銃を向けてきた。

「撃ってきてますよ!」

「わかっています」

 スロットルが唸り、発動二輪は再加速する。背後に貼りつこうとした。

 それを察知してか、自動車も右へ左へ蛇行して、そのたびに弾丸が耳元を掠める。

「雀ヶ森さん、食らいましたか?」

 流石の零子も緊張した声音だ。

「三発食らいました!」

 いつかの冥冥の弾丸とは違う。普通の小口径弾である。その程度では意味がない。

 俺の弾丸も当たっている。当たっているが、相手の装甲は相当なものらしい。一見すれば普通の乗用フォードに見えるが、中身は戦車のごとく強靭だ。

 互いの速度は増し、石畳の段差に跳ね上がりながら、深夜の都大路に銃声が走る。

 真鍮の薬莢やっきょうがばら撒かれ、時たま手榴弾てりゅうだんが炸裂する。

 互いの位置は行ったり来たり、けれどやや自動車が速い。

 勝負はつかない。

 ――いつしか五条通ごじょうどおりにまでやってきていた。

「ええい、らちが開きませんね」

 零子が一人ごちる。

「どうするんです? 朝まで追っかけるわけにもいかんでしょう!」

 俺は答えたが、この時既にひとつの発想アイデアを思いついた。

「――零子さん、思いっきり右へ寄せてください!」

 無言で零子はハンドルを切る。

 視界いっぱいに迫っていた自動車が消え、その正面の空間が開ける。そこに――。

「あれだ!」

 道端の自動車を発見した。一円タクシか、それとも不法駐車か。それはどっちでもいいが、ともかく俺は目標変更。その車へと銃弾を叩き込む。

 一閃、紅蓮の炎が立ちあがった。普通の乗用車は、撃たれれば即座に燃料槽ガス・タンクに引火して爆発炎上する。車輪が吹き飛んで、疾走を続ける自動車に命中した。均衡バランスを崩した車体が、そのまま炎の中へ突っ込んだ。

「よっし! 成功ッ」

 快哉を叫んで、俺は発動二輪を飛び降りる。

「さあさ、早く出てこにゃその装甲車といえども爆発は必至だ!」

 めらめらと天を舐める火柱の勢いとは裏腹に、自動車はしんと静まり返って動かない。誰も出てこない。

 ――おかしい。

「おい! 死にたいのか?」

 返事もない。仕方がないので誘爆しないことを願いつつ、車体に駆け寄った。

 熱で変形を始めた窓硝子越しに車内をうかがう。

「……あれ?」

 誰もいない。

「そ、そんなはずは……」

 さっきまで、ついさっきまでこの自動車には、少なくとも四人以上の人間が乗り込んでいたはずだ。運転手、冥冥、鶇美、そして拳銃を向けた男。

「どうされました?」

 動かない俺を不審がって、零子が駆け寄ってくる。

「誰もいないんです」

「馬鹿な、だって――あ!」

 頓狂な声を零子は上げた。

「――私の予想が正解しているならば、私達は酷い無駄骨を折らされた上、捕虜と内通者を逃がしてしまったことになります」

「どういうことですか?」

「『幻視ハイライトヴィジョン』の『能力』。それが、あの綾歌あやうた鶇美つぐみの力でした――基本的には、幻覚を見せて相手を翻弄するだけのもの。精度も低く、戦闘向きでないとして、ああして後方勤務だったのですが……」

「それじゃあ、この自動車は……」

「自動車は本物でしょう。そして綾歌さんが乗り込んでいたのも間違いありません」

 軽いざわめきが起こった。火事の見物人が集まりだしたのだ。

「ともかく、もうここにいてもしかたがありません。綾歌さんは我々が様子を見ているうちに、雲を霞と逃げ去っているでしょうから」

 俺は無言で発動二輪にまたがった。零子は警笛クラクションを鳴らして、野次馬を追い払う。

「どこに行くんです?」

 保護眼鏡ゴーグルをかけた零子は振り向かずに言った。

「――月岡中佐のところへ」


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