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三、尺余の銃は武器ならず(四)

 青陵公司チンリャオゴンスの話は、訓練中に棺野から聞いた。

「遅い遅い遅いッ! そんな体たらくで、恥ずかしくも皇国軍人のはしくれを名乗れると思うかッ!?」

「だから……お、俺は軍人では……」

「言い訳無用! 腕立二百回と軍人勅諭ぐんじんちょくゆを唱和させるぞッ! このざまではとてもとても、第三部機関イー・エー・ヴェーどころか青陵公司の下っ端にだって殺されるぞ!」

 汗だくで倒れ伏す俺に、血管を浮き出させては竹刀を振る棺野はまさしく悪鬼の形相である。だが誰だって、一周三十キロの山道を延々走らされ続ければ、半死半生止むを得ぬだろう。こうして会話できていることだって、立派なくらいだった。

「……ぜひー」

「――情けなし! 仕方ない、そら水だ」

 軍用水筒を投げて寄越す。

「あ、ありがとうございまッす……」

 八月の炎天下、こんな状況下で飲み下す水はまさしく甘露だ。

「ぷは――それにしても、前にも零子さんから聞きましたが、その『第三部機関』とか『青陵公司』ってのはいったいなんなんです? 何処かの秘密機関ですか?」

「まさしく!」

 俺が容易には立ち上がれないのを見てとり、棺野も傍らの切り株に座りこむ。

「どちらも世間には秘匿されてはおるがな。『第三部機関』は露西亜ロシア帝國の秘密警察だ。『青陵公司』は大清たいしん国の組織よ。まあ、やることは我々と大差ないがな――すなわち、隠密工作と間諜行為だ。我々の主任務『亞号作戦』は、まさにこういう連中を殲滅するのが目的である」

「この間、弥栄神社やさかじんじゃに居た、あの学生は……」

「『青陵公司』の所属員だな。とんでもない雑魚だったが。基本的に工作員というのは非戦闘員だ。身体よりも先に頭を鍛えねばならんからだが、だからといってあれが普通だと思ってはならんぞ。此処、皇国帝都は厳重な防衛機能に護られている。それを掻い潜って侵入してくるような奴は、たいてい一癖二癖はある危険な連中ばかりだ」

「なるほど、そういうのも矢っ張り、俺のような『能力者』なんですか?」

「そんなことはない。そんなことはないが……俺が相手をした中には、およそ人間とは思えないような技術や能力を持った奴もいた。どこかの国が我々と同様の研究をしていたとしても、私は一切驚かん――特に数年前に遭遇した、『青陵公司』の四凶しきょうと名乗る一団は尋常ではなかったな。組織でも幹部階級エリートクラスだということだったが、あれは私でも危うかった――おい、無駄話が過ぎたな。そういう話は後でじっくり教育してやるから、今は長話の罰で腕立五百回だ」

「え、えええッ」

 と、そんなある日のことを、俺はぼんやり思い出していた。

 その時にはまだ、自分がこのような鉄火場に投げ込まれるとはまるで自覚がなく。

 こうして銃口を突き付けあう、今であってもまだ現実味が薄い。

「なにぼさっとしてるのさ! 『能力』のおかげでなんとか保ってるみたいだけれど、常人ならもう三十回は死んでるぜぇ?」

「う……」

 身軽に飛び回る冥冥メイメイは、なるほど拳銃使いの名に恥じぬ凄まじい弾雨を張る。普通の弾丸たまならばまだしも、手にした新型拳銃から放たれる大口径弾は、どうしてか俺の能力をもってしても、受け止めるのにかなりの痛みを用した。

「そらそらっ」

 また一発。抜き足から背後に回り込まれて、脇腹に命中する。

「ぐふッ」

 まずい、こっちの弾丸は、まだ一発だって当たってはいないというのに……。

「効いてる効いてる。この自動式拳銃は、あんたの銃より一回りでかい弾丸を、この『青陵公司』特性の符術ふじゅつでもって強化してるんだ。そう易々と防がれちゃ、こっちの顔が立たねえぜ」

 符術。よくわからないが、これが棺野の言った「特殊な技能」なのかとも思う。

「うるせぇッ! こっちだって一通り、地獄の訓練を乗り越えてるんだッ!」

 振り向きざまに一発。冥冥は半身になって避けた。

 しかしこれは陽動フェイント。同時に俺は踏み込む。やれた軍服の襟首を掴んで――。

「うおおッ、山嵐やまあらしッ」

 跳ね上げた腰に持ち上げられ、少女の身体が浮く。

「どっせいッ」

 そのまま前方にぶん投げた。

(――訓練の成果、だな)

