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前編

 キャリサ・マックライン、現在25。貴族の娘としてはかなりいき遅れてしまった年齢だ。しかも、今年の秋で26になる。

 今は周囲にカップルが成立する春先。でも、独り身だからといっても寂しくはない。決して、寂しくはない。

(わたしは、ぜっったいに独り身でいるんだから)

 長女である自分より、弟妹の方が先に結婚しても。

 恋をしたいけれど。

 しかし、恋ができない理由がある。

「マックライン事務官!」

 後ろから可愛らしい声が聞こえてきた。ばたばたと大きな足音もする。

(あ、この声)

「何です?騒々しい」

といって足を止めて振り返ってみれば。

(か、可愛い……!……はっ!いかんいかん!)

 犬に例えれば、しっぽが垂れてくぅーんと寂しげに鳴く子犬のような少年がいた。それをまともに視界に入れてしまったキャリサは胸を射られてしまった。音にするならズギュン、分かりやすくいうならば、ストライクど真ん中。

(だめだめだめだめだめ!!)

 キャリサはすぐに現実に頭を戻し、目の前の少年を改めてみた。

 明るい栗色のさらさらな髪に、青空のような瞳の端正な顔立ち。今は美少年だが、ゆくゆくは小柄な身長も伸びて一人前のイケメンになるだろう。

 そんな彼の名はアルフレート・サリーズ、サリーズ辺境伯の次男だ。今年の春に王宮の官僚試験に受かり、晴れて事務官見習いとなった17歳の少年。彼のような貴族の次男以下は、婿にいくなり自分から職を求めないと生活していけない。

「アレス次官補がお呼びです。至急課にお戻りください」

 背筋をぴんと伸ばし、キャリサを上目遣いで見つめてくる彼を見て、キャリサは心中でだめだめだめだめだめ!と再び呟いた。

「わかりました――ご苦労」

 キャリサはどうにか興奮を抑え、いつもの“鉄面皮”をつけはや歩きでその場を後にした。

――その後ろで頭を下げて礼をしていたアルフレートが、悔しげに唇を噛んでいたことには気づかないまま。





 キャリサ・マックラインは、王宮内に出仕する官僚から、“氷の女”や“鉄面皮の感情無し”と影でいわれていた。そのことは、キャリサも王宮内に出仕してはや10年たつから“耳にたんこぶ”だ。それに皮肉にも、意識して“感情”を表に出さないよう努めていたから、この結果は逆にキャリサにとって“成功の証”にほかならなかった。

(やばかったやばかったやばかったー!)

 キャリサは次官補のいる執務室の扉の前で、激しく鳴り響いていた脈が、ようやく落ち着いてきたのを感じた。先ほどは不覚にも“ときめいて”しまった。“ときめいた”後にくる感情なんて、決まっている。

(異動願いを出すべきかしら……?真剣に考えないといけないわね……)

 キャリサは深呼吸をし、一拍置いてもう一度深呼吸をしてはやる心を落ち着かせた。

(このままではいつか“ばれ”てしまうもの)

 キャリサはもう一度、深呼吸をした。

(わたしは鉄面皮!わたしは氷の女!)

 心中で呪文のように影でいわれているあだ名を唱え、キャリサはノックをするために右手を扉の前で構えた。

――その時だった。

 いきなり扉が勢いよく開かれ―外開きだった―ぼこぉん!と扉がキャリサの額にヒットした。

(っつ!)

 鋭い痛みがキャリサを襲い、痛みはすぐにじくじくした疼痛へと変わった。そして痛みを追うかのように、血まで流れてきたらしい。というのも、生暖かくぬるっとした液体が、肌を伝って流れているのがわかるからだ。反射的に懐から取り出したハンカチを額に当てた。ハンカチを持つ手ごしに、ハンカチがじわりと血を含んでいくのがわかる。

(あー……傷跡残るかしら……残ったら前髪作ろうかしら?)

 キャリサは痛みで呆然とする頭でそんなことを考えた。キャリサは前髪がない。というより、長くなってきた前髪を切るのが面倒で伸ばしっぱなしであり、他の髪と一緒にひとつに束ねているのだ。

(でも、顔に傷跡があれば今以上に誰にも興味を持ってもらえないわよね?わたしも傷跡があるから不意にときめくこともなくなるかしら……残っても隠さないでおこうかしら)

 少しはっきりしてきた思考で、そうだそうしようと決めたキャリサは、ようやく目の前で顔を真っ青にして呆然と立ち尽くす人物に気づいた。

(あら……人事のホフマンじゃない?ちょうどいいわ、異動の相談をしてみようかしら?)

 女性にしては長身の部類に入るキャリサでも、ホフマンは見上げないと視界に入らないほど長身だった。だから、彼の顔を見ようとすれば自然と上目遣いになる。

「ホフマン?」

「あ、マックライン先輩」

 キャリサに声をかけられたホフマンはようやく我にかえったらしい。

「あ、あ…お顔が!」

「別に減るもんじゃ無し。気にしないで」

 勤めて冷静に告げるキャリサに反し、ホフマンは女性のしかも未婚女性の顔を傷つけたとパニックに陥っていた。

 キャリサがどうしようかと思案に暮れ始めたとき、扉を塞ぐように立っていたホフマンの背後から聞きなれた美声がした。

「そんなとこに立たないでくれるかい、ホフマン君。マックライン女史が戸惑っているじゃないかね」

 キャリサからはホフマンで見えないが、ホフマンの向こうにはキャリサを“至急”呼び出したアレス次官補がいるはず。

「まぁ、ちょうどいい。このまま話そうかね?」

(絶対笑っておられるでしょう)

 キャリサの脳裏に、上司が楽しそうにくつくつと笑うのがありありと浮かんできた。

「マックライン女史。君もそろそろ婚儀もどうかと思ってね。相手にホフマンを推したのだよ」

――ナニヲイイダスンデスカ、アナタハ。

 キャリサは思考が固まってしまったのを頭の隅っこで感じた。

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