 柔道剣道、一通りの武術も課題の一環であった。

 頭から草地に叩き込まれた冥冥は、それでもふらつきながら立ち上がる。

「くう……なかなかやるねぇ。ならこいつぁどうだいッ!?」

 またも間合いを詰める。無防備にさらけ出された胸倉をとらえようと、俺は腕を伸ばした。

 が、その瞬間に下腹に衝撃が走る。

「へへ、『崩拳ほうけん』さぁ……」

 冥冥の手にした拳銃が、銃把グリップから思い切り腹にめり込んでいる。拳法の正拳だ。

「そしてぇ、接射せっしゃッ!」

 ぴたりと当たった銃口から、ばかんばかんと二連発。

 緩んだ腹筋に直撃した。

「……~ッ!」

 声が出ない。弾丸はなんとか停止したが、その熱で肌が焦げるにおいがする。

「へっへ、ざまァねえぜ」 

 思わずうずくまった俺を、見下して冥冥が叫んだ。

「おい哥哥あにき! 一通り終わっちまったよ!」

 やや離れた場所で、零子の放つ機関銃の連射を避けながら檮杌とうこつが笑う。

「そうかァ、おい『墜景ホープオブダーツ』さんよ、もう新入りはあのザマだとさ。対不是ごめんなァ」

「くっ……」

 零子が首飾ペンダントを取り出すのを薄眼で認め、俺はようやく立ち上がる……駄目だ。膝をついてしまう。

 ――くそう。

 ――結局、こんなものかよ。

 人間離れした「能力」保持者とはいえ――しっかりと戦闘技術のある工作員にかかれば、あっと言う間の秒殺劇。

 三週間の訓練も、やくに立たずに終わってしまう。

(どうせ、その程度の人間じゃあないか?)

 心の中で誰かが呟いた。

(受験だって上手くいかず、他人のせいにして腐ってた。そういう男だろ? 限界なんて見えていたのさ)

「黙れッ!」

 息を強く吐いて、両足で立つ。

 拳銃を構えた。

 目の前にはせせら笑う冥冥。その奥で必死に戦う零子。

「へえ、まだ立つの」

 迷っている暇はない。

「……俺の『能力』を教えてやろうか?」

「『能力』ゥ? アタシらだって調べたさ。アンタの『能力』ってのは、ヱネルギイを操作するんだっけ? でもでも無駄無駄ァ! もうアンタ集中さえできないだろ! それとも、もう何発か耐えてくれるってか?」

 冥冥も拳銃を向ける。

 俺はふと、空を見上げた。

 満天の星空の下、沈みかけた月が赤い。

「いや……集中するさ」

 額に精神力を集める。熱はほのかに、だが確実に身体を循環する。

「ま、仮になんか奥の手があったとしても、その前にもうぶっ殺すけどね。じゃあ、再見ツァイツェンッ」

 冥冥が引金トリガに指をかけた。

 ――集中力を、解放する。

「……ッうおお!」

 轟音が響いた。

 そのあまりの音圧に、零子と檮杌も一瞬、手を止める。

「なんだァ……?」

 視線の先には、誰の影もない。

 ただもうもうと土埃つちぼこりが、さっきまで冥冥がいた場所から、木立の闇の中まで続いている。

「……雀ヶ森さん!」

 零子が短く叫んだ。

「――はいはい……生きてますよぅ」

 藪の中から、なんとか這い出した俺は背後を見た。

 森の中、ひときわ大きな樹の幹に――冥冥が完全に意識を失って、叩きつけられている。

(やってやった……やってやったぞッ!)

 ベッドがなぜだか壁にめり込んだ朝があった。それがどういう意味を持つのか、俺は今の今まで気付かなかった。

 だが唐突に、思い至ったのだ。

 俺の能力の、その本質に。

 ――地球は自転している。公転もしている。普段は大きすぎて意識をしないが、その慣性ヱネルギイは、実に時速千六百キロ!

 その身体にかかるヱネルギイ、これをもしも無効化したら……醤油のように、完全にベクトルの頸木から解き放ってやったら?

 俺はそれを試した。

 身体の動きは全く無く――なのに、猛然と回転する地球に置き去りにされ、結果。

 意識の範疇を凌駕する速度の、瞬間移動。

 ――流石の冥冥も、その肉弾に耐えることはできない。

 陸軍の電報、その最後の一文を思い出した。

(ナオ、本日ヨリ此ノ能力ヲ 識別名――)

「識別名、『十万億土セブンスター・マインド』だとさ……」

 消えゆく意識の中で。

 零子が小声で尋ねる。

「――勝った、のですね?」

 俺は無言で倒れこんだ。

 零子を助けに行かねばならない。

 けれどもう、身体が全く動かない――。

 視界が真っ暗になり、意識が溶けるように落ちた。


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